5話「宇宙人と妖怪とビッグフット」

「最近、うちの女子で、髪をピンク色に染めた奴、居るか?」

「ピンクだけに桃井君……ぷぷっ!」

 崎比佐ではなく、空来が返してきた。それも、くだらない返しを。

「お前はもう喋らん方がいいぞ。てか、桃井、好き過ぎだろ」

「だって、気になるじゃない……?」

「そもそも男だぞ、桃井は」

「冗談よ、冗談。じゃあ、私は忙しいから……」

 そういうと、空来は軽く一回会釈をして去っていったが……。


「忙しいって何だよ……大丈夫だろうな……」

 十中八九、桃井をどうにかするために忙しいのだろう。一貫して話すトーンも控えめなくせに、いざ、行動を起こすと過激な事をやるのが空来なのだ。

「ま……考えてもしょうがねえか。瑞輝の問題だしな。で、どうだ、崎比佐」


「駿一……それはつまりだ……お仲間が増えるという事か?」

 そう言って崎比佐は駿一の周りの問題児達を眺めた。

「違うぞ」

 駿一が、きっぱりと言う。


「ふーむ……すまないが分からんなぁ……お前のかわいい連れ達に聞いた方がいいんじゃないか?」

 崎比佐の言う事は一理ある。俺にとっては盲点だったが……灯台下暗しとはよくいったものだ。慣れというものは本当に怖い。

「ええと……そうだな、よくよく考えると、それもアリかもしれんよな……じゃあ、まずはロニクルさん、今の、聞いてただろ」


 ロニクルさんは、二口来実ふたくちくるみと名乗っているが、俺がロニクルさんと呼んでいるので、みんなそう呼ぶようになった。好奇心が旺盛過ぎるのは厄介だが、良い子だ。

 その好奇心が故に、何か知っているかもしれない。駿一は期待したが……。

「んー……聞いた事、無いプ」

 開口一番、はっきりと否定されてしまった。


「……宇宙人だって事はないか?」

 俺はロニクルさんの耳元で聞き返した。そう。信じ難い事だが、ロニクルさんは正真正銘の宇宙人なのだ。そして……まず、これがトラブルの原因の一つになっていたのだが、髪の色は緑だ。理由は勿論、宇宙人だからだ。が、問題児三人とも、普通の人間じゃない事は伏せてある。これ以上、余計なトラブルを増やされるのは御免被りたい。


「うーん……可能性としては無くもないといったところだプ。というのも、宇宙人という括りでは、どんな姿でも可能性は発生してしまうからなんだポ。赤くて足がいっぱいあるタコのような宇宙人もいれば、人型だけど灰色な宇宙人も居るプ。髪の色だけ違っていたところで、そんなの白から黒まで色々な宇宙人が居るわけなんだピ」

 ロニクルさんが、ヒソヒソ声で長々と喋ってくれた。結果……。

「可能性が無いわけではない……って事か」

 結局、ロニクルさんの話だと、火星人やグレイが本当に居るのだという、自己満足的な知的好奇心が満たされた以外に収穫は無かった。


「ええと…は雪奈せつな何か知らないか?」

「……知らない」

「だよな。妖怪という可能性も、勿論、無いよな」

「うん」


 無口で存在感は無いものの、雪奈が一番手がかからない。変わった事といったら、その明るい水色の髪と、妖怪だという事だけだが、人の話もよく聞く、非常に良い子だ。


「まあ、妖怪って感じじゃなかったもんなー……で、ティム」

「知らんぞ」

「だよな、分かった」

「だが……」

「おっと」

 この流れはまずい。


「そいつと戦ってみたいな。我々ビッグフットとは違う種族だろうが、近い種族なのかもしれん」

 これである。

「あのなぁ……」


 ティム。こいつが一番厄介だ。場合によっては悠よりも厄介かもしれない。

 率直にものを言うのは場合によっては称賛される事なのだろうが、早々にビッグフットだと言ってしまうし、ティムという日本人にはあり得ない名前も名乗ってしまう。

 今のところはふざけているだけだと受け取られているようだが……本物のUMAだと分かったら、みんなどう感じるのだろうか。

 ティムの問題はまだある。とにかく喧嘩っ早いのだ。売られた喧嘩は勿論買うし、強そうだと思ったら自分からも喧嘩を売る。もっとも、ティムにかなう奴なんて居るはずもない。最初の頃こそ、そこかしこに喧嘩を売っていたが、ティムに太刀打ちできる奴が少ないと分かった今は、自分から喧嘩を売ることは少なくなっている。それについては不幸中の幸いだ。

 ただ、今でも喧嘩を仕掛けることはある。どうやらティムは正義の人らしく、自分の倫理観によって悪だと判断した場合は、容赦なく暴力によってその悪を裁くのだ。

 例えば、分かり易い例を出すとすれば、校則違反をした者にも、ティムの正義の鉄槌は下される。ティムは、この教室に転校してきた時に校則の説明を聞いたのだが、どうやらティムは、校則を厳しい掟だと解釈してしまったらしい。

 ティムの一族は、どうやら掟という絶対の誓いがあるらしく、相当厳格なものらしい。その掟を破った者には、当然、裁きが下される。ティムの場合、裁きとは鉄拳制裁だ。校則を守らない者には、容赦なくティムの裁きが下るのだ。

 無論、校則というものは、そういうものだという事に間違いはないのだが……少々厳し過ぎると、俺は思う。みんな思っている。それは先生においても同じで、ティムは校則違反を罰したという事を自慢げに先生に報告するのだが、その時にはティムも怒られる。

 暴力行為自体、学校でやってはいけない事だからだ。

 しかし、戦闘狂のティムには理解し難いらしく、今でも相変わらず鉄拳制裁を行っている。喧嘩番長である。その強すぎる腕っぷしは、制御してもしきれないらしく、ちょっと力任せに何かをいじったり、気分が昂っている時、物をよく壊す。

 ティムは相当な力持ちで、普通に地面をパンチするとクレーターが出来てしまうほどだ。


「暴力はだめだと、常日頃から言ってるだろう、おもしろ喧嘩番長さんよ」

「誰がおもしろ喧嘩番長だ! そもそも、ここの者達がだらしなすぎるんだよ」

「ね、だったらさ、吉田君、なんとかしてあげれば?」


 不意に悠が話に絡んできた。悠は霊なので普通の人には見えないが、どうも俺とロニクルさん、それに雪奈とティムには見えるようになってしまったらしい。


「吉田……ああ、さっきのか」

「なんだ、見てたのかよ」

「ああ。勿論だ。あれだけ目立っていればな」

「見て見ぬふりなんて、おもしろ喧嘩番長にしては珍しいじゃないか」

「なんだか不名誉なあだ名が付けられている気がしてならないが……まあいい。ボクはあれには手出ししてはいけないと思うんだ」

「何でだ? いまいち話が見えないが……」

「本人の名誉のためだ」

「名誉? ふーむ……本人ってのは、桃井の事だよな?」

「無論だ。ここでボクが手出ししたら、瑞輝の名誉が傷付いてしまいそうでな。奴は相当の手練れだから、あんなチンピラごときに他人の手は借りたくないだろう」

「手練れって……桃井の事だよな」

「そうだ。なんだ、駿一、お前には分からないのか?」

「分からんなぁ……」

「節穴だなぁ、お前の目は。奴の身のこなしを一目見れば、相当な困難を乗り越えてきた猛者だと分かるだろうに」

「そ、そうなのか……まあ、確かに一度行方不明になってるから、その間に何かの事件に巻き込まれたとかがあっても不思議じゃないが……」

「あたしも、行方不明の間に何かが桃井君に起きてたんじゃないかって思うんだよね」

 悠が悩ましそうに言う。


「なんていうか、ティムが猛者って言った意味が分かる気がするんだ。以前に比べてたくましくなったっていうか……」

「ほほう、どうやら駿一よりも、悠の方が人を見る目があるらしいな」

 ティムが悠に感心している。


「ふーむ……人間の基準が全く分かっていないティムはともかくとして、昔から桃井と絡んでる悠がいうんだったら信憑性はあるのかもな」

「おいおい、ボクは信用しないみたいな言い草だな」

「悠は桃井にとっても幼馴染だからな。それに……そもそもな、お前は基準が違い過ぎるんだよ。人間目線で見ろ、人間目線で」

「むー……」

 ティムは膨れっ面をして、不機嫌な様子でそっぽを向いた。


「しかし、そんな悠が言うんだから、何かあったのかもな。まあ、あれだけ妙なことになって、何か無い方がおかしいが……」

「ね、ちょっと調べてみよ?」

「ええ?」


 さて、どうするか。駿一が考える。この四人……いや、雪奈を覗いた三人の要求を聞くと、大抵その半分は厄介事に発展する。

「ふーむ……そうだな……」


 ロニクルさん、ティム、雪奈、そして悠……色々な厄介事に巻き込まれたが、その度に死にそうな目に遭っている。こんな事を繰り返していたら、命がいくつあっても足りない。またこんな厄介事に絡むとなると……億劫などころか、命の危険を感じる。

 とはいえ、悠に言われてみると、確かに不自然な事は多い。まるで同一人物かのような死体の発見と、その後の桃井本人の発見。そして、悠が違和感を感じ、ティムも感心した桃井の性質の変化。正直、俺にはどちらも良く分からないが……ティムの腕っぷしの強さはこの目で見ている。なので人の身のこなしを見る目もあるのかもしれない。

 加えて、悠は昔から、桃井とよく喋っていた。時々、のろけのように桃井の事を話し始める時があるが、その話の様子だと学校以外でもよく会っていたようだ。

 二人の言うことを加味して考えれば考える程、なんだか俺まで気になってきたぞ。と駿一が焦る。逆に、とんでもない厄介事に出くわす可能性も、かなり高くなったという事だが……このままスルーするのも、なんだかスッキリしない。


「……なんだよ」

「心配なんだよ……」

 ふと見ると、悠の顔がどんよりと曇っている。悠のこんな顔を見るのは初めてかもしれない。

「桃井君ってさ、いい人だから、自分が何か悩みとか問題を抱えてても、誰かに言わないんだよ。だから心配でさ……もしかして、この世に未練がある霊だったりしたら、よほど悔いがあるだろうしさ」

「いや、俺も最初はそう思ったんだ。死体があるのに本人が発見されるなんて奇妙過ぎるからな。だが、違ったみたいだぜ。俺や悠の他に、クラス全員が見てる」

「そうだけど……逆に、変な霊に絡まれてたりって可能性もあるし……なんとかしてあげられないかなって」

「とはいってもなぁ……」

 何かがあった場合、俺は死ぬかもしれん。特に心霊関係なんて自分ので精一杯だ。人のには絡みたくないものだ。


「可能性としては、桃井さんが霊である可能性はあるんじゃないかピ?」

「うん……?」

 ここでロニクルさんが割って入る。どうやら悠の意見に肯定的なようだが……さて、このロニクルさんは聡明なアドバイスをしているのだろうか。それとも興味本位に駆られての発言か。よく見極めないと、地獄を見るのは俺だ。


「根拠はなんだ、ロニクルさん」

 ここはひとつ、ロニクルさんの腹を探らないといけない。


「最近、テレビで見たプ」

「テレビで見た?」

「以前にも、UFOの中で地球人の事を調べていた時に、色々な映像や文献で見たことがあるピ。『学校のみんなだけに見える霊』の存在はあるプ」

「む……なるほどな」


 さすがロニクルさんだ。的を射た意見を言ってくる。確かに、霊が学校に依存した理由でこの世に留まっているのなら、この学校の生徒や教師……つまり、学校生活で関わる人全員に、限定的に見えているという可能性は高い。


「駿一は、学校の関係者以外に桃井さんが関わったところを見たことがあるプ?」

「いや……あまりあいつとは親しくないからな……」

「私も学校のみんなには見えないから……分かんないけど……」

「いや待て、新聞に載ったぞ。地方紙の三面だが」

「いえ……それも、学校の全員が思い込んでいるだけかもしれないピ」

「いやいやロニクルさん、それじゃあきりがないぞ。じゃあ、どうすればいいんだよ。桃井の様子を見て何か見つけたところで、それが全部思い込みかもしれないんだぞ?」

「だから、駿一と悠の出番なんだピ。この二人なら、他のみんなよりも霊に耐性がついているポ。注意深く見れば、何かに気付くのではないだろうプか」

「注意深く見るといってもなぁ、今だって、結構注意深く見てたぞ」

「今ではないポ。桃井さんのプライベートの時間を調べるんだピ。つまり、放課後から、なるべく見逃しの無いように後をつけるのだプ。勿論、悟られてはならないピ。本人が霊だった場合……最悪の場合、駿一の身の危険もあるかもしれないポ」

「つまり……尾行ね!」

 悠が息巻きだした。

「ストーキングかよ! 空来じゃねえんだから……」

「そう……相手の事を知るには、まずは尾行が大事だプ」

「今まで宇宙から地球全体をストーキングしてきたロニクルさんならではの発想だが……結局、危険にさらされるのは俺なんだが……」

「何事もチャレンジが肝心。少しの危険には目をつむらなければならないピ!」

「おおぅ……」

 絶句。このロニクルさんは、きっと悪いロニクルさんに違いない。悠を煽って自分の好奇心を満たそうとしている。


「だが……これは白黒つけたいところだな。ずっと桃井に疑念を抱き続けるってのは、少し気疲れしそうだ」

「あ、駿一がやる気になった! じゃあ決定!」


 悠が嬉しそうに言う。全く、厄介事に縁があり過ぎる。きっと俺は長生きはしないだろう。

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