第4話 説

何十分経っただろう。ものの見事に、ヒッチハイクは失敗したのだった。

木のうろからはヒメゴマリスが、そのくりっとした黒目でペネトラを見ていた。


ヒメゴマリスは嫌いだ。

可愛いなりをしていて、頭が良くて、それでいて性悪だから。


ペネトラは「あっかんべー」をして、本の挿し絵を見た。

時計塔を筆頭に、レンガ造りの可愛らしい建物がその屋根を並べている。

と、目の前をガタゴト、馬車が通った。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

「・・・海に行きたい」


顔をあげると、御者は老父で、馬車の中には質素ながら小綺麗な年老いた女性がいた。

御者は驚いていた。


「海っていってもなぁ・・・。ここからだと一日じゃあ着かないんだよ?」


遠いとは分かっていたが、一日で馬車が進む距離を考えると、意識が遠退きそうになった。


「ご主人、どうしますかい」

「乗せて差し上げて。可哀相だもの」

「・・・仰せのままに」


さあさ、と御者が馬車の中までエスコートするので、ペネトラは会釈して厚意に甘える事にした。


「ワタクシは海を渡って先は知らないのだけれど、手前の街までならなんとか分かるわ。

・・・紹介が遅れたわね。ワタクシはアインハルト家16代目当主、テラ・アインハルトよ。よろしく」

「・・・ペネトラ・ウィンズレイです。よろしくお願いします」




馬車はやがて街を離れていく。

心の中で、ペネトラは母親に別れを告げていた。

(・・・さようなら、ママ・・・。)

(・・・わたし、夢を叶えたいの・・・。)


日は傾き、空に獰猛なオオヒヅメガラスが飛び回り始めても、馬車は先へと進んだ。


「ご主人、急がないんなら泊まりましょう」

「ペネトラ、貴女はどうする?」

「・・・泊まりましょう」


初めての外泊は野宿、なんていうワイルドな体験。面白そうだなあ、とペネトラは思ったのである。

焚き火をして、彼女はテラ婦人と語り合った。


「貴女、家出したんでしょう。どうして、出てきたの?」


ばれていた。ペネトラは終焉を覚悟して、身の上を話す事にした。


「・・・そう。わたし、家出したの。

ママは、わたしの事を外に出してくれなかった。ただの一度も、こんな素敵な世界を、見せてくれようとしなかった・・・。

わたし、本だけじゃなくて、この眼で見たかったの。だから、だから・・・」

「分かったわ。もう何も言わなくて良いわよ。大丈夫、大丈夫・・・」


そう言ってテラ婦人は、ペネトラの頭を撫で、震える背中を優しく抱き抱えた。

肩口が零れるもので濡れるのも気にせず、いつまでも、いつまでも。




「・・・ご主人。」

「ええ。落ち着いて眠っちゃったわ」

「実はその・・・大変です」


え、と聞き返すテラ婦人に、御者はこう言った。


「南方のゲヴァ大旅団が、こちらに向かって来ております。

・・・奴ら、貴女様を狙っていますぜ」

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