48話「異世界の勇者」

 悠さんは、幽霊になって、駿一と会い、そして、ロニクルさん、ティム、雪奈ちゃんとも会ったらしい。確かに、この三人は性格も独特で個性が強かったし、ちょっと変わっている面はあったが……一人は本物の宇宙人、一人は本物のUMA、そして、一人は本物の妖怪。そう聞かされた時は、自身が女の子に転生してしまった僕でも、驚愕した。

 が……同時に悠は自分の死の原因について、あやふやなこと。そして、今までに沢山、大変な出来事があったことを聞いて、僕はは少し、悲しくなった。

 あんなに優しかった悠さんが、どうしてそんな目に遭わなければならないのだろう。

 悠の話を聞いて、瑞輝はなんだかやるせない気持ちになった。


「あの……悠さん」

 深刻な表情をしながら、瑞輝は悠の顔を見た。

「え……な、何!? まさか、こっ……こくは……っ!?」

「僕でいいなら……」

「は、はい!」

「いつでも相談に乗るから。何でも言ってよ」

「ああ……うん。ありがとう」

 悠が少し、肩を落とす。

「大変だったんだって、今の話を聞いて、良く分かったよ」

「ありがとう、そう言ってくれて、あたし、嬉しいよ。駿一は鈍感だからなー、そういうとこ、気が回らないんだよねー」

「そうなんだ、でも、仲はいいんでしょ?」

「そだよ、相思相愛だよ」

 悠が、これまでのことを話す際に、過剰にベクトルをかけて話していることを、駿一は知る由も無い。


「そうなんだ。いいな、そういう関係」

「えっ……その……桃井君とだって……その……」

「えっ、何?」

「え……えと……なんでもないよ……桃井君とだって友達なんだよ。だから、これからもずっと一緒だよ」

「そうだよね……ありがとう、ちょっと心が軽くなった気がするよ」


「……あのさ、それで、桃井君は、何で女装してるの?」

 悠が聞きづらそうに目線を横にずらしながら言う。

「ん……? ああ……これ……」

 瑞輝が、長い髪を一掴みして、手の平に乗せる。

「それが……本当に女の子になっちゃって……ほら」

 瑞輝は、自分の胸に手を当てると、軽く揉んだ。


「ええ……ええっ!?」

 悠がすうっと瑞輝の目前へと近寄り、目を見開いて瑞輝の胸を凝視する。

「……」

 悠は、胸を触ろうと思って手を前に出したが、その手はすうっと瑞輝の体をすり抜けてしまった。

「ああ、そうだ。あたし、霊体だから……」

「えと……悠さんは、女子だから大丈夫だよね」

 瑞輝は、そう言うと照れくさそうに上着の裾を持ち、たくし上げた。


「ああっ……」

 桃井君の胸が出ていて、揉むとたゆんたゆんと揺れている。悠は驚いた。が、それ以上はどういう反応をすればいいのか分からなくて、固まった。

「……まあ、驚くよね、やっぱり、幽霊でも」

「う……うん……でも、何で……」

「その……僕、一回死んでるみたいなんだ」

「へっ!?」

 悠の頭が、更に混乱する。死んでいるのなら、あたしのように幽霊になっているのではと、悠は直感的に思った。


「えと……話せば長くなるんだけど、転生っていうのかな……異世界に転生したんだ……女の子として……」

 この事については、色々と複雑で理解し難い説明をすることになるし、きっとみんなは信じてくれないと思うし、もしかすると変な目で見られることさえあるかもしれない。そう思って、誰かに自分の体験を話すことはしなかった瑞輝だが……悠さんなら信じてくれるかもしれないと、瑞輝はそう思った。悠も同じく奇妙な運命を辿っているようだし、突拍子の無い事を言われたとしても、多少は理解してくれるのではないだろうか。そう思って、瑞輝は自分が行方不明になってから何があったのかを、悠に話し始めた。


 自分の死が自殺だったことと、悠を吉田が押した結果、悠が電車に轢かれて死んだことは、どうしても話し辛かったので、そこは飛ばしてしまったが……自分が何らかの原因で死んで、気が付いた時には全然別の世界に居た事、そこでエミナという女の子と出会った事、そして……その女の子と一緒に色々な体験をして、挙句の果てには、魔王のような巨悪を討ち、この世界に戻ることができた事を、瑞輝は経緯として悠に話した。

 エミナは、それを途中まではキョトンとして聞いていたが……段々と熱を帯び始め、話し終わる頃には、悠の目は、すっかりキラキラと輝いていた。


「えと……まあ、そんな感じで色々とあったんだけどね、どうにかこっちの世界に戻ってくることができたんだ。僕の死体は見つからなかったみたいで、こっちでは行方不明になってたらしいけど……」

「うんうん、なんか、桃井君、急に消えちゃって、みんな心配してて……でも、そんなことがあったなんて!」

「だよね……あっちに居た時は色々必死だったから、こっちのことは考えもしなかったけど……そんなことになってたんだよね。やっぱり僕、人に迷惑ばっかりかけてるな……」

「え……ちょ、ちょっと、そんなことないって! だって、結局、こうして戻ってきたんだし、心配かけたって、本当に行方不明になってたから心配かけたんだし……それに……」

 悠がごくりと唾を飲み込んだ。手は胸の前で、ぎゅっと強く握られている。


「そ、それってつまり、勇者でしょ!」

 悠が、握った手を瑞輝に向かって付き出すのと同時に、人差し指だけを広げた。ズバッと瑞輝を指さした感じだ。

「あ……あの……確かに向こうでは、そう呼ばれる時もあるけど……」

「ええっ!? じゃあやっぱり勇者なんだよ! ファンタジー世界でそう呼ばれるんだから、絶対勇者! 凄っ! 桃井君、凄っ!」

 悠のテンションが、更に上がる。


「あ……あの、悠さん、気持ちは分かるけど、お、落ち着いて……」

 どんどん盛り上がる悠を見て、瑞輝は慌てて落ち着かせようと、両手の手の平を前に付き出して、フルフルと横に振った。

「うん? うん。少しはしゃぎ過ぎちゃったかも。でも、それって伝説の勇者とか、そんな感じのだから……」

「向こうでも、ユーベル……支配者側の大ボスっていうのかなぁ。それを倒した直後も、最初はそんな感じにみんなが騒いでたんだけど……なんだか息が詰まっちゃって……」

「ああ……桃井君、そういうの苦手そうだもんね。気持ち、分かるかも」

 悠が、未だ興奮冷めやらぬ様子ではあるが、腕組みをしてこくこくと頷いた。


「桃井君って、あんまり自分の周りで大騒ぎされると疲れちゃうんだよね」

「うん……そういうのって、苦手なんだよなぁ……」

「でも、それだけみんなが喜ぶことをしたんだよ、桃井君は。お疲れ様だよ」

「ありがとう……ほんと、こんな大それたことになるなんて、思ってもみなかった……でも、まさか、こっちの方でも、そんなに不思議な事があるなんて思わなかったよ。今でも信じられないけど……」

 瑞輝は、むこうのファンタジーな世界では何が起きてもおかしくないとは思っていたが、この、自分達が普通に住んでいる世界でも、悠の話した通りに不可思議な事が起こっているとは思わなかった。しかし……今まさに、悠の幽霊と話しているところだと考えると、その事実を認めざるを得なかった。

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