第2話
入社して早一カ月が過ぎ、仕事にも段々慣れてきて、今はコーディネーターの持田さんのアシスタントととして新郎新婦の衣装合わせの手伝いをしたり、水野さんに付き披露宴会場の手伝いもしている。
相変わらず忙しい会社で、土日は特に酷い。
二回転の式も当たり前だし、その度に皆んな怖いくらいに働く。
「新婦様はこちらの水色など如何でしょう? お顔がはっきり映えますよ?」
何時もながらにスムーズに仕事をこなす持田さん。彼女のセンスの良さは抜群だ。
「このピンクも捨てがたいけど……」
「いえ、お色直しの衣装は水色が宜しいです」
少々強引な所もあるけど……。
「さすが持田さん。 有無を言わさずですね」
「色々迷うよりいいでしょ?」
事務所に戻りタバコに火を点けながらそう言った。
さっきの柔らかな雰囲気はとうにない。
「この後披露宴入るんでしょ? 早く支度しなさい」
「あ!そうだ。 支度して来ます」
私はロッカールームへ行き事務服から式用の制服に着替えた。
お式や披露宴に入る時は、黒地の制服に着替える事になっている。
「じゃあ行って来ます!」
バタバタと事務所を後にした。
「あ、 お疲れ様。 早速だけどグラス並べてね」
「はい」
披露宴会場の調理場に入ると水野さんに声をかけられた。
「今日も忙しくなるわよ? こまめに何か食べておいてね」
「はい。 分かりました。 しかし流石結婚式シーズンの六月ですよね。 今日みたいに天気も良くてなんて言ったら、ウキウキしちゃいますよ」
「やだ、結婚願望あるの?」
「そりゃありますよ。 まだまだ先だと思いますが……」
何て会話をしながら会場の丸テーブルにグラスを並べた。
そして料理用のナイフ、フォーク、スプーンを順番通りにセットし、三角に折られたナフキンをお皿の上に並べればオッケーだ。
一見悠長に話をしているが、手は素早く動かさないと間に合わない。
「そろそろお式の時間だわね。 オルガン担当が来る頃だし、私達もチャペルに行きましょうか」
「はい!」
やった。お式が見られる。
私達が裏からチャペルに入り、従業員専用室に行くと、何やら皆んな揉めていた。
「それで、あいつの事故の様子はどうなんだ?」
「はい。 大した事は無いようですが、暫く入院になると……」
社長と専務、介添え人、数名のスタッフがそう話し、困った事になったと顔をしかめる。
「あの? どうしました?」
「あ、 水野さん、飯野さん。 お疲れ様です」
社長が私達に気が付き挨拶した。
「お疲れ様です。 何かあったんですか?」
「それがオルガン担当の
ため息をつき、社長がソファに座った。
「社長。 式の時間が……」
「分かっている……」
部屋中にため息が溢れ、何とも重苦しい雰囲気だ……。
「困ったが、グスグズしてもいられない。 今回はCDでいくか」
そう言って立ち上がった社長に、私は思わず
「あの!」 声をかけてしまった。
「何だ飯野?」
「私、ピアノ弾けます。 オルガンとは異なりますができるかと……」
自分でも驚いた……。私がこんな事言うなんて。
「本当か⁈ じゃあ頼む。 衣装は鹿野のを着ればいい。 早速だ着替えたら式場へ来てくれ」
「ありがとう。 飯野さん。 助かったよ」
「いえ……。 頑張ります」
専務や皆んなに感謝され、私も半人前ながら会社の役に立ったと思った。
ロッカールームで白のフリル付きブラウスに、黒のロングスカートを着る。サイズはぴったりだった。着替えを済ませ式場へ向かう。今更ながら緊張してきた……。
私は社長に促さられるまま、オルガンの前に座った。
初めてのパイプオルガン……。 ピアノとは訳が違うが、音が鳴る事には変わりない。
譜面を前に置き、軽く弾いてみた。
よし。いける……。
何回か練習をした後、いよいよ本番を迎えた。
途中危うい所はあったものの、滞りなく式が終わり、私は達成感を満喫していたが、その後の披露宴の為急いで着替え、披露宴の手伝いに回った。
「お疲れ様〜。 今日はお手柄だったって?」
事務所に戻ると持田さんが声をかけてくれた。
「急だっから緊張しましたよ……」
「でも大丈夫だったわよ?」
水野さんがそう言った。
「お疲れ。 今日は助かったよ」
バタンと音がして、社長が事務所へ戻って来た。
「社長……。 ありがとうございます」
「しかしピアノが弾けたとは。 特技の欄にはなかったが?」
「とりたてて記入しなくてもと思いまして……」
私は曖昧に返事をした。
私はピアノが弾けるが、敢えて弾こうとしない。何故なら昔指を傷めてしまったからだ。
だから今日も自信はなかった……。でも会社の役に立ちたい思いでオルガン担当を申し出た。だけど少し怖かったのは確かで。
オルガン担当を申し出るのに戸惑った。
指は完治したが当分ピアノに触れたくなかったのだ。理由は私のピアノに嫉妬した友人にカッターで右手の人差し指を切られたから……。
昔の事だし余り思い出したくない。
「明日も頼めるかな?」
思わぬ社長の申し出にピクっとなった。
「私ですか? 今日は急だったので……」
「鹿野が戻るまででいいんだ。 他に頼めない。 受けてくれるか?」
ギュっと私の手を握り社長に頼まれてしまった……。
余り乗り気はしないが会社の為。
「私で良ければ……」
「ありがとう。 本当に助かるよ」
やっぱりキレイな顔だなぁ。
私は握られた手が熱くなるのを感じた。
「良かったわね、社長。 可愛い新人が来てくれて」
可愛いだなんて持田さん……。
気が付けば皆んなに注目されていた。
水野さんも意味有り気にニコニコしてるし。
恥ずかしいから手、離して下さい……。
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