第4話 屋上で叫ぶ
母は旅人だった。いつも自由に飛び回っていた。
だから家に帰ってくることも少なく、交わした言葉も数える程しかない。
でも母はいつも笑っていて、そんな姿にずっと憧れていた。
母は魔女と呼ばれていた。
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体操部は相変わらず適当に活動していた。お爺ちゃん先生は実績確かではあったが、かなり呆けていた。そのため、活動とは名ばかりで、実際は集まってもいつも体育館の端で下らない話をしている。
体操にちょっと期待してた俺は少し残念だったが、気の合うやつと話してるのは正直楽しくて、だらだらと日常を過ごしていた。
そんな六月の終わり、俺たちは生徒会の応接間に集められた。部長が魔術講習の対価に借り受けたらしい。何度見ても立派な内装に気後れして落ち着かない。他の3人も心なしかそわそわしていた。
部長が珍しく真剣な顔で話を切り出す。
「魔女を探したい」
「魔女?」
突然出た言葉に俺は首をかしげる。
あの日部長は魔女はいないと言った。
この分野で1番詳しい部長の言うことだ。部長がいないというならそれが正しいのだと思ったのだが、何か見落としでもあったのだろうか。
生徒会での話は一応他の部員にも伝えてある。そして皆、俺と同じように首を傾げていた。
佐藤が確認するように口を開く。
「魔女はいないのでは?」
「うん。いない。でも噂が多すぎる。魔女のような何かがいるんだと思う。たぶん魔道具が絡んでる」
そう話す部長の目が少し翳った。どこか早口で、表情に焦燥が垣間見えた。
「魔道具絡みじゃないならいい。絡んでるならちょっと見逃せない。だから魔女を見つけて話してみたい」
「なるほどねー。まぁ暇だしいいんじゃないか?」
俺はそれに気付かない振りをして、努めて軽く返事をする。
「魔女、見てみたいですね。魔性の女と書いて魔女でしょう?おそらくとびきりの美人です。あわよくば色々触ってみたいですね」
変態が調子のいい返事を返す。いつも通りの佐藤の言葉で場が和らいだ。たまには役に立つ。
相模と黄泉も了承し、俺たちは魔女を探すことになった。
「まじょーーーっ!出てこいーーっ!」
屋上から部長が叫ぶ。出てくるわけがない。さっきまでの真剣な雰囲気はなんだったんだ。
「なぁ、こういう人探しは噂を辿るとかするんじゃないのか?」
無駄だと思いながらも俺は助言をする。声にはかなり呆れが混ざってたと思う。
そして部長はやはり聞き入れなかった。このまま叫び続けては周辺の住民からも苦情が来そうだ。
仕方なく叫び続ける部長を無理やり引きずって移動しようとしたその瞬間、ドアが弾け飛びそうな勢いで開き壁を叩いた。体育教官室の鬼が来てしまった。あ、死んだ。
物理的な圧力の伴う覇気をまき散らす鬼を見て、俺は屋上から飛び降りようと自然に考えた。もはやここまでと、潔く柵に手をかけると、部長が俺の手を遮り「ここは任せて!」と言うと鬼の方へ立ち向かっていった。
部長が前に立つと鬼が恐ろしい唸り声をあげる。そんな姿を前にしても部長は飄々としながら「お前が魔女か!」と叫んだ。
「……」
「……」
意味不明すぎる。鬼も何も言わない。
鬼はちらりとこちらに視線を向ける。目には同情のようなものが浮かんでいた気がした。そうなんだよ。分かってくれたか。
どこか白けてしまった雰囲気の鬼が部長を引きずりどこかへ連れていく。
それを見ないふりして、俺たちは各々噂を探ることにした。
黄泉は上級生にも知り合いがいるらしい。なのでその線から探ってもらう。佐藤は一年を調べてもらう。相模は分からん。こいつの声は相変わらず聞こえなかった。こいつが魔女なんじゃないか。
俺も友人たちから噂を集め、誰から聞いたか調べ辿っていった。俺は部活に助っ人で参加したこともあるから顔が広い。噂を集めるのも辿るのもあまり警戒されずに行うことが出来た。
「はい。というわけで噂の元は黄泉です」
再び集まった俺たちの情報をまとめた結果、そう結論が出た。
噂を辿るとほぼ全て黄泉にいきつく。部長の噂もあるにはあったが、部長は魔女じゃない。となると、魔女は黄泉で間違いなかった。
ただこいつに魔道具っぽい印象はなく、魔女っぽくもない。どちらかといえば黄泉は小動物だ。見た目の印象も綺麗というより可愛いタイプである。
「あわわわわわ」
皆に疑惑の目を向けられテンパる黄泉。
一旦落ち着かせ、話を聞くくとにした。
「もしかしたら、私が他人を不幸にしてしまうことかもしれないのです」
まさか自分だと思っていなかったようで、申し訳なさそうに黄泉は言う。
本人曰く、自分と関わった人間が不幸になってしまうらしい。
「私、実はいくつか部活を転々としてるのです。漫画研究会、コンピュータ部、数学部…どれに入っても何故か部員のみんなが喧嘩してしまうのです……」
「……」
黄泉は所謂サークルクラッシャーだった。
確か大学には、今で言う部活のようなサークルという活動があるらしい。そこには色々な人が集まるが、たまに八方美人なやつが意図するしない関わらず異性を食いまくり、そのサークルの人間関係を破壊してしまうことがあるという。
「じゃあ黄泉さんは男を食べちゃったりしてるんですか?」
佐藤が遠慮なく聞いた。こいつは本当に最低だ。ちょっと見直した自分を殴ってやりたい。
「え?私は人間は食べないですよ?」
その返答に皆が驚いた。流石に高校生ともなれば、一般的な性の知識はもつはずだ。そもそも保健体育でやっただろうに。
「馬鹿言わないでくださいよ。ウブなネンネじゃあるまいし」
佐藤は何言ってるんだと、肩をすくめそう言った。こいつはデリカシーがなさすぎる。みんなで殴った。
兎に角、魔女は黄泉で魔道具絡みではなかった。魔女の噂が多かったのも、黄泉が何度も部活をひっかきまわしたことに対する警告の意味が大きかったのだろうということで結論がついた。
魔道具の関与がないことがはっきりして、安心したように息をついた部長と目が合った。
明るい茶色の瞳を揺らすように笑う。
鼓動が跳ねた気がした。
ふと佐藤の言葉を思い出し、まるで魔女みたいだなと思った。
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