第5話 校門を壊す
夏休みが終わる。
本当に何もない夏休みだった。高校2年といえば青春の真っ盛り。もうちょっと何かあってもいいんじゃないかと思う。
まぁ結局何かを求めて動かなかったのが悪かったのかも知れない。
暇すぎて勉強が捗った。
こうして真っ白に燃えた夏休みが明け二学期が始まった。だらだらと頑張ろう。
まだまだ暑い。8月の一番暑い時期は終わったが、むしろもうすぐ秋の一歩手前の暑さが1番辛い。吹き出る汗を袖で拭い、学校までの道を歩く。
途中ヤンキーにあった。今時珍しい長ランを着ていた。うちの制服にデザインが似ている。逆立った金髪。耳には派手なピアスが刺さっていた。
まだ暑いのに長ランご苦労様、ツッパリは大変だねと思い、そのご尊顔をチラッと横目で拝借。佐藤だった。
えええええ
どうしたんだ。イメチェンしては派手すぎるぞ。少し遅れた高校デビューか?
髪は金髪になり、ピアスが光って眉毛が無くなっているが、紛れもなく顔のパーツは佐藤だった。3ヶ月だが毎日一緒に居たんだから、顔はしっかり覚えてる。
「さ、佐藤か?」
恐る恐る声をかける。見間違いじゃないと思うが、イメージが違いすぎる。
「あ、先輩!うす!オアヨッス!」
「あ、ああ。おはよう」
なんか喋った。凄いな。声が同じなのにまるで違う生き物みたいだ。人間変わろうと思えばどこまでも変われるらしい。
確かに佐藤だったが、こんな不気味なヤンキーにもう関わりたくなかったので、急足で離れる。なぜか追いかけてきた。何だ何だこわいこわい!
「くるな!ばけもの!」
「ああ!?ヤンのかオラ!」
めっちゃガンつけてくる。こいつ本当に佐藤か?変態の佐藤からまるで想像出来ない進化を遂げてるんだが。
とにかく逃げる。だが、ヤンキーチェンジして体力も上がったのか、校門が見える直前に捕らえられ胸ぐらを掴まれた。
これには流石にムカついたので、胸ぐらを掴む手を取ると右へ捻る。痛みで体勢を崩す佐藤の足を払うと、勢いのまま全力で地面に叩きつけた。
地面でひっくり返る佐藤を見る。思ったより綺麗に入って、気絶しているみたいだった。俺は佐藤を道の端に避けると、そのまま放置して学校へ向かった。
朝のHRが始まる時間、校門の方から佐藤の叫び声と鬼の怒号に遅れ、鉄の砕ける音がしたような気がした。
放課後、いつものように集まる。佐藤がちょっと心配だったが、きちんと集合していた。ジャージに丸坊主だった。俺は爆笑した。
あの後無事覚醒した佐藤は、校門前で鬼から指導という名の拷問を受けたらしい。あの格好で登校したのだから当然だ。そして抵抗虚しく頭を剃られピアスと長ランは没収されたらしい。抵抗したのが少し偉い。
そもそもなんであんな格好をしていたのか気になり問い正した。
「イメチェンです……あんまりもてないんで相談したら、ヤンキーがモテるって……時代は肉食系だって……」
佐藤はすっかり意気消沈していた。まぁ頑張ったのに、全部綺麗に剥ぎ取られたわけだし仕方ないのか?
「元気出すのです!諦めたらそこで試合は終わりなのです!さぁ取り返しに行くのです!奪われたものを奪い返すです!」
黄泉が何故か張り切っている。こういう無茶を言うから魔女なんて呼ばれるんだ。だいたいあんな化け物から奪い返せるわけないだろう。
そんなことを考えていたら、「そうだね」と言い、部長も楽しげに笑った。
「僕は鬼と互角に戦闘できる。仮想敵として相手になろう」
「いや、助っ人として鬼と戦ってやれよ。そっちの方が早いだろ」
真っ当に突っ込む。部長が強いのは折り紙付きだ。なら部長が足止めすればいいと思った。
すると部長はニヤリと笑い佐藤を唆す。
「佐藤くん、君も強くなればモテモテだよ。鬼と戦ったなんてもう伝説の勇者かくや持て囃されまくりだよ」
「やります!やらせてください!」
こうして特訓が始まった。どっちも馬鹿である。
部長は両手を前に出し、掌を相手に向けるように構えた。
対する佐藤は金属バットを正眼に構えていた。
正気かこいつは。部長もそれでいいのか。
佐藤が部長に向け大きく踏み出すとバットを上へ軽く引き、即座に振り下ろす。相手の頭を狙っただろう素早い攻撃。
部長は振り下ろされる前に佐藤の懐へ滑るように入り込み両手を突き出した。
佐藤が息を吐き出す。前にかがみ少し下がった側頭部に、部長は身体を捻り上段の蹴りを見舞った。
佐藤の体が飛ぶ。一瞬だが確かに浮いた体を見て、これは死んだかもしれないなと思い、手を合わせ冥福を祈った。
何度か繰り返したが、全く歯が立たない。部長も実践で学ばせるタイプなのか、ただのストレス発散なのか、細かい指導は何もしなかった。
暫くして佐藤が一歩も動けなくなり、今日の活動は終わりとなった。
部長の体術は父親から習ったらしい。明らかに体術で洗練された武術だったが、何故か部長は体操として習ったと主張した。意味不明だ。
教官室で吹き飛ばされて無傷だった時、体操やってれば怪我しないって言ったの、そういう意味だったのか。でもそれもはや武術を超えた何かなんじゃないか?
「親父さんに俺も習いたいな。部長以外なら無双出来そう」
俺は冗談交じりにそんなことを言った。
部長の顔が曇る。困ったように眉を下げていた。
まずいと思ったが、取りなしの言葉なんてすぐには出て来ず、口をパクパクさせただけで何も言えなかった。どうしようもなく情けない。
しばらく暗い雰囲気のまま並んで歩いた。ふと、部長が呟く。
「父さんはね。もういないんだ。私が小学生の時に亡くなった。 母さんは立派だったって言ってた。母さんが言うなら、そうなのだろうけど、もっと一緒に居たかったな」
部長は苦笑いをしながらこちらを見た。目には確かな悲しみが見えた。泣いてるのかと思うほどの悲哀が俺の胸に刺さる。
俺は自分の不用意さを後悔した。慰めも同情も出来ない自分を悔しく思った。
何か言って部長を傷つけたらと思うと怖かった。「そうか」と小さく相槌を打つ。
日が落ち影が伸びていく。影がいつもより小さい気がした。
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