10話「ダウナーテンションの赤澤」
「……ということでだ。帰宅するときには十分に周りに注意を払って、できれば今日から一週間は外出を控えてください。以上。日直!」
「起立、礼、着席」
赤澤がダウナーなテンションで号令をかけた。
赤澤の号令でクラスの全員が着席したが、その時には、担任は既に教室を出ていた。
「なんだか物騒だね、駿一」
悠が駿一に話しかける。
「そうだな」
「映画、行かない方がいいかも……」
「ああ、そういえば……」
駿一はすっかり忘れていた。ロニクルさんの超絶な好奇心が発動したのか、突然、映画館に行ってみたいといいだしたので、いつもの四人、駿一、ティム、ロニクル、雪奈で行くことになったのだった。ちなみに、悠は霊体なので、チケットの人数には入らない。
駿一としても、こういう普通の好奇心なら、百歩譲って大歓迎だ。人の脳味噌を取り出したり、得体のしれないUMAに無防備に近づいて観察しだしたりするよりは二十倍マシだ。
「ま……映画くらいいいだろ。当たったら運が悪かったってことだよ。連続殺人犯なんて、避けようがないからな。いいよなロニクルさん、ティムも」
「いいプよ。それにしても、今度は連続殺人犯とは地球もなかなか退屈しないポねー」
ロニクルさんは、不安な顔は一切していない。むしろわくわくしているように見える。
「ロニクルさん、勘違いしないでもらいたい。霊が巫女さんをふっ飛ばしたり、ビッグフットや妖怪がうろついてたり、死んだ人間が、いきなり帰ってきたり……今なら連続殺人事件が起きたりしているが……それらは全て、結構な異常事態だからな」
「そうなのかピ。んむー……それはそれで、なんか異常じゃない時が想像できないプね。興味あるピ」
「ん……なるほどな……」
ロニクルさんの言葉を聞いて、駿一は、ふと思った。確かに最近、奇妙な事が立て続けに起きている。本当はもっと穏やかなのだと言ったとしても、ロニクルさんが地球に来てから、今言った事は立て続けに起きているのだし、ロニクルさんにとっては説得力がないかもしれん。
日常的に派手に霊を祓っている梓さん、駿一や、ごく一部の人にしか見えないが、うざったい霊の悠、ビッグフットのティム、妖怪雪女の雪奈、死体まで発見されたのに涼しい顔して帰ってきた桃井、そして、ヴェルレーデン黄色矮星出身の宇宙人、ロニクルさん。こうやって突発的な事件が起きなくとも、日常的な異常があり過ぎる。常に霊に絡まれている俺も大概だが……穏やかに過ごしたい俺にとっては、気が滅入る話だ。駿一は頭を抱えたくなった。
「ま……いつかはこれが日常だと思う日が来ると思うがな」
それは駿一にとっての日常ではないかもしれないが……ま、ここまで異常な事が常に起きている状態になってしまったわけだし、慣れるしかないのかもしれない。駿一はそう思って開き直るしかない。
「……今、考えてもしょうがねーよな。てか、雪奈もいいか?」
雪奈はこくりと頷いた。雪奈はロニクルさんほど手当たり次第に物事に食いつかないし、ティムほど困った体質でもない。人の住んでいる所とは違うが……この地球の、日本には住み慣れているわけで、それほど知らない事もない。妖怪としての力も、平常心でいる限りはセーブできるようだ。
手がかからないが……ロニクルさんとティムが問題児過ぎて、時々、頭の中から消えてしまうのが難点だろうか。雪奈の歳は、よくわからない。本人に聞いてもそういう感覚はないらしく、子供だとだけ言うのだ。確かに、見た目は小学五年生程度だが、雪奈は妖怪だ。見た目以上に長生きなのだろう。
そうなると、ここに居る事自体難しくなるので、無論、クラスに居る時は十七歳だと言うように言っているが……。
「で、ティムは?」
「いいが……アレ」
ティムが徐に指さした先は、教室の入り口だった。
「お……?」
駿一はティムが指差した方を向いた。
入り口の外、廊下に梓さんが立っている。梓さんと話しているのは空来だ。二人共、ちらちらと、時々こちらの方を見ている。
「ほう……あれは……」
「お呼びがかかりそうだね駿一」
悠も耳元で呟く。
「なんだポか、あれは」
駿一には、ロニクルさんの目が輝いているように見えている。それが意味することは一つだ。そっちの方面にも嫌な予感がする。
「ロニクルさん、映画を見に行きたいと言い出したのは、ロニクルさんだぞ」
「……ちょっと気が変わってしまいそうだプ」
ロニクルさんはにっこりとしたいい笑顔で言い放った。
「そうなのか……しかし、みんなが納得するかどうかがな……」
「私、別にいいよ」
駿一が言い終わらないうちに口を出したのは悠だ
「ボクも構わないぞ。映画などいつでも見に行けるからな」
ティムもそれに続いてしまった。
「それはそうだが……むむむ……」
「駿一君、この人が用事あるって言ってるんだけど……」
「うお!?」
ロニクルさんに気を取られていた駿一は、いつの間にか隣に来ていた空来と梓に驚いた。
「よ、よお梓さん、久しぶり」
「お久しぶりです、駿一さん」
梓が軽く会釈をした。
「駿一さん、このところ起きてる連続殺人の事、知ってます?」
「ああ……ついさっきも、担任に注意しろって言われた。それ以前にニュースでもしきりにやってるからな、知らない奴は居ないだろ」
「そうですか……実は、その事で雪奈ちゃんの力を借りたいと思ったんです」
「雪奈の? ……ああ、なんとなく分かるが……ここじゃまずいな」
「ですね、どこか、近くの話せる場所に移動したいです」
「ふむ……そういうことなら、残念だが映画は無しか……すまんなみんな」
さっきティムが言った通り、映画はいつでも見られる。だが、連続殺人事件について出来ることがあるのなら、今すぐ協力すべきだろう。
「じゃあ、俺と雪奈は梓さんと話があるから帰るぜ。行くぞ雪奈」
雪奈がこくりと頷いて席を立つ。駿一と梓も頷くと、教室を後にしようと歩き出した。
「待て、チケット置いてけよ」
言ったのはティムだ。駿一が振り返ると、ティムはチケットをくれと言わんばかりに手を前に突き出している。
「今日で予約してある。勿体無いだろ?」
「まあ……そうだが……」
駿一が雪奈の方を向くと、雪奈は既に、チケットを持った手を駿一の方へ伸ばして、チケットを渡そうとしていた。
「ま……勿体無いよな」
駿一は雪奈のチケットを受け取ると、ティムの所へと歩いていき、二人分のチケットを渡した。ロニクルさんも、駿一に続いてチケットをティムへ渡した。
「……っと、ロニクルさん、ロニクルさんは映画に行けるはずだぞ」
「こっちの方が面白そうプ。雪奈、いいプ?」
雪奈がこくりと頷く。
「……厄介事は起こすなよ?」
「勿論だピ」
ロニクルさんが、駿一ににっこりと微笑みかけた。このいい笑顔がどれだけ信用出来るだろうか。駿一は悩んだが、雪奈もいいと言っている。
「梓さん、いいか?」
「かまわないですよ」
梓さんも即答した。
「ううむ……」
梓があまりにさっぱりと承諾してしまったので、駿一は悩んだ。この巫女さんは、ロニクルさんの影響を考えているのか。何も考えていないのではないか。
駿一は更に考えた。梓さんもロニクルさんに劣らず何を考えているか分からない。掴みどころのない性格だ。が、俺が考えたところで何か分かるわけでもないし、この状況を、俺より理解しているであろう、雪奈と梓さんが言うのであれば、従っておいた方が無難だろう。
「……分かったよ」
結局折れてしまう駿一なのである。
「じゃあ、行こうか、梓さん」
「ん、行くです」
梓はこくりと笑顔で頷くと、教室の入口へと歩き出した。他の三人もそれに付いていき、四人は教室を出ていった。
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