第2話   体育教師に怯える

「ありえない」

 意味不明すぎる部名に俺は強固に反対した。そもそも部ですらない。こんなの通るわけないだろ。

 俺が何とか説得しようとしたのだが、他の四人はものすごい勢いで抵抗してきた。まぁ相模の声は全く聞こえないけど。というか佐藤は相模の声聞こえないんだからこっちの味方だろ。何で相模の案に賛成なんだよ。

 こうなっては俺もムキになり滅茶苦茶に反論する。


「副部長権限を行使する!」

「くっ、卑怯だよ副部長!」

 ヒートアップした口論の最中、適当にそう口にしたら部長が納得した。他の三人も副部長権限なら仕方がないと引き下がっていく。部長達の感性は全くわからないが、部名論争は、そうして一応の決着をみた。

 便利すぎる。困ったらこれを使おう。副部長で良かったとちょっとだけ思った。


 一応部名は『体操部』に修正された。これで一安心だ。



 部名が決定した翌日のこと。五人の名前を記し、顧問のハンコを押し、部名など諸々の必要事項を書いた申請書を出した。部の申請は生徒会、校長、体育会は体育教官室に許可される必要があるらしい。

 校長の許可は比較的簡単。職員室には申請書を置く場所があり、そこに出せば、校長に届き、教科不許可が担任の教師から伝えられる。必要事項をしっかり書けば、校長はきちんと認めてくれるようなので、活動内容のしっかりしている俺らはあんまり心配しなくていい。

 生徒会もそう難しくはない。直接行く必要があるが、基本的に生徒の味方であるのが生徒会なので、相当に不埒な目的でなければ、活動内容が曖昧でもほとんど承認される。

 問題は体育教官室だった。


 うちの高校の生徒はかなり自由である。昼休みに学校を抜け出したり、授業をさぼったりすることもそれなりにある。ただそれは校則が緩いのとイコールではない。うちの学校はあくまで生徒が滅茶苦茶なだけで、校則や教師はかなりしっかりとした人が多い。そのため、毎年生徒に振り回され狂っていしまう教師がいるのだが………それはそれとして、とにかくうちの教師は厳しいのだ。そしてその中でも体育教師は最も厳しいとされ、人間ではないとまで言われていた。



 副部長権限の代償は高くついた。体育教官室への申請書提出は俺が行くことになったのだ。

 俺は多数決に賛成したにもも関わらず、その結果決定したものを無理やり変えた。ルール違反をした自覚とちょっとした反省があった俺は体育教官室に行かざるを得なかった。


 体育教官室につく。ここは地獄の底。生徒が行き着く煉獄である。当然人間はいない。大きく深呼吸をして気持ちを整える。

 だいじょーぶ、だいじょーぶ、俺ならできる……。提出するだけ……だいじょーぶ……。

 もう一度大きく息を吸うと、覚悟を決め、俺は体育教官室のドアをノックした。


 ノックしなかった方のドアが吹き飛ぶ。ドアと一緒に飛ぶ人影が一瞬見えた。遅れてドアの砕ける大きな音が聞こえる。追うように教官室から響いた怒号を聞き、俺は意識を手放した。


 知らない天井が見える。黒い染みの残る天井が見えた。

 それを見た瞬間から意識は急速に覚醒し、かかっていた毛布を跳ね除け、ベッドから飛び起きた。周囲を警戒する。物音は聞こえない。見たことのない部屋だが、ここは教官室の一室なのだろう。あの黒い染みは……。首を振り周囲へ意識を戻す。ベッド以外何もない殺風景な部屋。おそらく体育会の鬼たちは、ここで天国への試練と詐称し拷問を繰り返してきたのだろう。

 ベッドから降り、傍に揃えてあった上履きを履く。素早く唯一の脱出口であるドアへ向かい、その前に立つ。逃走防止用に電流が流れている可能性も考慮し、いったん上履きを脱ぐと、手に被せてから、ドアノブを回した。ドアを引く。

 静かに開かれる扉の先に何かがいた。俺は絶叫をあげた。



「お前は怖がりすぎだ」

「申し訳ございません」

 謝ると、鬼は首を振って先を促した。


 気絶した後、鬼は倒れる俺を見つけ慌てながらも介抱し、そのまま仮眠室で休ませてくれていたようだった。そして鬼が少し席を外した際に俺は起き、様子を見に戻ってきた鬼をみて叫んでしまったというわけだった。

 鬼は起きた俺を見ると、「ついてこい」と低い声で言うと、俺をこの応接間へと誘った。鬼と向かい合うようにソファーに座る。

 対面に座る鬼は、髪は短く刈りあげてあるものの形のいい頭をしており、威圧感よりもまじめな印象が先だつ。角は生えていない。

 目じりが少しだけ下がっており、黒い瞳は円らである。目は吊り上がってない。

 口元は少し呆れた様子で歪んでいたが、馬鹿にした感じはなく、心配が見て取れた。牙も生えていない。

 そのためか全体的な印象も柔らかかった。

 少し控えめな印象に内心安堵しながらも、油断せず本題へと乗り出す。


「新規部活動の登録申請書を渡しに参りました。受け取って頂けますか」

 そういって俺は申請書を取りだす。鬼は申請書を受け取り確認するように眺めた。緊張する一瞬、呼吸が止まる。鬼は顔をあげ、こちらを見ると「まぁ、いいだろう」と重低音響くだみ声で了承した。

 安心して腰が抜けそうになる。止めていた息を大きく吐いた。


「話終わった?」

 部長が軽い様子で俺に声をかけてくる。

「ああ終わったよ」

 安心していた俺は軽く返事をした。

「貴様!まだいたのか!また備品を壊すつもりか!」

 部長を見た鬼が吠えた。

 その瞬間、俺の心臓が止まった。


「死んだかと思った」

 俺がそう嘯くとと部長が大きな声で笑う。

 後で聞いたが、俺が体育教官室にに入ろうとしてきた時吹き飛んできたのは部長だったらしい。俺が行くと知って先回りして挨拶しておこう、あわよくば驚かしてやろうと思い待機してたところ、出会い頭に生徒を調教したばかりのバーサーク状態の鬼と戦闘が始まり、仕方なく応戦。体操で鍛えた身体捌きで抵抗するもむなしく、鬼の膂力に吹き飛ばされた。だが、破壊され飛び散るドアの破片に身を隠すと、部長は教官室へ侵入、そのまま潜伏し、話が終わったころ合いで出てきたという。こいつは人間なのか?

 とりあえず、怪我はないのかと聞くと、体操やってれば怪我はしないと言われた。なるほど……?


 部長はなぜかあの魔窟の鬼たちと知り合いのようで、ああいうじゃれ合いをよくしていると言っていた。

 出会い頭に戦闘になったけど、結局副部長を驚かせたし、成功だねと部長は笑った。

 朗らかにほほ笑む部長をみて、まぁ誰も怪我しなかったしいいかと、のんきに考えた。


 とにかく面倒な手続きはこれで全て終わった。何もなければ、来週から部活動が始まる。

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