47話「再開」

「……」

 瑞輝は、吉田の怨霊について聞いた後も、梓と桃を摘まみながら話していた。その話は、主に怨霊の様子や、その時の状況、瑞輝と吉田の関係等、事実確認の域を出ない会話だった。

 瑞輝はその間、上の空で梓に答えていた。瑞輝の頭の中は、吉田を光属性魔法で強制的に祓うのか、祓わないのかでいっぱいだったからだ。


 そして、梓が去った後も、その葛藤は続いている。


「――霊だって、心が苦しくて……苦し過ぎるから、生きている人にまで影響を及ぼすくらい、存在が増強されてしまうんです」


「――怨霊の場合、強制的に祓う以外の選択肢は選びづらいですね。一言で言えば、暴走状態ですから。自我も殆ど失い、暴れまわる為だけにそこにある存在になってしまってるんです。あまりに深い何かの念によって。だから……霊が納得して成仏することは少ないし、また、強制的に祓う一時の苦痛も、それほど問題にはならないです。怨霊になってしまった時から、本人の味わう苦痛は多いですから」


 ベッドに仰向けになっている瑞輝の頭の中で、梓の言葉が何度も何度も繰り返し再生される。吉田君にとって、何が救済になるのだろうか。梓と話してから、瑞輝はそのことばかりを考えるようになった。

 吉田君は、魔法を受けると、とても痛そうな悲鳴をあげる。しかし、梓さんは、それは一時的なもので、その先には苦しみの無い状態があると言っている。なら、吉田君は強制的にでも祓った方がいい。それは僕にも出来て……吉田君は、梓さんと僕、どちらに祓われるべきなのか……。


「ん……」

 ふと、瑞輝はどこかに人の気配を感じた。この病室には、今は自分一人のはずなのだがと思いつつ、瑞輝は病室の中を見回した。

「……はっ!?」

 その正体が、瑞輝の目に映った。だが……頭の中で、上手く情報を整理することは出来ていない。部屋の隅……それも、天井の方の隅に、なにやら人が浮いている。

「……」

 瑞輝が硬直する。こういう場合、どうすればいいのか。それは小学生か中学生くらいの女の子の姿をしていて、半透明だ。それに、宙に浮いているし、ここは、あっちの世界みたいなファンタジーな世界ではない。そんな中なら、あれが普通の人間ではないことは一目瞭然だ。いや……そもそも人間なのかすら分からない。

「いや……」

 瑞輝が僅かにかぶりを振った。よくよく考えてみれば、自分も今は女の子の姿をしている。あの透明なのと同じくらい奇異な存在かもしれない。

「……」

 現実を直視するんだ。瑞輝はそう思って、もう一回、天井の隅っこに目をやった。……やっぱり居る。見間違いではなさそうだ。ここは病院だし、ぱっと思いつくのは幽霊だろうか。幽霊なら浮いてるかもしれないし、あんな感じで透明かもしれない。足は……ある。足に行くにつれて、透明な体が更に薄くなっていっているが、一応、体全部を見通すことができる。


 足があるということは、幽霊ではないのか。幽霊の足が無いというのはフィクションの世界の事柄か……いや、そもそも、それを言ったら幽霊自体がフィクションの存在だし、剣と魔法のファンタジー世界もまた、フィクションの産物だ。


「……あの」

 ここは腹を決めて話しかけてみるしかない。瑞輝はそう思って、謎の浮遊人物に向かって話しかけてみた。


「……えっ!?」

 反応があった。どうやらあちらもびっくりしている様子だ。

「あ……あたしが見えるの?」

 謎の浮遊人物は、瑞輝に向かって恐る恐る近付きながら、瑞輝に話しかけた。


「え……」

 瑞輝はその声に聞き覚えがあった。そして、近くでよくよく見ると、その見た目にも。


「えっ……えっ!?」

 にわかには信じ難い事なので、瑞輝は慌てた。


「見……見えるんだね? 桃井君!」

 謎の浮遊人物も、あちらはあちらで慌てているようだ。……いや、今、自分の事を「桃井君」と呼んだ。ということは、もう十中八九、謎ではない。瑞輝は確信した。あの人物は、自分がよく見知っている人物だ。エミナさんよりも、ずっと古くから……。


「は……悠さん……なの?」

「桃井君! 桃井君見えるんだ! あたしのこと、見えるんだぁー! 嬉しいー! 超嬉しい!」


 浮遊人物が、病室の中を縦横無尽に飛び回る。瑞輝には、その様子がとても嬉しそうに見えた。そう、あれは恐らく幽霊だが、幼少期と同じくらいに無邪気にはしゃいでいるように見えたのだ。


「悠さん……」

 ファンタジーの世界に行き、吉田君が怨霊になって、怖い怪物が現れて……次はこれだ。立て続けに変な事が起こっているがやはりこれにも驚くしかない。死んだと思っていた悠さんが……いや、やっぱり死んでいるのだろうけれど、僕の目の前に現れて……。

「きゃはっ! 見えるんだ! 桃井君にも!」

 こんな感じではしゃいでいる。姿も、中学校の時から変わっていないようだ。


「あ……」

 瑞輝は、悠が姿の変わっていない原因が何故だか分かった。多分、あの時から、身体的な成長は止まっているのだ。電車に轢かれたあの時から……。

 それは、瑞輝にとっては苦い記憶で、思い出したくない記憶だったが……こうして悠が目の前に出てきたおかげで、それが少し和らいだ気がした


「あー……でも、これでもうこっそりと桃井君を見ることが……」

「えっ?」

「ああ、なんでもない! なんでもないんだよー!」

「……本当に悠さんなんだね」

 瑞輝がまじまじと、近くで悠の幽霊らしきものの姿を見る。その姿は、まさに瑞輝の心の中に焼き付いている悠の姿そのものだった。


「まさか、またこうして話せる時が来るなんて夢みたい!」

 悠は少し落ち着いた様子で、瑞輝の寝ているベッドの上に腰をかけた。


 瑞輝には、ベッドに誰かが座った感触が感じられないので、悠が座っているのか、それとも、そういう浮き方をしているのか定かでは無かったが、不思議な出会いとはいえ、折角悠さんと出会えたのだからと、瑞輝はベッドから上半身を起こすことにした。


「んん……」

 ゆっくり起き上がらないと、まだ体が痛む。

「あっ、大丈夫!? 酷くやられてたね」

「あ、見てたの? ごめん、心配かけちゃって……うん?」

 そういえば、あの時の女の人の声、梓さんでもなく、空来さんでもない。エミナさんと似てるけど、少し違う声だった。今思うとそれは、目の前に居る悠さんの声だったのだと思う。

「悠さん、あの時、助けてくれたんだ……」

「覚えてるの? 助けたってほどじゃないんだけどね。駿一や梓さんも一緒だったし」

「ふうん……駿一って……あの駿一君?」

「うん、クラスは同じだったけど、桃井君とは、あんまり関わり無かったから、ピンと来ないかもしれないけど……」

「うん……でも、最近目立ってるから。ロニクルさんとかティムとか……」

「ああ、あれね、そうそう、そうなんだよー!」

 悠が話したくて仕方がないといった様子で、嬉々として瑞輝に話し始めたのだった。

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