訪れなかった、未来の話

幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕

第1話

「こらァァァァァッイヅナぁぁぁぁぁッ!」

「ゲッ! 蛇が来た、蛇がッ!」

「誰が蛇やてッ!?」

「お前以外に居らんじゃろッ!?」

「僕は蛇やない言うてんやろが!」

やはり見付かった。サボった仕事をさせようと、蛇の眼あかかがちのような真っ赤な瞳をギラギラさせて一人の少女が走ってくる。

地味に怖い……と言うよりあたかも鬼婆のようにしか見えないのは、気の所為だろうか?

「今なんて思いよったァァァァァッ!?」

「いいえ何でも無いでーす(棒)」

「棒読みで抜かすな、阿呆垂れ!」

「ふがっ!」

感情の籠らない声で言ったら鋭い蹴りが飛んできた。本当に痛い。

「ちゅうか仕事はどないしてんねや! 薪割りはイヅナの仕事やろ!」

「す、少しは良いじゃんか……」

「駄目に決まっとるやろボケタレ! 叔父さん叔母さんに追い出されたいんか!?」

「そ、それは嫌だけどさ……」

ガミガミと蛇眼の少女──セツナが怒る。そして俺の耳をギュッと引っ張ってズルズルと引き摺った。

「い、痛い痛い! セツナ痛いから!」

「さっさと仕事やりや。やないと飯抜きの可能性あるで?」

「! やる!」

飯抜きだけは駄目だ、耐えられない。

「おーい、終わったかぁ? そろそろ木の実刈りに行こうと思うんだが……」

「「行く!」」

「じゃあ飯食った後に行こうな?」

噂をすれば叔父さんが遠くから手を振って近づいてくる。

「二人とも仲が良いなぁ〜。まるで俺とアイツの若い頃を思い出すよ」

「叔父さんと叔母さんの若い頃?」

「おぅ、そうさ。あの頃の俺たちは若かったなぁ……」

「おぉぉ……✨」

叔父さんの自慢話にイヅナが目をキラキラさせて、叔父さんを見る。それはまるで、そう、勇者一行を見つけた村人達のように▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪

「ははっ続きは飯中にでも話してやるさ、ほら飯食いに帰ろうぜ?」

グシャッ

「え……?」

──ナンダコレハ?

突如叔父さんの首と胴体が分かれた。断面からは白い骨が見え、グズグズに崩れた切り口はおよそ刀などの刃物ではなく、錆びた鉈で切ったかのようだ。

ゴポゴポッと赤い血が吹き上げ、俺とセツナの顔と身体を赤く染める。

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「セツナ!」

隣で先に我に返ったセツナが悲鳴を上げる。滅多に取り乱す事の無いセツナが錯乱するのは、珍しく、それ程異常な事態に巻き込まれたのだと感じれた。

「叔父さん! いやっ眼を、眼を開けて下さい……」

弱々しくセツナが叔父だったものの身体に触れる。

──ナゼコウナッタ? ナニガ、オコッタンダ……?

叔父の体に縋るセツナの隣で俺は呆然としていた。いや、呆然とするしか無かった。

「セツナ! イヅナ!」

「いや、いやっ……」

「……ッ!? クラキ! 一体どうなってるんだ……ッ?」

「解らない。けど此処は危険地帯になった、逃げるぞ」

「危険地帯!? 何でだ、此処は御殿が守護するもりがあるハズ……」

「その杜が焼き払われてんだよ、他でも無い御殿の命によって」

「嘘だろ……?」

クラキから聞いた話はにわかに信じられない話だった。あの杜を焼き払う──つまり御殿はあの杜を棄てたのだ▪▪▪▪▪、他でも無いあの杜を……。

ただ今は必死で走った。叔父の亡骸に縋り付くセツナを無理矢理抱えて、ただひたすら走る。クラキは相変わらずの無表情だったが、その額には汗が浮いている。それ程自体は逼迫しているのだ、冷静なクラキが冷静で居られなくなる程に……。










俺は普遍的な日常が続けば良いと思っていた。けど現実は、そこまで優しいものでもなく──


『さァお伽噺を始めようゲームの始まりだ


そっと誰かが呟いた。

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訪れなかった、未来の話 幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕 @Kokurei

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