第3話   生徒会に教える

  学校のある一室。そこは昼間にも関わらず真っ暗だった。窓には遮光カーテンが引かれ、隙間から光が漏れないようガムテープが貼られている。

 偏執的に光を閉ざされた部屋。その中心あるテーブルを3人の黒い人影が囲っている。

 背の低い1人が、銀の装飾のされたペンを取り出す。テーブルに直接六芒星を描き、その周りを円で囲むとアラビア語に似た文字を綴るように書く。文字が一周するとその周りを再度円で囲み、ペンを置いた。

 背が少し曲がった1人が小さく何かを呟き出す。日本語ではない。抑揚なく淡々と声を紡ぐ。そのまま息継ぎもなく言葉を吐き出し続けると、最後に一度大きく息を吸い、テーブルの紋様へとゆっくり息を吹きかけた。

 最後の一人が動く。何かを刻むように手を動かし、ゆらゆらと左右に体を揺らしている。身振りだけで演説をしているようにも指揮しているようにも見えるその姿は、食虫花のように人を惹きつける魅力があった。最後の人影は、指揮を終えるように手を上に振り上げると、テーブルに向け勢いよく白く小さな手を叩きつけた。



「生徒会?」

 恐怖に震えたあの日から一週間後、体操部はまだ活動を許可されていなかった。

 とはいえ、校長はokを出し、教官室も許可を出してくれたようだった。

 だが生徒会からの返答がまだない。不許可ならおそらく申請自体が却下されるため、体操部はその時点で認められない旨を担任から伝えられるはず。そうなっていない以上、生徒会が何らかの考えを持って許可を出し渋っているようだった。


「生徒会に行ったとき、体操部に対して結構好意的じゃなかったか?」

「だねぇ。それに生徒会の承認は得やすいって言うのにね」

 昼休みに部長から相談を受ける。部長も生徒会の考えを図りかねているようだった。


「もう一回行ってみるか。忘れてるだけかもしれないし」

 俺が軽い気持ちで提案した。わからない以上訪ねてしまう方が早い。忘れてるなら尚更だし、何か事情があるにしても分からなくては始まらない。

「そうだね。折角だし放課後にみんなで行こうか」

 部長がニヤリと笑い同意する。その不気味な笑みを見ながら、全員で変な圧力をかけるつもりだろうかと思ったが、5人ぐらいならそんなことにはならないかと思い直し、何も言わず、放課後を待つことにした。



 後悔した。うちの部は普通じゃなかった。

 放課後に集まった体操部は、俺以外武装していた。

 佐藤は何故か金属バットを持っていた。

 相模は本物そっくりのモデルガンを持っている。

 黄泉は、なんだ?呪いの人形?あと五寸釘を握りしめている。

 部長はメリケンサックを嵌めていた。


「いくぜぇー!殴り込みだぁー!」と部長が叫ぶ。

 俺以外の3人が応えるように、声をあげ、呆然とする俺を置いて生徒会へと走っていった。


 慌てて追いかけ副部長権限を行使して武装を解除させた。



 こいつらに一緒にしておくと何をしでかすかわからない。そのため中庭に、それだけでは無害そうな部員3人を待機させ、無茶苦茶の中心になる部長だけ連れて、俺は生徒会室へ向かうことにした。

 生徒会室は五階建ての校舎の1番上にある。見晴らしのいい、おそらく生徒が使える部屋の中で1番よい部屋である。


 綺麗に仕立てられたドアの前に立つ。体育教官室とは違った緊張がある。

 軽く息を吸い、ドアをノックした。

 すぐに「どうぞ」と声が返ってきた。


 俺たちが中にいた生徒会役員の人に事情を説明すると、それについて生徒会長から話があると言われた。

 だが、どうやら生徒会長はいま不在のようで、その間待つように、応接間に案内された。応接間があるなんて初めて聞いた。豪華過ぎやしないだろうか。

 ソファーに座り、物珍しい光景にきょろきょろしてると、テーブルの下に紙片が落ちているのに気づいた。拾い上げたそれには、見たことのない文字が繋がるように書かれている。なんだこれ?

 眺めていると部長が覗き込んでくる。

「あ、それ魔術の呪文だね」

「は?」

「珍しいね。そんなの知ってる人まだいたんだ」

 部長が少し感心したように頷いている。全くついてけない俺が聞き返そうというすると、応接間のドアが開いた。思わず紙片をポケットに突っ込む。


「待たせたね」

「待ってないよー」

 そう部長が返すと、目の前に座った生徒会長は、くすりと笑いカップに手をかけた。

 生徒会長は凄くカリスマのあるやつだった。お茶を飲む仕草、話しかける時の声色、引き込まれるような黒い瞳。見てると自然と惹きつけられた。


「それで体操部はどうなってるのかな?生徒会だけ許可が出ていないそうだけど何かあったのかい?」

 俺が生徒会長を見つめていると、部長が横から声をかけた。

「そのことだが少し提案がある。許可するのはいいが、一つ協力をお願いしたい」

「協力?」

 不穏な空気になってきた。生徒の最高権力機関が協力をお願いするなんてただ事じゃない気がする。

「ああ。部長さん、魔術をきちんと教えて欲しいんだ」

 何言い出すんだこの人。魔術ってなんだよ。

 あ、でもさっき部長がなんか言ってたな。符丁かなにかか?

「うーん。まぁ体操部出来るならいいか。でも期待しないでよ?」

「本当か!ありがとう!」


 体操部の許可が降り、活動が認められたのはすぐ翌日のことだった。



 家に帰ってから拾った紙片を見る。

 部長はこれを魔術の呪文だと言っていた。

 魔術ってあれか?手から炎を出したりするやつ。そんなものがあるわけない。多分何かの暗号だろう。

 考えてもしょうがない。今日はちょっと疲れた。

 俺はベッドに横になるとすぐ、目を閉じ寝てしまった。



「生徒会行くよ」

 放課後、体操部の初めての活動の日、俺は部長に生徒会室に誘われた。魔術を教えに行くらしい。

 今日は活動の初日である。確かに体操部として備品やら服やらは用意できていないが、簡単な運動をする予定になっていた。

「おい。部活はどうするんだよ。今日やるんじゃなかったのか?」

「顧問のおじいちゃんに全てを託した」

 そういえばおじいちゃん居たな。後で調べたら怪我で引退してしまったものの、昔は本当に体操の選手だったらしい。かなり有名で全国優勝もしたことがあるとか。

 あの人がいるなら指導はちゃんとしてくれそうだ。うちの部員が従うかはわからないけども。

 まぁ今日はいいか。正直、魔術が気になる。頑張ってくれおじいちゃん。


 生徒会室の応接間は様変わりしていた。電気は消され、街が見渡せるはずの窓には遮光カーテンが引かれている。テーブルの上には不思議な紋様が書かれ、その周りに三人の姿がある。背の低い女の子とこの前俺たちを案内してくれた秘書っぽい人、あと生徒会長だ。何してるんだこいつら。


 椅子を用意してくれた。部長は前で説明するからと、そのまま前に出た。ちょっと怖いが俺は三人の方へ寄り、部長の方を向き話を聞く。


「まず魔術はない」

 いきなりぶった切る部長。

 生徒会の三人が絶句し、すぐに悲鳴にあげた。

 体操部もそうだったが、こいつは何故ぶった切るのか。


「じゃあ私がやった儀式で呼んだこれはなんなのですか!?魔女は!?ああああ騙したのですね!許さない…許さない」

 背の低い女の子が狂い始める。あまりの形相にどん引きしながら、ちょっと同情した。部長ははっきり言い過ぎである。


「まぁまぁ『魔術は』って言ってるし、多分魔法はあるみたいな感じじゃないか?続きがあるみたいだし、もう少し話聞いてみよう」

 俺がそう宥めると物凄い目で睨む。


「じゃあ続きを頼む」

 しばらく睨み合ったあと面倒くさくなって視線を切ると、先を促す。

「うん。じゃあ話すね」

 部長が苦笑いをしながら話しだす。

「魔術はない。これは事実だよ。でもね、この世界には魔道具があるんだ」

「魔道具?」

 新しい言葉が出てきた。

「そう。魔道具はね、魔道具職人の家系に連なるものだけが作れる不思議な道具のこと。所謂物語の魔法や魔術みたいな不思議な現象を起こす媒体というか端末に近いかな?まぁその道具の役割を越えたことは出来ないから魔術や魔法とは違うんだけどね。例えば本の中に入れたり、インクが無限に出るペンだったり。昔はもっと攻撃的な、それこそ地形を変えちゃうような兵器も作ってたらしいよ。でもそれを使った時の被害を見て反省して自ら魔法具を破壊した後、どっかに隠れたんだって。そしてもう最後の血も途絶えたらしいね」

「じゃあ魔法具ってもうないのか?」

「いやあるよ。兵器は壊れたけどね。ちょっと便利ぐらいのものは残ってる。そして、そのテーブルが魔道具」

 テーブルが魔法具と聞いてやっと3人がまともになる。

「じゃあ炎が呼び出せるのって……」

秘書が部長に恐る恐る尋ねる。

「うん。それテーブルみたいにつかってるけど、コンロだよ」

「……」

 三人ともまた絶句したまま固まってしまった。

 後で聞いたら、今している怪しい格好は儀式をするためのものだったらしい。

 丁寧に儀式して炎が出て魔術使えると喜んでいたら、実は机が魔道具とやらでしかもただのコンロですとは、現実は無情だ。それより俺はその魔道具とやらが本当なのか知りたい。


「それって今動かせるのか?」

「うん」

 そう言って部長はテーブルへ近づく。「起動」と小さく呟いた後、テーブルの真ん中に指で円を描く。その後軽くテーブルの端を2度と叩くと、テーブルから丸く円形に炎が小さく立ち上がった。


「声で起動。テーブルの表面をなぞって範囲を指定。で、テーブルを叩く回数で火力を調整する。順番は適当でもいいみたいだけど、すべて入力すると炎が出る。

 ただそれだけだね。……畳めないし初期の作品だったのかな?」

 後半の言葉は小さくて聞こえなかった。それよりも俺はこの不思議なテーブルに釘付けだった。こんな不思議なものが本当にあったのか。ちょっとわくわくしてきた。


 静かになっていた生徒会の方を見ると、魂が抜けた顔をしてだらりと体の力を抜いていた。


「魂を抜く魔道具の仕業か?」

「そんなのないよ」

 珍しく部長に突っ込まれた。


「ありがとうございました。私たちのやってきたことって一体…」

「まぁ不思議大好きなら、今度は魔道具探せばいいんじゃないか?」

 可哀想なぐらい落ち込む三人に俺は声をかけた。

 ブツブツつぶやいていた3人に、そういえばと、疑問を投げかけた。


「お前らなんで魔法を知りたかったんだ?」

「魔法じゃないよ魔術」

「どうでもいい」

 俺は適当にあしらうと会長を見る。


 会長は魂の戻りきらない顔のまま、事情を教えてくれた。

 どうやら学校に魔女がいると噂になっているらしい。

 始めはイジメかとも思ったが、自称魔術が生徒会で使えたことから魔女が本当なのではないかと思ったらしい。

 噂で流れる魔女とやらは何人か候補がいるみたいで、その1人が部長だったということだった。渡りに船で部長は体操部の許可を欲していたし、遠回しに魔術を尋ねて反応を確かめたというのが、今回の本当の案件だった。その割には脇道の魔術の話で落ち込んでいたが。


「ふーん。で、結局部長って魔女なの?」

「魔女じゃないよ。ていうか魔術とか魔法なんてないんだし、そんなのいないと思うけど」

 そう言う部長の声はどこか固かった。視線も遠くを見るように浮ついていている。何だろうか。昔魔女って呼ばれていじめられてたとか?しちゃいけない話題っぽいな。気をつけよう。

 そもそも部長がなんで魔術やらなんやらを知っているのだろう。まぁ同じ部活だし、いつか話したいと思ったら話してくれるだろう。たぶん。

そう思いながら生徒会を後にした。

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