第8話   新入生を歓迎する

  結局爺から手に入った情報はあまり大きくなかった。

 まず、魔女と呼ばれた部長の母のことを知ってはいたが、部長の母からあの魔道具を奪ったわけではないらしい。1番知りたかったところで躓いた。


 そして経歴は、破壊する魔道具で消去していたらしい。何故そんなことが出来るのかは部長に聞いた。


 あの魔道具は、「形を持たない」魔道具を創れば、道具の機能に依存しない、それこそ魔法のような魔道具が作れるのではないかというコンセプトで作られたらしい。

 兵器として、「破壊」のモチーフを設定されたその魔道具は、形を持たないため、無形のものにしか干渉出来なかった。でもそれは魔道具を破壊する切り札になった。何故なら魔道具の機能そのものを、無形のものとして破壊出来たからだ。

 そして、部長の母はそれを使い、世界中の兵器を壊してまわったらしい。

 な、なるほど……?


 因みに爺はあの魔道具を幼女から貰ったって言ってた。幼女ってなんだよ。はっきり容姿とか覚えとけよ。

 ただ部長は、ボケてるだけかもしれないが、結構記憶の欠損が激しく、魔道具で記憶を破壊されたんじゃないかって言ってた。

 爺は、いまいち供述に一貫性がなく、はっきり分かったのはこいつが『本の魔道具』狙っていたっいうことだった。そのために司書として動き、同時に部長へと近づいたらしい。

 本の魔道具ってなにそれと部長に聞くと、それは部長が持ってるとかなんとか。


 爺は、生徒に危害を与え、不正に記録を改竄したとして解雇された。


 まぁ鬼の調教が効いてるから、性格がかなり変わっていたのは本人にとって救いかもしれない。あの性格ならもう誰も襲うこともなく、真人間としてきちんと生きていけるだろう。たぶん。


 謎はあまり解決しなかったが、とりあえず爺の案件はこれにて終幕が下りた。



 あっという間に時は過ぎ、部長との中も進展がないまま4月になった。

 新入生の季節である。


「新入生歓迎会をやります」

「まかせた」

 俺は部長を適当にあしらい参考書に目を通す。

 俺たち3年はもう完全に受験モードに入った。今更部活を本気でやってる奴はあんまりいない。むしろ今からでも遅いぐらいだ。


 俺たちはいま、生徒会応接間にいる。

 緊急の連絡だからと部長が集めたらしい。2年の佐藤はともかく、3年である黄泉と相模はよく集まったな。まだまだ現実味がないが、早いやつはもうかなり受験勉強に打ち込んでる。

 こいつらもしかして頭いいとか?

 ふと訊いてみる。


「お前らって勉強できるの?」

「私は前回の校内模試で学年一位だよ」

「は?」

 意味わからん。部長が1位?信じられん。

「私は二位ですぅ」

「私は三位だ」

 黄泉と相模が続けて高順位を主張する。

 なんだこいつら。そんなハイスペックにだったのか?どうせ嘘だろ?


 冗談だと思い笑うと、前回の成績表を見せてくれた。本当だった。まじかよ。本気を出したのは今回からだということだが、なおさらびっくりだ。

 ああ神よ。くだらない話で駄弁ってた、だらしないあいつらを返してくれ!



 そんな優秀なみんなが勉強を教えてくれるというので、安心して部長の話を聞くことにした。持つべき者は優秀な友だ。

「今は部員て5人だけどさ、私たち3年が抜けたら佐藤くん1人じゃない?だからあと2人は欲しいんだよね」

 部の創設に必要なのは5人だが、存続の場合3人でもいいらしい。だから、今年卒業する俺たちの代わりの新入生を入れたいそうだ。


 だが、この部は全く何にもしていない。俺はこの部が好きだが、はっきり言ってアピールすべき魅力が何もない。ぶっちゃけ身内でわいわいやるのが楽しいだけだ。

 だいたい、この五人で何をやれというんだ。俺たちに出来ることなんてなにもないぞ。駄弁るだけで何もやってないんだから。

 強いて言えば部長は演舞とか出来そうだがそれくらいだ。顧問の爺は死んでるから、今更体操も出来ない。死んでないけど。


「とにかく、このままでは遅かれ早かれ体操部は潰れるよ。特に、早く新入生を入れないと佐藤君がボッチになっちゃう」

「佐藤ならいいんじゃないか別に」

 俺はそう呟く。

 そもそもモテたいなら、こんな部活さっさとやめてテニス部にでも入ったらいい。あそこはすごいぞ。すぐ彼女も彼氏も出来る。すぐに何もなくなるが。


 佐藤が悩むように顎に手をやると、何やら言い出す。

「そうですね。今までこの部は副部長の愛の巣でしたが、」「おい」「来年は僕の愛の巣にしたいですね。全員僕に傅く女子にしましょう」

 俺のツッコミを無視して、佐藤がどうどうと私物化宣言をした。


 なぁ本当にこいつのために動く必要あるか?

 あ、わかった。

 いいこと考えた。こいつが体張ればいいんだよ。


 最近、佐藤は部長との戦闘訓練に精を出している。こいつは技術はほとほと未熟だが、どうにもタフなようで、あの部長の体術を何発か受けても幾らか動ける。

 結構才能がある気がする。



「というわけで、新入生へのアピールは鬼との一騎打ちに決定!」

 俺が結論を発表する。

「えっ。本気ですか?」

 佐藤が少し慌てている。ざまーみろ。

「大丈夫!大丈夫!私が訓練つけてるんだから!」

「部長教えるの凄い下手じゃないですか。上がってるの僕のタフさだけですよ」

 佐藤と部長のじゃれ合いを放って、段取りを決めていく。

 こうして、『鬼に喧嘩売って一騎打ち大作戦』は決行されることになった。

 がんばれ佐藤!骨は拾ってやる。



 この時期、部活の勧誘は学校中で行われる。その中でも1番盛んなのは中庭だ。ここは校舎の立地上最も人が集まりやすい。そのため、皆がこぞって集まり新入生を奪い合うのだ。


 毎年、勧誘をやり過ぎて、もめる生徒がいるため、教員が中庭で監視することになっている。

 そしてもちろんその教員は一番恐ろしい先生だ。あの人しかいない。


 鬼がその眼光をぎらりと光らせ、あたりを厳しく睨みつけている。その姿は正に鬼神。そのあたりだけぽっかりと人がいない。

 そこへ1人の勇者が踏み込む。その名は佐藤。のちの英雄である。たぶん。

 鬼が佐藤を訝しげに見る。佐藤は一度大きく深呼吸をすると、物凄く舐めた声色で「鬼さんこちらぁ〜手のなる方へ〜」と言った。


 それを見た反応は様々だった。

 俺たちは腹を抱えて笑った。中庭は凍りついた。怒髪天をついた鬼。


 鬼が吼える。佐藤はそれに怯えず、目を見てしっかりと構えをとった。


 鬼と対峙する。鬼の構えない。ノーガード戦法だろうか。構えはないから顔のあたりは隙が少しあった。だが、全身からの威圧感、そして何より隙があるはずの顔付近からの威圧感がとてつもない。


 佐藤は部長と同じ構えだ。右足を少し下げ、両手を前に出して手のひらを相手に向けている。威圧する鬼にも怯まず、ゆらりと佐藤が動く。


戦いが始まった。


 佐藤が摺り足で接近する。腰を落としたまま顔へ掌底を放つ。鬼は動かない。

 微動だにしない鬼の顎に佐藤は掌底を当てた。鈍い音が響く。

 皆が驚きに目を見開く。俺たちも例外ではなかった。鬼は掌底を真正面から受け止めてピンピンしていた。

 怯んだ佐藤の腕を掴み、無造作にぶん投げる。


 いやいやありえんだろ。なんだそれ。人間かよ。

 佐藤は校舎の壁に叩きつけられる。


 慌てて起きるのを見て、鬼はにやりと笑うと、再び吼えた。ガラスが軋む。地面が揺れるような錯覚さえした。正真正銘化け物だった。


 ビビる野次馬と俺たち。

 だが佐藤は何度倒れても鬼に向かっていった。

 何度倒れても諦めなかった。

 けしかけた俺たちでさえもういいと叫んだ。決して佐藤は諦めなかった。

 何故かは、はっきりとわからない。でもきっと、あいつは意地を張っていただけなのだろう。それだけの理由であいつは動けるのだ。


 そうして、繰り返す一瞬。鬼は少しだけ、ほんの少しだけ油断したのだろう、疲れもあったかもしれない。佐藤を突く手が速度を落とした。佐藤はそれを見逃さない。大きく吠え、そのまま受けると体ではじき返した。受けた手が返され態勢が崩れる。佐藤はもう一歩踏み込むと拳を固め、型もないただの大振りで鬼の鳩尾を殴りつけた。

 鬼が倒れる。ただのヤンキーの一撃みたいな拳だったが、クリーンヒットしたらしい。

 鬼は起き上がってこなかった。


 この日佐藤は伝説の男になった。



 戦闘から一週間がたち、俺たちはまた集まっていた。

「なんかイマイチだな」

 俺がそう呟く。

「えっ酷くないですか?僕めっちゃ頑張ったと思うんですが」

「まぁな。頑張りは認める。でも目的が達成できてないじゃん」

 そう。部員が結局集まってない。


 戦いが終わり、戦闘の様子が口コミや校内新聞で広がると佐藤は一躍有名人となった。佐藤目的で体操部に入ろうとする奴も確かに増えた。

 だが、こいつはほぼ全て切って捨てた。何故なら全員男がだったからである。

 まぁあの泥臭い戦闘みて、「きゃーすてきー」とはならんだろう。男が「さすがです兄貴!」みたいな印象を強く抱いたようだった。


 作戦はほぼ失敗である。どんまい。




「で、次の作戦だけど」

「もう無理だろ。時期終わってるし。それより勉強教えてくれ。本気でやばい」

 切羽詰まっていた。俺は勉強がいまいち出来るとは言えない。そこそこだ。

 だが、俺は部長と同じ大学に入りたかった。ちょっと本気出しただけで学年1位の超天才はやはり偏差値の高い大学へ行くらしい。俺はいま死ぬ気で勉強をしている。こんなところで下らない話をしている場合じゃないのだ。あ、でも部長がいるならいいかな。


 そんな感じで勉強を教えてもらったり、合間に雑談したりしていると、誰かが部屋に入ってきた。


「あのーすみません。ここが体操部ですか?」

「ああん!?黙ってろ!てめーに行列の気持ちがわかんのか!?」

「はい。バカ言わないの」

 突然入ってきた変な女に俺は怒鳴った。丁度今は勉強中だったから仕方ない。

 直後に部長に叩き潰される。まぁ仕方ない今日は許してやろう。


「えーと入部希望者かな?」

 部長が尋ねる。

 女の子は床で這いつくばる俺を見ながら恐る恐る頷いた。


 女の子は本当に入部希望者だった。こんな何もない部活に入りたいなんてびっくりだ。

 女子が入ってきてバカみたいに喜ぶ佐藤を放って、取り敢えず歓迎会をすることにした。


 彼女は小林って言った。

 女子にしても背は低めで、さらにツインテールに金髪というとてもあざとい容姿をしていた。どうもハーフらしい。

 そんな容姿もあって、佐藤が大喜びして本当にうるさかった。小林はドン引きしていた。

 歓迎会と言ってもみんなでTRPGやるぐらいで、そうたいしたことも出来なかったけど、思ったより喜んでくれていたのがとても印象的だった。ハーフだからいじめられたりしたんだろうか。


 結局、新入部員は小林だけとなった。

 部長があと1人欲しかったと言うので、俺が勉強でトチ狂った頭で「子供でも作るか」と言った。

 真っ赤になった部長に全力でぶん殴られ、俺はその日覚えた単語を全て忘れた。

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