第3話 譚

歩幅五十センチメートル、それはそれは小さな旅人が市場を歩いていく。

賑わいはそれなりのもので、遠方の乾物やら色形様々なパンやら、声のでかい親父が客寄せに勤しんでいる。

お客もそれに引き寄せられ、通りの中を、あちらこちらと行き交っている。


「・・・おじさん、これ下さい」


ころんと丸いパンを指差し、ペネトラは親父に、持っていた籠を差し出した。


「へい毎度!・・・ひいふうみい、丁度だね。

小さいのにお使いたぁ、感心したぜ嬢ちゃん」


親父は勘違いしていたが、かえって好都合ではあった。

もし怪しまれてしまえば、彼女の物語はまた終わってしまうのだから。今度は、永遠に。


「・・・ありがとう、おじさん」

「へい!また来てくんな!」


軽く一礼して、ペネトラは市場をあとにした。




バターのいい香りが、鼻、喉を通ってお腹を刺激してきた。くるくる、とお腹が鳴って、たまらず一個、丸パンを頬張る。

冷めていたがサクサクの食感。中はフカフカで実に美味しかった。


「・・・」


丸パンを食べ終えると、彼女はまた本を読み始めた。家でも読んでいた、あの本である。


『・・・遥か西、カーラという国有り。

迸る水路、財宝が如く煌めく家々、そのいずれも、人の世とは思えぬ素晴しさである。

国民は皆、自然を愛し敬う種族である。

皆満足に暮らし、万物がそこでは幸福に生きる事であろう。』


《カーラ》について書かれた、ある旅行記の一節である。

彼女はそこに、「幸福」を求めているのである。


「・・・どのくらい、遠いんだろ・・・」


遠く先の理想郷に思いを馳せながら、彼女は前の幹線を通る人々に向け、ヒッチハイクを試みるのであった。

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