6話「金曜日のデパート」
今日は金曜日だ。週末にはまたエミナさんの所へ行きたい。そのために何か買っていきたいが、何がいいだろうか。瑞輝はデパートの中をうろつきながら悩んでいた。初めは全く思いつかなかったが、ここに来てみた途端、候補が色々と思い浮かんできて、遂には悩んでしまうくらいになってしまった。
「んー……」
瑞輝がきょろきょろと店を見ながら考える。いきなり電子ゲームはキョトンとされてしまいそうだ。なにしろあちらはファンタジーな異世界なのだ。いきなり電気仕掛けで色々な色に発光するする画面なんて見せられても、理解できないだろう。
一目で凄いと感動できるものがいいので、それ系は、取り敢えずは置いておこう。
「ゲーム屋は、今のところは無し……と……次は……」
次はインテリアショップだ。小物系のインテリアを女子が喜ぶのは、ここも向こうも同じだろう。
「うーん……」
クマが鮭を加えている、木彫りの置物が目に留まった。しかし、これは……女子への贈り物としては、あまりにもおしゃれ感が無い。
それに、木工はあちらの世界では一番メインの技術だろう。このくらいの置物なら、向こうの世界でも簡単に手に入りそうだ。
次に目に留まったのは、金属製の置物だ。西洋の甲冑を着た兵士が、手のひらサイズの置物になっている。
悪くはないが……それならば、少し値段は張るが、隣の方が面白そうだ。
同じく金属製で、鶴をモチーフにした置物がある。鶴の足にあたる部分以外は、こっくりこっくりと鹿威しのように上下運動を繰り返している。
どういう構造かは分からないが、よくよく考えると瑞輝自身でも、どうして動くのか不思議だ。この方向性は、結構いいんじゃないだろうか。
「候補だな……」
頭の中に、鶴の置物のことを記憶しながら、瑞輝は次の店舗へと向かう。
次の店舗……宝石屋はさすがに値が張り過ぎるし、ちょっと大袈裟なのでやめておいて……雑貨屋を覗いていこう。
文明の利器がたっぷりとある。どれも見せれば驚きそうだ。
まずはシャープペンシル。向こうではインク瓶と筆を使っていたので、これは便利に思うはずだ。ノックすると芯が出るというのも、意外とおしゃれ感があるかもしれない。
「うん? ……なるほどなぁ」
ふと目に留まったのは傘だ。それも、ボタンを押すと自動的に開くタイプのだ。
ボタンを押すと、バァッという、大きい音と共に、一瞬で紺の布が開いて雨よけになる。そう考えると派手でいいかもしれない。意外性もあるし、これは初めて見たら驚くだろう。
驚くという観点なら、傘はいい選択しかもしれない。
「んー……悩むな……」
両者とも候補に入れて、次にいこうか。瑞輝は更に悩みながら、次の店に向かっていく。
次は……ビードロガーデン。ガラス細工の専門店だ。
品物を見ると、グラスや皿、ビー玉などの一般的なガラス細工から、ちょっと凝った作りになっている、小さなウサギの人形、カラフルなネックレスなどガラス細工専門店らしいものまで並んでいる。
ガラス細工は向こうにあるかもしれないが、それとは関係無しに、かわいいのを選んで持っていったらエミナさんは喜びそうだ。
「うーん……」
十字路の中央で瑞輝の足が止まる。漠然とエミナが喜びそうな物を探しに来てみたが、意外に幅が広い。色々と目移りして迷ってしまう。一体、何を持っていこうか……。
「うーむ……」
ロニクルさんに言われた通り、桃井の様子を遠目から見ているが……。
「なあ悠、幽霊じゃないことは分かったと思うが、やっぱおかしくないか?」
「あ、遂に駿一の方からおかしい発言が出た!」
悠は愉快そうに言った。悠のこういうリアクションには、毎回イラッとしてしまう。
ロニクルさんに限っては、計算された誘導によって手のひらでコロコロされているという可能性は捨てきれないが、悠とティムの場合は、絶対に嘘から出た実だ。
こうやって段々と信憑性が増していくのだから、本当に嫌になる。駿一はうんざりした。これは本当に何かがありそうだと俺が思い始めると、悠は毎回、この自慢そうな態度をする。そのくせ、人に尾行の緊張感を味あわせて、自分はプカプカと気楽そうに浮いていやがる。これだからたまったものではないのだ。
「……分かった。お前に聞いたのが悪かった」
「ああ、冗談だよ! 冗談! 確かにあたしもおかしいと思う。だって、手に取る商品が、まるで女の子だもん!」
「そうそう、そういうことだ。初めからそう言えばいいんだ。素直が一番。一番成長するんだぞ」
「別に幽霊だから成長しなくてもいいし」
「あのな……」
「あれは恋だな」
「お……いつの間に……」
ティムだ。ティムがいつの間にか合流している。
「まさかティムの口から恋なんて言葉が飛び出すとは……」
「あっ! なんだその言い草は! ボクを脳味噌まで筋肉で出来ている人みたいに言うな!」
「いや、本当にそうかと疑いたくなるぞ、実際」
「て、てか、恋って!?」
「ふふふ……あれはきっと、思い人がいるからだ。そうでなくては、あんなに真剣に選んだりはしない。そう思わないか?」
「えーっ! 桃井君が恋ー!?」
なにやら二人で盛り上がっている。女子が集まるとこうなるから困る。
ビッグフットがみんなティムのような性格なのかは分からないが、人の恋愛話で盛り上がってしまうのは、どうやらビッグフットの女子も同じらしい。
「そうだ。あれは恋人へのプレゼントなんだよ! それならば全ての辻褄が合うだろう?」
「そう言われると、確かにそうだよね……あの噂もあるし……」
ただあの噂と言われただけではどの噂だか分からない。あれだけ不可解な事が起こったのだ。桃井に対する噂話は山ほどある。悠はどの噂の事を言っているのだ。
「あの噂って、どの噂だよ」
「ほら、女装癖の!」
悠が興奮気味に言う。そういえば、そんな噂が流れたことがあった。面白味が無かったのか、その後、すぐに消え去ったが……よくそんな細かい噂まで覚えているものだ。
「あー……そんなん流れてた時期があったなぁ……でも、実際に桃井自身が女装してるところなんて誰も見たことないだろ」
「そうだけどさ、女物の服を真剣に選んでたって、あったじゃん」
「おっ! まさにそれだ! 恋の予感だ!」
「お前なぁ……」
「だとすると、結構前からだよ」
「ほほう……だとすれば、そろそろ本命プレゼントかもしれんぞ」
「プロポーズぅぅ!? キャー!」
「お前らなぁ……」
悠の深刻そうな顔が、もはや懐かしく思えてきた。あの思いつめたような顔はなんだったのか。ロニクルさんだけでなく、悠の手のひらの上でもコロコロ転がされている気がしてきた。女という生き物は、つくづく怖い生き物である。
「じゃ、桃井の奇行の原因は、恋の病だったってことで、この一件は終了。いいな?」
「「ダメダメ!」」
「なんでだよ!!」
二人で声を揃えてご機嫌で否定するものだから、駿一は思わず全力で突っ込んでしまった。
「あれほどの者が、あんなに必死になるくらいに恋をしているのだぞ、色々な意味で。相手が気になるだろ」
「桃井君が霊じゃないってことは分かったけど、まだ霊に取り憑かれたりとか、干渉されたりしてないかは分からないよ。本当に恋の病か確かめないと!」
ティムの言うことは置いておいて、悠の言うことは、まあ、もっともだ。
「……ま、家に着くまでは、一応見といた方がいいだろうな」
「ええと……そこ、ちょっと通してもらえますか?」
「えっ……あっ!」
「あ……駿一君……」
「も、桃井、いつからここに居た!?」
「いや……さっき。ここ、通れなそうだったから声をかけたんだけど……駿一君だったとは思わなくて……」
「ん?」
駿一はよくよく周りを見てみた。すると原因はすぐに分かった。いつの間にやら俺と悠とティムは、通路のど真ん中でごちゃごちゃと喋っていたらしい。いや、駿一には悠は見えないから、俺とティムだけだが……それでも通路の真ん中に居座っているのには変わりない。
「あー……こりゃ……すまないな。その……つい話に夢中になってて……」
「いや、いいよ。こっちこそ、エスカレーターで降りればよかった。じゃあね」
「お、おう」
桃井は俺の横を通って通路を進んでいった。
「ああ、こっちにはエレベーターがあったからか」
「それより桃井君、何買ってた!?」
「話に夢中で見てなかったぞ! くっそー! 駿一! お前は見たか!?」
「いや……見てねーけど……」
「なんだよー! 思い人へのプレゼントだぞ!」
「そうだよ! プロポーズが成功するかどうかの瀬戸際なんだから!」
「……お前らな」
こいつらはすっかり本来の目的を忘れている。言いだしたのはお前達だろうと言ってやりたいところだが……毎回こんな調子なので、もうそんな気力も無い。好きにすればいい。
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