第2話

三年生になって初めて受ける授業。

周りには見覚えのない顔ばかりだ。

再履修の授業なので、きっと二年生だろう。

スーツ姿でヒールをカツカツ鳴らしながら教室を出て行くのは就活中の四年生だ。


春の陽気と教室にいる学生の密度の高さによる熱気が誘う眠気から大きな欠伸をしていた。

「すいません、隣空いてますか?」

口を大きく開けたまま声のした方を見ると、キャップを被った少年が少々息を切らしながら佇んでいた。

見たことのある顔だが、名前が思い出せない。

きっと同学年のはずだ。

と、考え込むよりもどうぞ、と促す言葉が先に出た。


講義が始まり、出席カードが配られた。

回収して前の席に回す時に彼から渡されたカードには【滝陽介】と書かれていた。

そうだ、彼は『滝くん』だった。

一年生の時の英語の講義が同じクラスであったが一度ペアワークをして以来、ほとんど関わりがなかった。

「林田さんも再履なんやね」


佑莉葉が『林田さん』と呼ばれるのはいつの時代も入学したての頃、もしくは初対面の時くらいだ。

やがて友人やクラスメイトのほとんどが私のことを『リンダ』と呼ぶ。

久々に『林田さん』呼ばれ、反応するのにやや遅れた。

「滝くんこそやん?」

滝くんが屈託の無い笑顔を見せる。

「俺落としまくっとるんよ」

たしか滝くんは中部の方の出身だったはずだ。

英語の講義の時にそう話していたのを微かに覚えている。

滝くんの訛りが自然と佑莉葉の返す言葉に九州弁を誘わせた。

「なん落としたと?」

「データベースとインコア」

「それは結構やばすぎん?」

「俺仮面浪人しとったんよね〜、でも失敗したうえに単位ボロボロなった」

「それは初耳」

「そんなしゃべったことないやん」

「たしかに」

適当やな〜、と滝くんはまた笑う。

長めの前髪がややかかったアーモンドのような目が細くなる。

その横顔があまりにも綺麗で、不覚にも見惚れてしまった。


授業が終わり、共に教室を後にする。

隣を歩く滝くんは佑莉葉よりやや背丈が低い。

「あ、俺こっちやから」

滝くんが学食棟を指さす。

じゃあ、と片手を挙げて滝くんと別れる。


佑莉葉は立ち止まって、建物の中へ入っていく滝くんの後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。

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青春20きっぷ 那岐ヒロカ @xoxolalalaz__

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