4話「classroom」
「ふーむ……」
「よう、
「ん……なんだ駿一か。お前の方から話しかけてくるなんて、珍しいじゃないか。……なあ、アレ、どう思う?」
「ええ?」
駿一は、自分が話しかけたのに、逆に何かに意見を求められた事に訝しさを感じたが、崎比佐が顎で示した方に目を向けた。
「桃井か。まあ、不思議がるのも無理はないが……」
桃井は、今でこそ普通に過ごしているが、一時期行方不明だった。いや、それどころか、自殺をして死んだ人扱いだった。
今となってはどうやら別人の死体だったと、みんな分かっているが、ビルの下で桃井と酷似した死体が発見され、それと同時に桃井の姿も消えたという事件があった。
あの時は、みんな桃井が死んだと思って葬式まであげたのだが、結局、こうして桃井は生きて発見された。みんな、桃井が生きていた事が相当衝撃だったらしく、その時は、この学校の中だけでなく、近所でも大きく話題になった。地方紙の三面記事にも取り上げられていたくらいで、日頃から人の事に無頓着の駿一でさえ、あの時は食いついてしまった。
桃井の死体は一般的な方法で埋葬されたという話だ。つまり、火葬されて、骨は墓に埋められた。そういう事だ。持ち前の超霊媒体質のせいで死んだ人間には事欠かないが、一旦、完全に死んで生き返った人間が目の前に居る事には、驚くと同時に恐怖さえ感じた。だが……人の噂も七十五日だ。好奇心旺盛な人々に引っ張りだこにされていた桃井だったが、今ではすっかり落ち着いている。
もっとも、ほとぼりが冷めたのと同時に、吉田がちょっかいを出し始めたのだから一長一短はあるだろうが……どちらにせよ、一通り騒ぎも終わって、普段通りの生活が戻ってきたという事だ。
「なんか、あの大事件の後、おかしいんだよな、桃井の奴」
普段通りの生活が戻ってきたとはいえ、崎比佐のように、未だに飽きもせずに食いついている奴も居る。崎比佐は、こういった謎の多い噂話には目が無い。なので、桃井の事については未だに、こんな風に蒸し返してくる。過去に一回、肝試しに行って痛い目に遭っているというのに、これだ。
「そりゃ、あんな事があったんだ。少しくらいおかしくもなるだろ」
「だがな……やっぱり、消えてた時に何かあったんじゃないのかな」
「さあな、本人でさえ、記憶が曖昧なんだ。俺達には分からねえよ」
「いや、だけどさぁ、今日だって、朝っぱらからなんか一人で疲れてるし、最近、たまにあんな風に吉田をいなしてるだろ?」
「前半のは、どうせ授業に遅れそうになったから急いだんだろ。後半は……ま、久しぶりに学校に来たから気が変わったんだろ」
「気が変わったって、お前……」
「桃井は毎日吉田に絡まれてたから神経が麻痺してたんだよ。普通、あんなにウザい奴に絡まれてたら嫌になるぜ。冬城じゃないが、俺ならあんなウザい奴に絡まれたら、一発ぶん殴って追い払うぞ」
「そりゃ、お前だったらな」
「それは駿一だからだよ!」
「それは恋のせいだと思う……!」
「うるせーな!」
崎比佐と悠の声が被って聞こえる。音量が二倍になったようでうるさい。ウザい人間よりもウザい霊の方が対応に困るといういい例だ……というか、二倍ではない。どうやら三倍だ。
「なんでお前まで入ってくるんだよ!」
突然、近くに現れて話に割り込んできたのは
空来は、謎だとかオカルトだとかは関係無く、気になった事にはとことん食いついて、気が済むまでは離さない。確か、前には桃井にも食いついて、ひたすら何があったのか聞いていた。桃井の場合は、本人すら記憶が曖昧なので、さすがの空来も諦めたみたいだったが……この様子だと、そうでもないらしい。それどころか、もっと酷いことになっているのかもしれない。
「またつけてるんじゃないだろうな……」
「私、もう諦めたから……もう時々しかやってないし……」
「やってたんじゃねーか! てか、やってるんじゃねーか!?」
駿一は思わず突っ込んだ。空来は、気になった事が分かるまでは、執拗なストーキング行為さえもいとわない。空来の時々は、ほぼ毎日なのではないだろうか。
「ほんと、やってないから。心配しないでいいのよ駿一君」
随分さっぱりと言う。なんだか、余計に心配になってきた。
「嫌な予感がするんだがな……」
「大丈夫、私は嫌な予感してないから」
「お前の事じゃねーよ!」
空来は時々、自分の不安を猛烈にアピールしてくる時がある。そう、空来にはもう一つ、他人とずれている事があるのだ。時々、強烈な不安に襲われるらしく、しつこく、これをやったらダメだと言ってくるの。しかも、奇妙なことに、その予感が当たる確率が結構高い。
「空来もスゲーよな、プチ予知能力者だぜ。占い師にでもなればいいんじゃねえか?」
崎比佐は、ひとごとのように気楽に言っている。
「無理よ、好きな時に好きな事が分かるわけじゃないし……それに、嫌な予感なんてしないほうがいいわ」
空来が本当にプチ予知能力者であるかどうかは分からないが、駿一自身にも山ほどへんてこな事が起きているので、そういうのもあるのかもしれないと、半分くらいは信じている。
なにかの呪術で透視のような事をやっている可能性もあるが……その場合、何かしらの代償を払わなければいけないはずだ。
空来の嫌な予感くらい頻繁に呪術を使っているなら、代償として、最悪の場合は身近な誰かが死ぬことにもなりかねないが……そういったことは、今まで無い。そっち方面にも心配は無いだろう。
……もっとも、こちらの方は、的中率の高さから、みんなすんなりと言うことを聞いて終わるという、さっぱりとした展開になるので、ほぼ問題にはならない。
駿一も何度か言われた事があるが、空来の嫌な予感が当たるか当たらないかはさておき、よほどの事が無い限りは言うことを聞いている。その方が、事が早く済むからだ。
「そ、その話はやめましょう。こんな新鮮味の無いこと話したって、面白くないもの……それよりほら、桃井君、桃井君」
空来が強引に話題を戻しだした。
「崎比佐君はどう思ってるの?」
「ええ? 俺は……俺が思うに、あいつ、取り憑かれてるんじゃないのかな」
「はぁぁ? そりゃ、それこそお前の事だろうが」
駿一は思わずそう言った。
崎比佐は、霊に取り憑かれて巫女さんにお祓いをされたという前科がある。肝試しに行って、痛い目に遭った件だ。
「いや、本人に聞いた話だが、梓さんにも霊が取り憑いていると言ってたぜ」
「本当に!? 霊と一緒に居る巫女さんなんて、絵になるわ……!」
空来が唐突にはしゃぎ始めたが……この梓という女性が、崎比佐をお祓いした巫女さんだ。
「そうらしいがな。そりゃ、特別だろう。霊に憑かれてたらどういう事が起きるか、お前はよく分かってるはずなんだがな」
「そりゃ……俺の場合はとんでもない悪霊だったが……」
「それが普通なんだよ。八割……いや、九割がそうかもしれん。目に見えて効果が見えるくらいにプラスに働く霊に憑かれてるなら、それこそ梓さんみたいに霊媒師とかでもやって目立ってるだろ」
「そうかぁ? あいつの場合、控えめ過ぎる性格があるぞ?」
「……まあ、気にする事はねえだろ。人それぞれ、事情ってのがあるんだよ、事情ってのが」
駿一は、そう言って駿一の席の周りに座っている三人を見た。ついでに駿一自身に取り憑いている、やかましい霊も見た。
この四人は、駿一が厄介事に遭ってしまったおかげで面倒を見る羽目になってしまった四人だ。
学校ではおとなしくしているかと駿一は思ったが……案の定、トラブル続きで、駿一は毎日、その対応に追われている。
「その事情が気になるのよ」
「そうそう、そういうこと。でさ……」
「おい、崎比佐」
このままでは、崎比佐と空来が桃井談義をして時間が過ぎ去ってしまいそうなので、駿一は強引に二人の話を止めた。
「なんだよ」
「先に話しかけたの、俺だよな」
駿一は自分を指さしながら言った。
「そうだな。いや、俺が桃井の事を考えてたら、タイミングよくお前が……」
「それは、俺がお前に聞きたい事があったからだ」
「ん……そうだな」
「じゃあ、質問させてもらうぞ」
「……ああ」
「最近、うちの女子で、髪をピンク色に染めた奴、居るか?」
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