第6話 律

「誰だ手前ェ」

「我、貴殿の戦意を頂戴致す者なり」

「はん、良いじゃねぇか。

・・・余興に、手前から戦ってやるよ!」


刹那、大聖堂の鐘声より遥かに重い衝撃音が唸りを挙げた。それはあたかも虎の、あるいは龍の咆哮の様に轟き、空気をビリビリと震わせた。


互いを加速度的に超え合い、剣戟はいよいよ閃光のみを取り残して見えなくなった。


「やるじゃねぇか・・・!!」

「貴殿こそ、相当の腕前・・・!!」


最早、二人を止められるものは何一つ無かった。闘いを好み、今この時を愉しんでいる。

周囲は気圧され、轟音に気をやられた者までいた。



カツン。

剣戟の轟音が鳴り止んだ時、立っていたのはこの二人とテラ婦人のみであった。

ヤルコフの剣は、刃が真っ二つに折れた。

ペネトラが召喚した剣豪のそれは、刃がボロボロにこそなったが、辛うじて折れなかった。


「・・・俺の負けだ。手前、名は?」

「我に、名乗る名は無い」

「・・・ケケッ、こいつぁ、ホンモノだわな・・・」


ヤルコフは敗北を認め、テラへの『復讐』を止めると誓った。


「・・・で、貴方は何故復讐なんて事をしようとしたの?」

「俺は今でも、愛した女が忘れられねぇ。

・・・ただ、それだけの事ださね・・・」


そう言い残し、ジワジワと朝色に滲む空を背中に、《ゲヴァ大旅団》の一行は故郷へと帰っていった。




「・・・さて、アリ。旅を再開しましょう」

「へい。ご主人のお心に従いましょう」


ペネトラも隠れていた馬車の中から出ていこうとしたが、その前に世界がひっくり返った。

グニャグニャに歪んだ景色の向こうで、アリとテラ婦人が誰かに向かって叫んでいた。




『ペネトラ、力を使っては駄目。使えば、貴女はその度、何かを失ってしまうのよ』

『貴女を愛しているから、厳しくしたのに』

『今回もまた、貴女は言う事を訊かないの』




「・・・っ!!」

家のものでない天井が、ペネトラの目の前に広がっていた。

「・・・ペネトラ?気がついたのね」

「・・・うん」


病院なのだろうか、実に質素で無機質な部屋だった。

西向きの窓から、お日様が顔を覗かせている。


・・・なんて事だろう。

それが何を意味するのか、ペネトラは気付いて酷く落ち込んだ。

半日以上も、眠りこけていたのである。

ああ、テラ婦人にだって日程があるだろうに、それをわたしが遅らせてしまった。


「大丈夫よ。貴女は悪くないわ」


その言葉は余計に、小さな胸を締め付けた。


「・・・わたし、ここからは一人で行く」

「えっ」

「・・・迷惑、掛けられないから」


ベッドを飛び出し、逃げるように走った。

いや、逃げたのだ。


「待ってペネトラ!!」


わたしはテラ婦人の制止も聞かず、ひたすら走った。もう太陽は、地平の彼方へ潜っていくところだった。


行く先には、深い森があった。

・・・行かなきゃ。もう意地でも、あそこには戻れないのだから。


ただただ、受けいれ切れない程の罪悪感を抱えたまま、ペネトラは奥へ奥へと分け入って進んだ。

暗がりにはハクネツトウハムシモドキがぽつりぽつり、背中の発光体をぼんやりと光らせていた。


『白熱灯』なのに光は強くないし、『羽虫』なのに『もどき』だし飛ばない。

何もかも中途半端、まるでわたしだ。


と、がさがさと後ろの草むらが音を出して揺れた。


「・・・テラ婦人?・・・アリ?」


呼び掛けるも、返事はない。

その代わりに、喉を鳴らす音が聞こえた。

確実に人のものではない、ぐるぐるという音が。

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