騒がしい毎日

@nekomozi

第1話   部活が始まる

「体操部に興味ない?」

「体操部?」

 ある昼休み、クラスメイトの1人から部活動の勧誘を受けた。

 あまり目立たないようなやつだったが、その日は何故かがんがん迫ってきて、勢いに負けて入部届けを書いた。


 俺は帰宅部だった。1年の時、テニス部のノリについていけなくて、一か月ぐらいで幽霊部員となった。うちの高校は2年から帰宅部が認められるようになるため、学年があがるとすぐに辞めた。テニスでわいわいきゃあきゃあの高校デビュー!なんて幻想を信じたのが間違いだった。人には向き不向きがある。


 帰宅部だったものの、クラスメイトとはよく話していたため、友人は比較的多かった。そのため助っ人として部活に参加することは幽霊部員時代から結構多く、今もそれなりにある。市内の大会なら、そこそこいいとこまで行けることもあるくらいに運動には自信があった。そう考えたら、体操部も悪くないかなと思い始めていた。


 クラスメイトに強引に入部届けを書かされて1週間がすぎた。そろそろ本格的に部活動が始まる頃だ。

 入部の時、活動について何も聞いていなかったので、活動が始まったらクラスメイトから連絡が来るだろうと思い、待っているのだが何も音沙汰がない。

 体操部はどうなったんだ?というかクラスメイトなんだから話しかけろよ。


「なあ、体操部の活動ってしないのか?」

 昼休みにそいつの机に向かい、そう尋ねた。

 そいつの席は窓の端、一番後ろのいい席だった。窓を見つめ呆けていたそいつは俺が話しかけると、びっくりした顔でこっちを見た。


「体操部はまだ出来てないよ?」

「は?」

 体操部がない?


 話を聞くに、うちの高校に体操部はなかったため、こいつは自分で作ろうと思い立ちその初期部員として俺を勧誘したらしい。体操部を創る動機は父に習ってずっと好きだったからだという。

 もちろん一年時の設立も考えたらしい。だが、一年次は委員会活動または部活動が義務であり、何かしらの委員会や部に入る必要がある。一年生の時間と人脈ではいきなり創設して入るのは難しいと、一度は諦めて適当な委員会に入った。そして二年になりすぐに委員会をやめると、体操部創設に向け動き出したということだった。


 新しく部を作るためには初期部員5人、顧問に常任講師を1人つける必要がある。

 まず俺は初期の1人。提案者のこいつが1人。昔体操をやってたらしいお爺ちゃん先生を騙くらかして顧問に。

 それが現状らしい。


「全然進んでないな。俺を勧誘した時の熱意はなんだったんだ」

「一番難しい顧問申請が、あの爺さん騙しただけでクリア出来たからテンション上がってたんだ」

「最低だなおまえ」

 そんな理由で勧誘されたのか。完全にその場のノリで勧誘されただけある。それに引っかかる自分も自分だ。

「でも、後から罪悪感が湧いてきてね。この1週間協会で懺悔してた。今やっと気持ちの整理がついたよ」

「なんだ謝りに行くのか?」

「いや、騙すのも才能だし、詐欺師スキルを全力で駆使してあと四人を勧誘しようと思う」

「本当に最低だな」

 部長は屑だが、おかげで体操部はもうすぐ出来そうだった。


 5月になった。部長は四人の部員と顧問を唆し、体操部を立ち上げようとしていた。

「さて、副部長。ちょっと相談したいことがある。みんなを集めてくれ」

 部長は本格的な立ち上げの前に相談したいことがあると、いつの間にか副部長にされた俺に告げた。

 もう5月だ。とりあえず数は揃ったし、先に申請したほうがいいのではないかと思う。そう言うと、部長はその申請について相談することが出来たんだと言った。何だろうか。



 放課後、カラオケボックスに体操部の5人で集まった。無駄に張り切る部長に、いやな雰囲気をひしひしと感じていた。

「じゃあ部活の名前を決めよう」

 予想通りに、いきなりぶっ飛んだことを言い出す部長。全く意味がわからん。

「お前何言ってんの?体操部だろ?」

「ださい。却下。あと発言は手を上げてからするように」

 真っ当な意見で突っ込みを入れるが、返す部長ににべもない。騙されたとはいえ、部員たちは体操部のために集まったのではないのか、名前を変えてもいいのかと思い、他の三人の方を見る。1人が手を挙げていた。えっ、挙げちゃうのか。

「はい、君」

「はい、一年の佐藤と言います。早速部活名についてですが、新体操部というのはどうでしょうか?新体操は女子の方がメジャーですし、女の子も集めやすいと思います」

 体操部で新体操部は流石に詐欺である。ルールもやり方もはっきりと異なる。しかも鼻を膨らませながら語る佐藤は、どうみても女子が目当てだった。

 体操部の名前を却下している時点であまり信頼はなかったが、これは流石に却下するだろうと思った。

「いい案だね。現時点では第一候補だ」

「よくねーよ。詐欺だろ。絶対申請通らないぞ」

「発言は挙手したまえ」

 無視される。

 佐藤の案の良かった要素が一つもないのにこの様子。一番手がこのような下種で、しかもその下種の意見は部長の感性に良い方向に刺激しているようだった。こいつらは大丈夫なのだろうか。そのうち本当に犯罪集団に堕ちそうだ。

 俺の心配をよそに、また手が挙がる。

「はいきみどうぞ」

「わ、私は黄泉って、言うです。よ、よろしくです。それで、あの、私は、部長と愉快な仲間たちがいいと思うのです!」

 自己紹介に少しつまりながらも、自信ありげに意見を言う黄泉。

 何故その意見で自信ありげなのかわからない。

 そもそも体操と全く関連がない。パーティ名を決めてるんじゃないんだぞ。

 部長には、詐欺師のスキルの一つなのか、妙な情報源がある。なので唆されたみんなはたぶん体操がそれなりに出来る、あるいは出来るだけのポテンシャルがあるのだろう。

 ただ言うことが悲しいほど残念だった。


「なるほど。オーソドックスにきたね。それもありかな」

「オーソドックスの欠片もないから。それじゃもはやなんの部活かもわからねーよ」

 一応突っ込むが当然のように無視される。

「君で最後だけど、何かある?」

「………」

 最後の子は手を上げる気配がなかったので、部長が話しかける。一人手を挙げなかった彼女は何も返さない。おそらく呆れているんだろう。まだまともな子がいたのか、と少し期待した。


「うん。生徒会か。いいね」

 しばし静まった後、唐突に部長が話し出す。まだ部長が話しかけた少女は何も言葉を発していない。俺は首かしげ部長に声をかける。佐藤も同じく首をかしげている。

「どうした。腹話術のつもりか?笑えないぞ」

「いや今彼女が話してくれたじゃないか。聞こえなかったのかい?ごめん、相模くんもう一度お願い出来る?」

「……………」

 部長が相模とやらにもう一度話しかける。静寂が場を包む。耳を澄ますが声は聞こえない。聞こえてくるのは隣の部屋の下手くそな歌声だけだった。

「どうだい。彼女は素晴らしいだろう?」

「すごいのです!」

「え、なんですか?どういうことなんですか?」

 黄泉と部長が何やら言っている。なんだこれ。

 佐藤もよくわからない顔をしてこっちを見ている。大丈夫だ俺もわからん。


「部長は何か決めているんですか?」

 佐藤が誤魔化すようにそんな質問をする。

「そうだねぇ。うーん」

 部長はそれを受け悩むように声を出す。いや悩む必要あるか?体操部だろ。

「じゃあ『たいそぶ』で」

 部長の答えに俺は少し安心した。頷くようにして同意する。

「うんうん。やっぱり体操部だよな」

 そういう俺に部長は不満そうに口を尖らせた。

「なんかニュアンスが違う気がする」

「体操部だろ?」

「たいそぶ!」

「体操部じゃん」

 未だにむくれる部長を見る。だが俺は何が違うのかさっぱりわからない。

 そんな俺に対して部長は大きく叫んだ。

「ひらがな四文字で『たいそぶ』!!!」

「は?」

 困惑する俺。それを見てやっと違いを理解してくれたとばかりの様子の部長。

 頭がこんがらがったまま首を何度も傾げる俺に、「副部長は『体操部』ね」と言った。



 俺を無視したまま話は進む。とりあえず全員の意見が出きったところで、部名を決めるための投票をすることになった。うちの部員は五人であるため票数は五票である。意見はそれぞれ出したため候補も五つ。候補が多く票が少ないため、これでは決まらない可能性が大きい。そこで一人の票数を増やし、自分以外の相手に1票以上は必ず入れることになった。


  投票の結果、部名は『生徒会』に決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る