13話「妖怪の里はまるで異世界」
「ここは……」
霧が晴れると、そこはまるで異世界だった。
大木を切り抜いて造られたのであろう家や、小石を積み重ねて造られた家、かやぶきの家もある。比較的普通の木造の一軒屋も混じっているが、部分的にあるだけだ。
「なんか、雰囲気、凄いですね。圧倒されるけど、なんだか和みます」
梓が驚いている。さすがは妖怪の里、不思議と趣がある。
「うん、凄い凄ーい!」
悠も興奮している。どうせ意味も分からず騒いでいるのだろうと、駿一は冷めた目で悠を見る。
「……こっち、行く」
雪奈が歩き始めたので、一同はそれに続く。
「ね、ね、なんか、凄い所だよね」
悠が、駿一達よりも頭一つ高い所を浮遊しながら、きょろきょろと辺りを見渡している。
駿一は、悠の事を、相変わらずウザいなと思いながら、同時に同意もした。奇抜な家が一番目立つが、他の部分に目を向けると、更に奇妙な場所に見える。空中のいたる所には光の玉がフワフワ浮いているし、大木は、切り抜かれて家にされているというのに、平気な様子で葉や木の実をつけている。
「ね、あの家さ、何で枯れないんだろ」
悠が大木を切り抜いた家に対しての疑問を口にした。
「不思議プね」
「妖怪の中には木と意思疎通できる人も居るみたいですから、どうにか折り合わせてるのかもしれないですね」
「ほー、なるほどな」
「へぇ! なるほどー!」
駿一と悠の声が被る。
「木と話せる……それは興味深いプね」
ロニクルも、二人と同じく感嘆している。
一同は、この不思議空間を見ながらあーだこーだと話しながら、この妖怪の里の大通りを進んでいく。
「妖怪の里……か……」
大通りといっても、軽く土を固めたように舗装されているだけだったり、通常よりも曲がりくねっていたりしている。
ここに来るまでの、草木が生え放題で荒れ放題な道のりとは比べものにならないほど歩きやすいが、コンクリート等を使って固めてはいない。このあたりは、人間とは感覚が違うからやらないのだろうか。それとも必要が無いからやらないだけなのだろうか。
「あのぶら下がってるのは何だポ?」
ロニクルが指をさした。ロニクルの目はキラキラと輝いているが、この状況ならば、ロニクルではなくても、色々な事が気になってしょうがない。
ロニクルが聞いているのは、家の軒先にぶら下げられている何かだ。色とりどりの貝殻や毬などが、一本の紐に数珠繋ぎで括りつけられ、垂れ下がっている。良く見ると、紐自体にも藍色や、紅色で色が付けてあるように見える。
「飾り。綺麗だから」
なるほど、あれは一種のインテリアらしい。駿一は納得した。確かに、カラフルなインテリアが飾り付けてあるおかげで、街並みが華やかになっている。
この飾りは、この妖怪の里でなくても、部屋に飾り付けておくとオシャレに見えそうだ。
「いいですね。毬の色の具合も、地味過ぎず、かといって過度に派手なわけでもなく。丁度いいです。あそこなんて灯籠も一緒に吊ってありますよ。神社用にいくつか欲しいですー」
梓も、若干興奮気味だ。
「あの吊ってあるのもいいですけど、ポツポツとある、置くタイプの石の灯籠もいい味出してますよね。里全体が、凝った和風の庭園みたいで素敵です」
ついさっきまで緊張していた様子の梓だが、今はなんだか和んでいるように見える。ここが気に入ったのだろうか。
「夜になったら、つける」
雪奈の解説が入る。
「そっか、ここだって、夜は暗くなるもんね!」
「でも……それだとちょっと、おかしいプ」
「ええ? ちょっとって……どこもかしこもおかしく見えるんだが……?」
「ほら、部屋の中ポ」
「部屋の中……」
「駿一、何がおかしいの?」
「いや、俺もおかしい所探してるんだよ」
「あ……ほんとだ、明るいです……」
梓がまじまじと、石の家の中を見ている。石の家に付けてある、木製の雨戸は開かれていて、窓ガラスは無い。だから中が見えるのだが……。
「ああ……そう言われると、変なのか」
「ええ? なになに、教えて!」
悠が耳元で騒いでうるさい。
「部屋の中が、外と同じくらい明るいです。見た感じ明かり取りも無いみたいですし……天井にあるとしても、あの家は、谷を掘って住居にしてあって、上はずっと谷みたいになってるです。光は相当遠そうです」
梓が悠に教えるように言った。
「不思議だプねー、梓、これも妖怪の仕業ピか!?」
「さぁ……そこまでは妖怪の知識は無くて……」
「……昼間は、"
「え……何? 蛍火?」
悠が雪奈に聞き返した。
「そう。周りを照らす、小さい妖怪。……あれ」
雪奈が指をさした先には、空中を漂っている小さな光の玉があった。
「ほー、あの玉も妖怪なのか」
「生きてるってことポ?」
「妖怪ですからね」
「そう聞くと、なんだか可愛く見えてくるね」
一同は、周りの光る浮遊物をまじまじと眺めた。これもまた妖怪。蛍火なのだ。
雪奈が続けて解説を始めた。
「昼間は蛍火が里全体を照らす。夜は蛍火の光も無くなるから、明かりで照らす」
「なるほど、だから、あの灯籠なんですね。夜も風流で良さそうです」
「こういう所でお月見しながら、お団子とか食べたいよね!」
観光気分になってるな。と、駿一はふと、そんな事を思った。悠やロニクルさんがお気楽だからということもあるだろうが、この里の雰囲気が、どこか優しく、穏やかに時が流れていく。そんな感じがする。
「……あそこ。あそこが
雪奈が指さすまでもなく、一同の目に、大きな御殿が飛び込んできた。
「クレハは妖狐。ずる賢い。注意した方がいい」
「妖狐……それは確かに油断ならないですね」
「妖狐のクレハかぁ……どういう字、書くんだろ。クレハだから、コウヨウって書いて紅葉かな?」
「妖怪の文字は、人間には分からない。妖怪だけの文字」
「えっ、妖怪ってそうなんだ! ほら、学校の名簿に雪奈ちゃんは雪に奈良の奈が書いてあったから、てっきり漢字で書くのかと思った」
「あれは、俺と雪奈で適当に考えた当て字だよ」
「え、そうなの!?」
悠が驚いているが……一言、言いたい。
「悠、お前もその時、居ただろ。あの時もプカプカ呑気に浮かびながら、ひとごとのようにあーだこーだと口出してたよなぁ!?」
「ええ? そ、そうだっけ……随分前の事だから、覚えてないけど……」
「お前な、そんな昔の事でもないだろ……」
「そだっけ。えへへ……」
「お前は本当に反省しないな……ま、いい。何言っても、どうせ反省しないからな」
「それにしても、豪華プね」
「そうだな、ちょっとお高い旅館みたいだ」
ロニクルの言う通り、他の建物とは経路の違った、赤瓦の屋根が特徴的な大きな建物が一同の前にそびえ立っている。
「これは……壮大ですね」
梓が感嘆した。
え
「あの吊ってある飾りもいっぱい付いてるね」
「赤瓦の屋根は白と赤茶色のグラデーションが素敵です。所々にある丸障子も、いい味を出してるですね」
「梓さん、なんか、随分気に入ったみたいですね」
さっきから梓さんがベタ褒めなのは、妖怪の里が好みに合っているからなのだろうか。駿一は首を傾げた。
「あ、すいません。こういう街並み、なんか好きなんですよー。あ、この石橋なんかも風情があると思いません?」
喋っているうちに、丁度、石橋に差し掛かった。道を左右に突っ切る形で流れる川を渡るためのものだろう。小さい川ではあるが……確かに、どこか情緒がある。駿一は頷いた。
「ロニクルも、この景観は地球の中でも独特で、ちょっといい感じだと思うプ」
「なるほどなぁ」
この二人にとっては、中々に魅力的な景観であるらしい。駿一自身もなんとなく綺麗だとは思っているが……駿一はどうにも感受性は豊かではないと自負している。
もっとも、悠みたいに鈍感で能天気な奴よりは、この良さは分かるつもりだが。
「ね、ところでさ、獏はなんて名前なの?」
その悠が獏の事を話し出した。
「獏は獏」
「えっ? 雪奈ちゃんは雪女でしょ、ここの偉い人の妖狐はクレハでしょ、獏は?」
「そういうの、無い」
「へ……?」
悠がきょとんとして目を向いた。
「獏はこの里で一人だから……」
「いや……一人だって、名前は必要でしょ。ていうか、増えたらどうするの? 子供が生まれたり、外から来たりとかしないの?」
「そのときに付ければいい。今は必要ない」
「そ……それでいいんだ……?」
「文化が違うんでしょうね。妖怪にとっては、それが普通なんでしょう。名前が無いとか、なんとなく冷たい感じもしますが……私たちにとってだって、それが日常だったら何も感じない。そう思わないですか?」
「え? んんー……まあ……そうなのかも?」
「人には人の、妖怪には妖怪の、それぞれの文化、生き方があるんだと思うです」
「んー……なるほど……」
梓の解説で、悠はなんとなく納得はしたらしい。
「梓……」
ふと、雪奈が立ち止まり、梓の方を向いた。
「着いたみたいですね。ふぅー……」
梓は、ゆっくりと息を吐き……吸って、もう一度吐いた。屋敷の玄関は美しいが、中に居るのは妖狐だ。
「行きましょうか。臆していても始まらないですし」
梓が腹を決め直す。駿一には、梓の一歩がとても重く感じられた。
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