14話「狐の住む御殿」

 屋敷に近づくと、更にその荘厳さが際立つ。里の長が住む場所らしく、風格、そして威圧感も相当なものだ。


「空気が違うな……」

「なんか凄いね」

 駿一と悠が感嘆の声を上げる。正面に見える、入り口らしき木の扉が大きいのは、左右を守る門番が通るからだろうか。


「雪奈か」

 門番の一人が雪奈に話しかけた。声は低いが、ドスが聞いていて威圧的だ。

「で……でかいな……」

 まるで巨人だと駿一は二歩あとずさった。普通の人間で、ここまで体格が良い人間は存在しないだろう。肌の色は赤黒く、顔の周りにはライオンのような鬣が生えている。手にはスパイクのついた棍棒のようなものを持っている。もしもの時は、これで戦うのだろう。


「鬼……でしょうか。なんとなく、直感ですが」

 梓も警戒している。門番を見据え、いざという時のために、いつでも動けるように、梓は軽く体を構えた。

「話は聞いている。通るがいい」

 屈強な門番達は、それぞれ左右の扉の取っ手を持ち、両開きの扉の両側を同時に開いた。


「わ……」

 悠は声を失った。屋敷の中は、外よりも更に豪華になっている。扉の位置からは赤い絨毯がしかれていて、少し洋風の雰囲気だ。が、それは途中の襖の所で途切れているようだ。

 襖と絨毯の間には、一段高くなっている木造部分がある。そこで靴を脱いで、もう一段高い襖の部分へと移動するのだろう。

 木の部分はそのまま左右に延びていて、そのまま細い通路になっているが……どちらにせよ、襖の手前で靴を脱ぐ必要がありそうだ。


「凄い所だね! 凄ーい!」

 気持ちが少し落ち着いたのだろうか。悠がはしゃぎだした。

「……行く」

 雪奈がぼそりと言い、歩き始めた。

「あれっ? いいの!?」

 悠が素っ頓狂な声を上げた。

「まあ……門番には話は通ってるみたいだし、ここでのしきたりはとかは雪奈ちゃんが分かってるでしょうし、ここは雪奈ちゃんに付いていきましょう」

 梓も雪奈に続いて歩きだしたので、残りの三人もそれに倣った。

「……さっきの門番は獅子鬼ししおに。赤い方がゴウリキ、青い方がキョウリキ」

 獅子鬼には名前が付いているようだ。

「やっぱり鬼……の一種? なんですね、多分」

 梓は首を傾げた。

「ふうん……どっちも強い力って書くのかな」

 唐突に悠が疑問を口にした。

「漢字は無いって、さっき雪奈が言ってたろ」

「あ、そうだったね、じゃあ今から考えよ、あたし達が」

「いや……考えてもどうなるものじゃあないが……」

「それなら金剛の剛で『剛力』、狂うの狂で『狂力』なんてどうだプ?」

「な……なにそれ格好いい……!」

 悠がロニクルさんの名付けに驚愕している。

「なんか、強そうでいいですね、それ。狂力の方なんて、アウトローな感じがしていい感じです……さて」


 靴を脱いで、襖と絨毯を仕切っている木の部分に立ち、襖を開けようとする雪奈を見て、梓は警戒した。襖の奥から何が出てくるのか……何が出てきても、咄嗟に対応できるように考えを巡らさないとならない。

 襖を開けると、そこは畳張りの、広い部屋になっていた。左右には何枚もの障子が連なり、天井からは、二列の等間隔に吊るされた灯籠が垂れ下がっている。


「ふえぇ……お殿様の部屋みたい」

 悠は驚き過ぎて戸惑っているようだ。きょろきょろと忙しなく周りを見回している。

「ほんと、凄いです。機能美……ですね」

 梓の警戒心が高まる。

 横の襖からは何が出てきても不思議ではないし、灯籠は、夜でも部屋全体が照らされるように計算されて設置されている。

 考えられる限りの、自分にとって有利な状況を作り出して、相手を招き入れる。そして、その事を隠しもしていないということは、威圧の意味もあるのだろう。用意周到、更に口も回る妖狐となると、いよいよ油断は出来なくなってくる。


「あれが……妖狐、クレハ」

 畳の間のずっと奥に見える人影。あれこそが、この里に住む妖怪の長、妖狐、クレハ。

「よいぞ、入れ」

 クレハが喋った。余裕を見せているのか、それとも本当に余裕なのか……声は落ち着いている。

「……」

 雪奈が梓へ目配せをすると、梓はこくりと、軽く頷いた。

「……行く」


 雪奈が、そして一同が歩き出し、妖狐の下へと歩いていく。

 ――近づくにつれ、妖狐の様子が明らかになっていく。

 髪の毛の隙間から、ぴょこんと上に出ている狐耳と、銀色の長い髪の毛はいかにも妖狐らしいが、肌は人間と同じ肌色をしている。特に、毛で覆われているわけではなさそうだ。

 妖狐は寝転がっていて、傍らの肘置きに左ひじを置き、右足だけ立てて、楽な体勢をしている。

 身に着けているのは、梓と同じ、巫女装束だ。が、胸元は大きく開いていて、袴も右足を立てているせいで、太ももまで露になっている。

 右手にはキセルを持ち、時々口に運んでは、白い煙を発生させている。実に自然体というか……無防備に見える。


「雪奈が拝謁致します」

 雪奈はクレハまで、あと十数歩というところで立ち止まり、深々とお辞儀をした。

「よい。近う寄れ」

 クレハの言葉を聞いた一同は更にクレハに近づいた。一同が、更に半分くらいクレハに近付いたところで雪奈が止まると、他の四人もそれに倣った。

「どうかな客人。我が里は」

 クレハは一言発すると、傍らに置いてある煙草盆の灰落としに灰を落とした。カンカンという音が、クレハが返答を待つことによって生じた静寂の中に響く。


「いい所ですね。私達、人の感覚では、物質的には不便そうですが……雰囲気はとっても良くて、心は安らぎます。素敵な所だと思います」

 梓が、多少、言葉を選びつつ、答えた。

「そうか。嬉しい評価だな。気に入ってもらえて何よりだ」

 煙草入れから新しい煙草をキセルに入れたクレハは、火入れの中の炭にキセルを近づけた。

「我々妖怪は、人ほど物質を必要としていないでな、物が無いということに関してはそなたの言う通りなのだろう。が、里の雰囲気が良いというのは、長としては嬉しい褒め言葉ぞ」

 言い終わると、クレハはキセルを口に運び、吸った。


「ふぅー……さて、客人をいつまでも待たせるわけにもいかんな。取り急ぎ話を聞こうか。代表者は誰かな?」

「梓と申します」

「梓か……良い名だな。古きから、よく聞く名だ……で、梓よ、何の用だ?」

 クレハの視線が梓に刺さる。梓はその視線に、全てを見透かすような鋭さ、それに混じって僅かにぬくもりを感じた。その相反する印象に少し戸惑ったが、怯まずに梓もクレハの目を見つめ、口を開けた。

「人の言葉に百鬼夜行って言葉があるです。意味、知ってるです?」

 暫くの沈黙の後、クレハから帰ってきた答えは含み笑いだった。


「……フフフッ」

「えっ!? なんで笑ってんの?」

 悠が驚いている。

「いや、俺に聞かれても……」

 勿論、駿一だって同じ気持ちだ。何故笑ってるのか、全く分からない。

「何で笑ってるプ? ロニクルは宇宙人だから、よく分からんピ」

 ここで唐突に、ロニクルが何も考えてなさそうな質問をした。自分が宇宙人だというカミングアウトも含めてだ。


「フ……いや、すまんな。そっちからしたら、まずは間接的に攻めようというのだろうが……梓よ、搦め手は苦手と見えるな」

「それは……」

「私が狐だから慎重になっているのかもしれぬが、無理はせんでいいぞ」

「……はい。すいませんです。非礼をお詫びするです」

「別に非礼なわけではないさ。だが……お前の場合、素直に話すのが一番懸命だ。お前も私が狐でなければそうしていただろう。よいから率直に申せ」

「……では、率直に言うです。今、人間の間で、しかも、私達が住んでいる近所で連続殺人事件が起きてるです。それは、人間が起こした事件にしては不自然な点が多すぎるです」

「なるほどな」

「だから、もしも妖怪が何かをやっていたら、教えてほしい。そう思ったです」

「ふむ……やはり、搦め手は得意ではないか。少々つまらんが……まあよい、気に入った」


 妖狐がすっと手を上げると、一同の周りに黒い巨大な影が四つ現れた。それはぼんやりとした像だが一同を取り囲むように、四方に現れ――そして、すぐに消えた。

 それを見た梓は、ほっと胸を撫で下ろした。

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