11話「ドラゴンバスターナイツ」

「さてと……空来、来るか?」

 ティムは取り敢えず、隣に居た空来羽雪を誘ってみた。


「いいの? 私、行きたいな……」

「よし、一人確保だ」

 ティムは徐に横を向いた。二番目に近いのは崎比佐だった。崎比佐は、ティムの視線に気付いてかぶりを振った。

「いや、俺、用があるから」

「そうか……おい瑞輝!」

 次は少し遠くに座っている瑞輝に話しけた。水木との距離は遠いので、ティムは声量多めに、叫ぶように呼んだ。


「えっ、なになに!?」

 不意に話しかけられた瑞輝が、びくっとして肩をすくめる。


「聞こえなかったか? ちょっと来いよ! 上田! お前も!」

 ティムがついでに上田にも話しかけた。


「え……何だ何だ……」

 上田も良く分からずにティムの方へと歩みを進めた。


「な……何?」

 瑞輝はびくびくしながらティムに言った。威圧的な赤い髪、気性は荒く、喧嘩っ早い。無論、腕っぷしも強い。瑞輝はティムと間近で話すことに、いつも多少の恐怖感を抱いている。喋りやすいのは確かなのだが……どうにも、冷や汗が出てしまう。


「ほら、チケット余っちまったから、一緒に映画、行こうぜ」

「映画……」

 どうやら映画のお誘いらしい。瑞輝はひとまずほっと胸を撫で下ろした。いきなり殴られたりはしなさそうだ。

 ドラゴンバスターナイツ、ディレクターカット版。瑞輝がチケットに目を落とすと、そう書いてあった。


「字幕か……」

 瑞輝はどちらかといえば吹き替え派である。吹き替えならば、字幕と画面を行き来して忙しくないし、早く字幕を読まなくちゃと急かされることもない。それよりなにより、見知った声優が、たまに見つかる楽しみがある。


「ん、ロニクルさんがな、字幕に興味があるらしくてな」

「ああ、なるほど」

 ロニクルさんなら納得だ。瑞輝は普段からロニクルさんが貪欲に情報収集するさまを見せつけられているからだ。なんでも積極的に吸収していて凄いのだ。


「嫌なら他の人に渡してもいいが?」

「んー……これってさ、ファンタジー?」

「そうだぞ。ドラゴンと騎士が戦うやつだ」

「そうなんだ……行くよ。特に予定も無いし」


 ファンタジー映画。そういえば、この世界に帰ってきてから映画なんて見ていない。ファンタジーものは特に敬遠していた。本物を知ってしまった時、作られたファンタジーを見たらどうなるだろう。そう考えるとなんだかファンタジーものを見ること自体が不安で、遠ざけていたのだ。

 人は、未知の存在には恐怖を感じるという。今の瑞輝にとって、ファンタジー映画は未知の存在だ。ひょっとしたら、何か凄いことが起きるのではないだろうか。ファンタジーではなく、SFの世界にも、タイムパラドックスやらバタフライエフェクトやら、影響がこの世界全体に及ぶものもある。それこそ、世界をひっくり返すような……。


「おい、どうした瑞輝?」

 瑞輝が気が付いたら、ティムが顔を覗き込んでいた。

「わっ! ……いや、なんでもないよ」

 瑞輝の心臓は、まだバクバクいっているが……いつまで避けていても、モヤモヤするだけだろう。映画くらい見てみよう。


「そうか。なんでもないならいい。上田、お前は?」

「……行くよ」

 上田は相変わらず携帯ゲーム機を弄りながら、ティムに答えた。


「上田君……! 今、先生が来たらヤバいんじゃあ……」

「いつもの『予感』か、空来?」

「違うけど、来るかも……」

「どうせ来ねーよ」

「なんで!? 来るかもしれないよ! 来たらそれ、没収されちゃうかも……」

「じゃあ見張っといて」

「上田、ボクにそいつを壊されたいのか? ああん?」


 ティムが上田の携帯ゲーム機をがっちり握った。

 脅しなのかは分からないが、ティムは、この状態からでもゲーム機を破壊できるくらいの力は持っているだろう。

「えと……取り敢えず、外、出ようか。学校の外ならゲーム機、いいし」

 一触即発なムードになりそうなので、瑞輝はあわてて外へ出ようと促した。

「ん……そういえばそうだ。おし、みんな、出るぞ!」

 ティムの号令で、一同は教室を出た。




「むむむ……そこはもっと間合いを取って……ああ、違う……! お前は後方支援だろう……!」

 やけに力んでいるティムを心配そうに横目に見ながら、瑞輝はこのファンタジー映画に、どこか懐かしさを感じながら見ていた。

 ドラゴンと戦う騎士達。僕はドラゴンとは戦っていないが、魔王と戦っていた。映画と同じで生死をかけた戦いだった。

「だから、お前は後方支援だろ、しゃしゃり出て……何? 矢を直接刺して仕留めるとは……」

 ティムは相変わらず、力みながらブツブツと何か言っている。

 瑞輝はティムを見ていても、あの世界の事を思い出すことがある。

 あの世界で、この映画のように一緒に戦った仲間の一人にイミッテというエルフが居た。ティムみたいな真っ赤な髪の毛ではなく、濃いピンク色の髪で、耳もエルフ耳だったが……背丈はティムと同じくらいで、性格もどことなくティムと似ている。

 だからティムを見ていると、イミッテの事を思い出す。


「終わったな……ゴードンは尊い犠牲だったが……」

 映画は、恐らくラスボス的な存在のドラゴンを倒したところまで進んでいる。ゴードンは最後の最後で亡くなってしまったようだ。

 瑞輝の実体験では、魔王と戦った時は四人全員生き残ったが……よくよく考えれば、それは瑞輝の目に見える範囲。魔王に肉薄した四人だけで、魔王の手下に壊滅させられた集落、殺された人は無数に居たらしい。

 瑞輝の脳裏にふと過ぎる。僕がもう少し強ければ、救える人は増えたのだろうかと。

 魔王の手によって殺められた人の事を聞いてから、暫くは夜も眠れなかったが……それを考えたところで無意味だと分かった。

 そもそも、あの時点で発揮できるものは、ほぼ最大限に発揮したわけだし、今はもう魔王は封印されて平和は訪れたのだ。

 済んだことを、今さら考えても、気が滅入るだけだ。魔法の練習は、筋肉痛になりながら今もやっていることだし、その事は考えないようにしている。


「出るか。上田、起きろ」

「ん……あれ?」

「え、寝てたの、勿体無い!」

 ティム、上田、空来が、それぞれ喋りながら立ったので、瑞輝も立って、退室することにした。


 瑞輝は映画を見ながら色々と考え事をしてしまったが……よくよく考えると、やっぱり僕はもう普通の感覚じゃないんだなと、瑞輝は痛感した。

 ファンタジー映画を見ながら、あんな事を考える人なんて居ないだろう。居るとしても、現実と虚構の区別がつかなくなってしまった正常な状態とはかけ離れている人だ。

 僕はもしかして「もう普通の体で、普通の日常生活を送ることができなくなっている」という現実を受け入れたくなかったのだろうか。それは今も分からないが、思い切ってファンタジー映画を見てみた結果、それほど重大な事は起こらなかった。かえって気持ちが楽になった気さえする。


「あ……」


 瑞輝の目に、ふと、グッズの売店が目に留まった。

「ね、ちょっと見てきていいかな?」


「おお、いいぞ」

「私も一緒に行っていい……?」

「俺は……いいや」

 三者三様の答えが返ってきて、結局、瑞輝は空来と一緒に売店を見て回ることになった。


「んー……やっぱ、パンフレットが一番情報量が多いかな」


 瑞輝がパンフレットを手に取る。この売店に立ち寄った大きな動機は、エミナにファンタジー映画の光景を見せたら、どう思うのかが気になったからだ。

 映像を見せるのが手っ取り早そうだが、携帯型のDVDプレイヤーなんて持ってないし、あったとしても、まだこの映画がDVD化されていない。ポスターやブロマイドでも悪くはないが……。


「あ、これ可愛い……!」

 空来が手に取ったのはキーホルダーだ。前部分の三割がプラスチックの部分が露出した顔になっていて、残りはモコモコとした毛に包まれて毛玉のようになっている。周りには猫耳と細長い尻尾、プラスチック製の足がくっついている。映画で主人公達の肩に乗っていた、マスコット的な動物だ。


「ほんと、可愛いね」

 見た目は愛らしく、エミナさんも好きそうだと瑞輝は思った。しかし、ガラス細工のウサギに比べるとインパクトが薄いかもしれない。

「僕はパンフレットにするかな」

 ここはパンフレットが最適だと思う。キーホルダーと両方買うのもいいが、ちと小遣い的に厳しい。ミズキはパンフレットをレジに持っていき購入したのだった。

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