第3話
社長と私は上司と部下の関係で、それ以上の物を臨んではいけない。
分かっていても毎日顔を合わせ、話をし、仕事をする……。
意識しない方が無理だ。恋をするのに時間などかからなかった……。
「え? 歓迎会ですか? 私の……」
持田さんや水野さん、小宮さんが話を持ちかけてきた。
「そ! 入社して一カ月半くらい経つでしょう? 今まで忙しかったしそろそろいいかなって。 来週末空けといて欲しいの」
「そんな……。 私は大丈夫です」
持田さんにそう言った。
「折角の新人ちゃんだもの。 一緒に飲みたいじゃない? ね、 社長」
ちらりと社長の方へ視線を移した。
「そうだな。 飯野はよくやってくれてるし、期待を込めて歓迎会開くか」
そんなこんなで歓迎会が決定した。
「飯野! 皿がたりんぞ!」
「はい、 ただいま!」
仕事は相変わらず忙しいが、この忙しさが心地良い。
「飯野ちゃん。 次コーデ手伝って!」
入社後私は色んな人の手伝いをしている。
小宮さんとネット論争などもしてるし、本当に充実してるなぁ。
「飯野、 お疲れさん。 今日も頑張ったな」
社長がポンポンと私の頭を叩いた。
毎日必ずしてくれて、それがとても嬉しい……。
「あ、飯野さん。 今日は大切なお客様がいらっしゃるから、コーディネートで粗相のない様にね」
ある日専務に言われた。
「はい。 分かりました」
特別なお客様なのかな?
そんな事を思っていたら、その人がやって来た。
「こんにちは、建さん」
いつもの様に社長と話をしていたら、事務所のドアが開かれ、フワフワとした可愛らしい女性が入って来た。
建さんて言った……。どなたなのかな?
「由加里、 事務所はダメだと言ったろ? 向こうの待合室に行ってなさい」
ゆかり……。たけるさん……。もしかしなくても、社長の恋人だ。
「だって……。 まぁいいわ。 今日はドレスの打ち合わせだから早く来てね」
「ああ……」
そう言うとゆかりさんは去って行った。
「じゃあ悪いが後を頼んだ」
社長も出て行ってしまった……。
「全くあのお嬢さんには困ったものよねぇ。 さて、飯野ちゃん行くわよ?」
「……」
「飯野ちゃん?」
「あ、 はい!」
やだなやだな。何かやだな。社長の恋人のドレスなんてコーディネートしたくない。
けれど仕事だ。
私は気持ちを切り替えた……。
待合室に行く間、「もしかして、社長の事好きとか?」
いきなり質問され驚いた。
「え? あ、 いや。 別に……」
私はしどろもどろだ。
「でも残念。 社長来年早々結婚するわ。 さっきの人とね」
ああ、婚約者か。
一気に社長が遠くなった気がした……。
社長との間に境界線ができた様で、私は俯いたまま待合室へ向かう。
「でもねぇ、社長は多分乗り気じゃないわ。 あの由加里さん、大手ブライダル会社のお嬢さんでね。 言うなれば親同士の決めた婚約者。 飯野ちゃん。 本気なら奪うまでよ?」
「滅相もありません! 私はただの部下です……」
私はパッと顔を上げた。
「あらそう?」
クスッと笑い、持田さんは待合室のドアを開け中に入って行った。私も慌てて追いかけた。
「お待たせ致しました、由加里様。 本日はどの様なドレスをお選びに?」
「それより、その方どなた? 先程建さんと随分親しくされていた様だけど?」
ソファに座り紅茶を飲みながらちらっと私を見上げた。
「申し遅れました。 飯野梢と申します」
「ふーん。 新人?」
「はい……」
「じゃあ尚更ね。 宜しくて? 建さんと私は婚約してるの。 来年お式を挙げるわ。 だから必要以上に建さんと話さないで頂きたいわ」
ゆっくりとした口調で言うと、紅茶を飲み干した。
「持田さん? 今日はこの方にドレスを選んで頂きたいわ。 あちらでは建さんがタキシードを選んでいるの。 それに合わせたドレス、選んで頂けないかしら?」
挑戦的な目……。私の事がよっぽど気に入らないらしい。
私は社長のタキシード姿など見たくはなかったが、これは仕事だともう一度気合を入れ直し、社長の控え室へ向かった。
「失礼します。 あの……。 お着替え終わりましたでしょうか?」
ドアをノックして声をかけた。
「入りなさい」
私はそっとドアを開けた。
そこにはソファに座りパソコンの画面を見つめている社長の姿があった。
「社長。 あの、お支度は?」
「この忙しい時間に無理だ。 仕事をしているよ。 で、何の用だ」
「はい。 ご婚約者様に言われ、社長のタキシード姿を見て来いと……。 それに合わせたドレスを選ぶそうです」
「全くあの人は……。 飯野、すまない。 我儘なお嬢さんだから嫌な思いをすると思うが……。 何かあったら言ってくれ」
パソコンを閉じ、私にそう優しく言った。
その優しさが痛いんだってば……。
「私は大丈夫です。 それよりドレスのお色は……」
「お前の好きに選ぶといいよ」
ポンポンと頭を叩きパソコンを抱え部屋を出て行った。
そんな事を言われても困るなぁ……。
取り敢えず私は花嫁の控え室へ行き、自分のセンスで次々にドレスを選ぶ事にした。
「貴女のセンス、疑うわぁ。 何でこの色かしら? いくら新人とは言えないでしょ」
等の言葉を浴びされつつ、ドレスを選んだ。
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