12話「妖怪の里の入り口」


「……というわけで、だいぶ性質も絞られてきたので、まず妖怪の方面から探ってみようかと」

 梓がさらりと説明した事実は、駿一にとっては信じ難い事だった。


「この連続殺人は、なにかしらのオカルト関係の可能性がでかいってことか……」

 駿一が愕然とする。負が負を呼んで、厄介事に厄介事が重なって……俺に平穏は訪れるのだろうか。


「あくまで、ほかの事件と比べると、その確率が高いというだけですけどね。まだ普通の犯罪だという線は濃厚ですよ。でも、それをはっきりさせるために雪奈ちゃんの意見を聞きたかったです。妖怪の仕業かどうか……分かるですか?」

「ううん……」

 雪奈はうつむいて、少し悩んでから答えた。


「多分、違うと思う。けど……分からない」

「えっと……雪奈ちゃんが思うには、妖怪が起こしたとは思えないけど、確実に否定はできない……こんなところでしょうか」

 梓が聞くと、雪奈はこくりと頷いた。


「妖怪も一枚岩じゃないってことですね……取り敢えずは、妖怪である確率も低いということですけど……」

「付いて……きて」

「え?」

 雪奈の一言に、梓が聞き返す。

「里に、行く」

「里?」

 再び梓が聞き返す。


「妖怪の里、ここで暮らす妖怪の住み家」

「妖怪の住み家……ごくり」

「ロニクルさん、変な気は起こすなよ」

「勿論だプ」

 駿一が少したじろぐ。ロニクルはにっこりと微笑んだが、この笑顔があてにならない。


「梓や」

「丿卜さん……」

「妖怪の里とは初めて聞くのう」

「私も話だけしか知りません。この事件のために行く必要があるのかは微妙なところですが……今後のオカルト便利屋活動のためには、行っておいた方がいいかもしれませんね」

「うむ。虎穴に入らずんば虎子を得ずという。妖怪の巣窟に飛び込むのは、些か不安ではござるがな」

「同感です。さて……」

「どう……するの?」

 雪奈が首をかしげた。

 梓は考える。雪奈ちゃんは妖怪の仕業ではないといっている。その通りなら、危険は少ないだろう。しかし、もし、雪奈ちゃんの知らないところで妖怪が何かをやっているか、もしくは関与しているとすれば……何かしらの妨害を仕掛けてくるに違いない。危険は増大するだろう。梓は少し不安だ。除霊なら慣れているが、妖怪を相手にすることは滅多に無い。


「でも……ロニクルさん、転移装置って使えるです?」

「使えるプ」

「そうですか……」

 梓が、もしもの時にはどうしたらいいのかを考える。ロニクルさんのUFOにある転移装置を使えば、もしもの時の逃げ道は確保できそうだ。この転移装置は駿一さんも時々利用しているそうなので、性能面でも信用できる。


「……行きましょう」

 よくよく考えてみれば、今回の事件は何によるものなのか、判別が難しい。やっぱり可能性は、少しでも除外しておいた方がいいのかもしれない。

 それに、雪奈ちゃんも、妖怪のせいじゃない事を望んで里へと誘っている。行くべきだと思う。梓は決断した。

「ただ、少し準備したいです。私の神社によってからにするです」

「……分かった」

 四人は梓の神社に寄ってから、妖怪の里を目指すことになった。




「しかし、凄え所を通るんだな」

 駿一が少し狼狽える。獣道といっていいだろう。対妖怪用の装備をした梓を中心とした、駿一と雪奈そしてロニクルと悠の五人のメンバーは、雪奈の案内するままに森の中へと入っていった。通路は無く、草が生え放題の地面は進みにくい。


「なんかさ、道、無いよね」

 悠は、駿一の頭上を飛び、辺りを見渡している。どうやら駿一達の周りには通路は存在しないらしい。

「ふう……結構しんどいですね」


 梓の額にじわりと汗が滲む。梓の巫女装束には妖怪用の道具がたっぷりと仕込まれているので重くなっている。ただでさえ道が険しい上に、この重量は、梓にとってはたまらない。


「こっち」

「お?」

 駿一が、雪奈の指差した方を向く。良く見ると、一ヶ所だけ丈の高い草が生えていない所がある。道に見えるといえば見えるかもしれない一帯だ。雪奈はその部分をどんどんと進んでいく。


「険しいな……」

「こんなに重装備は要らなかったかもです」

「ロニクルは体力無いので大変なのだプ」

 三者三様の愚痴が出たところで、雪奈が足を止めた。


「ここ……」

「ここ!?」

 雪奈の言葉で駿一が辺りをきょろきょろ見渡す。

「何にも無いが……」

 駿一には少し視界が開けてはいる気はしなくもなかったが、それだけだ。林の真っただ中に、駿一達は居る。

「妖怪の里は、その地域の妖怪が集まる住み家ですからね。そう簡単に見つかるようにはできてないですよ」

「そうなのか。しかし……」

 ここが里だとして、バレないのだろうか。こんな道を外れた所までは普通は来ないだろうが……こんな所に集落があったら、偶然誰かが迷い込んで、一目で分かりそうなものだが……。


「獏」

 何もない空間に雪奈が語りかけた。

「雪奈か」

 すぅ――と空間が歪んだように一同の目に映ると、次の瞬間には白と黒の毛に覆われ、四足歩行で鼻に特徴のある、恐らくは動物の……。


「獏だ」

 真っ先に言ったのは駿一だ。

「獏ですね。でも、おっきいです」

「獏ってこんなに大きかったんだプね。実物を見るのは初めてピ」

「ロニクルさん、本物の獏はこんなに大きくないぞ。……いや、本物というより、動物の方の獏って表現が的確か。この獏も本物の妖怪の獏なんだろうし」

「ほうほう、なるほど分かったピ」

「しかし……やっぱ妖怪なんだな」

 駿一の体が自然と強張る。姿は動物の獏そのものなのだが、その大きさが……何よりも、その雰囲気が異常に感じられて、凄まじい威圧感を感じる。やはりこいつは妖怪だ。


「ふーむ、これが妖怪プか。雪奈とはちょっと違う感じだプね。地球は奥が深いピ」

 地球人でないロニクルさんにとっては、地球人も妖怪も似たように見えるのかもしれない。


「うーん……里に入ったら、こんなのに囲まれるんですね。ちょっと不安ですねぇ」

 場馴れしているであろう梓でさえ、少し緊張気味だ。


「雪奈よ、この人間は、どういうことだ?」

 獏が雪奈に聞く。獏が話す一言一言に、駿一は凄い威圧感を感じている。


「この人間たちを里に入れて……おさに合わせてほしい」

「何故だ?」

「妖怪が人間に手を出していないか確かめるため」

「我らが疑われているというのか?」

「……そうだ」

「わざわざ我らが人間ごときに釈明してやる義理は無い。」

「獏……」


「えと……獏さん、協力してほしいです。連続殺人事件が起きて、みんなが不安になってるです。少しでも手掛かりが欲しいです」

「人間同士の問題であろう。我々とは関係のない話だ。去るがよい。去らねば食うぞ」

「それが、人間同士じゃないかもしれないんです。だから、妖怪の皆さんに意見を聞きたいです。疑っているわけじゃないんですけど……だからこそ、直接話を聞いてはっきりとさせておかなくちゃいけない。雪奈ちゃんも、そう思っているはずです」

「獏、獏は門番……」

「ほう……言うようになったな雪奈。確かに、里に通すだけの理由は揃っている。が、門番である私の意思次第で、この者達を通さぬこともできるぞ」

「……」


 辺りの空気が張り詰める。

 梓は獏の様子を注意深く観察し始めた。門前払いだけならばよいのだが、獏が襲い掛かり、文字通り取って食われるようなことがあれば、戦闘は免れない。


「……入るがよい。ただし、自分の命は自分で守れよ、人間」

 獏はやれやれといった様子で、そう言った。

「ありがとうございますです、獏さん」

 梓が獏に微笑みかけた。獏はそっぽを向いたが……駿一には、獏がすこし照れているように見えた。


「……で、次はどうするんだ?」

「ちょっと、待つ」

 駿一の問いに雪奈が答えた瞬間、辺りが急激に暗くなった。一同はいつの間にか、暗灰色の霧に囲まれていた。

「これは……」

 駿一に緊張が走る。

「大丈夫。この霧は、里へ行くための霧」

 雪奈が静かに言う。

「うーん……この霧自体も妖気を纏っているみたいですね」

 梓が物珍しそうに、霧を弄るように周辺を手で撫でた。

「うん? 梓は妖気も感じ取れるプ?」

「まあ……家業ですから。オカルト便利屋は私の代からですけど、妖怪とかの関係は、かじったことがあるです」

「へー、そういうもんプか。中々勉強になるピ」

 駿一は何の勉強だよと突っ込みそうになったが、直後に一気に霧が晴れ、辺りが明るくなった。

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