ボーダーライン〜踏み込めない境界線〜

栗田モナカ

第1話

彼と私の間には、目に見えない線がある。

ボーダーライン。踏み込めない境界線……。


飯野梢いいのこずえ 二十二歳。この春大学を卒業し念願のブライダル会社に就職した。


昔から花嫁さんを見るのが好きで、いつか自分も結婚式の衣装をコーディネートできたらと憧れを抱き……。

そして念願叶ってようやく就職できた訳だ。


就職先のブライダル会社は小さめの会社だが、アットホームな結婚式が人気らしい。



「おはようございます! 今日からお世話になります、飯野梢ですっ。 宜しくお願い致します!」


出勤初日。私は会社の事務所に入り元気良く挨拶し頭を下げた。


社員総勢十五名程でコーディネートからチャペル、披露宴まで回しているという。


「あっ! 新人さん? おはようございます。オレ小宮っていいます。 ネット担当ね」


今時風なお兄さんがにこやかに挨拶してくれた。


「おはようございます。私、事務兼コーディネーターの持田。宜しくね」



皆それぞれデスク作業をしながら挨拶をしてきた。


チャペルの駐車場の横にある事務所は一軒家といった感じだが、れっきとした会社である。


事務所の奥には貸衣装の建物や打ち合わせをするお客様用の建物もある。

要するに同じ敷地内に色々な建物が建っている事になる。


大きなビルではないけれど、温かみのある社風に魅力を感じた。




「ほらっ! サボってないで仕事っ。 会場人足りないぞ!」


入り口に立っていた私の後ろから声がしたの

で振り返ると、私を面接した社長が腕を組んで立っているではないか。


「あっ社長! おはようございます!」

向き直りお辞儀をした。


社長は私を見下ろし 「ああ君か。 初日で申し訳ないが披露宴入ってくれ」


長身でメガネをかけた若社長、森野建もりのたける社長がいきなりそう申し出た。


社長は三十歳という若さだが中々のやり手らしい。よく雑誌で取り上げられているのを目にする。

端正な顔立ちの社長は私にそう言うとさっさと行ってしまった……。


「あの……。 えーと」


「ロッカールム隣の部屋よ? ちゃんと貴女の制服もあるから安心して?」


「はぁ……。 ありがとうございます……」


いきなり披露宴なんて無理だ。でも社員なのだからやるしかない。



私はロッカールムで着替えをし、敷地内の披露宴会場へ向かった。

裏口を探し、そっとドアを開けた。


「うわー! 凄い……」


まさに戦場と化している厨房が目に入る。


「早く! 今日はどんでんだから急げ!」


そんな言葉が飛び、皆バタバタと料理を運んだり、調理をしたり本当に忙しそうにしている。


「新人まだか⁈」


「もう来る筈です! あっ来た!」


女の人が私を見つけると手招きで呼ばれた。


「あの! 飯野です……」


「挨拶は後でいいからこれ運んで!」


「え? 何処にですか?」


「行けば分かるから」


熱々の料理を手渡され、取り敢えず会場へ行った。


ファミレスでのバイト経験が生かされた気がする。だってお皿両手に四つ持ちだもの。



「ほら急いで! あっちの奥のテーブルね」


正装した男の人に促され奥のテーブルへと料理を運ぶ。


「失礼致します……」


粗相のないよう落ちついて料理を置くが、やはり緊張するな。



何とか運び終わるとまた次を運ぶ。一通り終わったら次はコーヒーの準備に取り掛かる。

そしてテーブルをまわりビールを注いだり、灰皿を取り替えたりした。



「後はコーヒーだけね」


調理場の椅子で一休みしながら社員さんが話しかけてきた。


「挨拶まだだったわね? 私は水野杏果みずのきょうか えーと飯野さんだったよね? いきなり現場に入ったけど大丈夫?」


「あっ。 はい……」


「疲れたみたいね。 無理もないか。でも今日はどんでんだからこれから大変よ?」


「どんでん?」


「披露宴が二回あるって事!」


一気に疲れが出てしまった……。




そうこうするうちにコーヒーを運ぶ時間になり、トレーにコーヒーカップとソーサー、スプーンを並べテーブルをまわる。


そう言えば花嫁さん見てなかった……。


私はコーヒーを運びながら花嫁さんを見やる。


わぁー。素敵……。淡いピンクのドレス姿の花嫁さんがはにかみながら写真を撮られていた。

いつか私も花嫁さんのドレスをコーディネートできたらなぁ。


そんな事を思いながらコーヒーを運んだ。




無事に式が終了し、安心したのもつかの間で……。



「おいっ! 早くテーブル片付けろ! 時間ないぞ!」


またまた社長がげきを飛ばしてきた。


「飯野さん、早く片付けて! あっ手を付けてない料理は食べていいからね。 内緒だけど。 食事できないから……」



そう言うと水野さんはバケツに残った料理を入れながら、手を付けてない料理を口に運んだ……。


私も片付けをしながら料理を口にする。モグモグ料理を食べながら皆バタバタ働く。



一時間後、二回目の結婚式スタートした。



「飯野! 今日は初日からすまないな。 後少しだから頑張れ」


料理を運んでいる最中、社長が微笑みながら労いの言葉をかけてくださった。


「はいっ。 頑張ります!」



その後二時間、披露宴は滞りなく行われ、忙しくも充実した時間を過ごした。




「お疲れ様です!」


「お疲れ様ー!」


「大丈夫だった?」


事務所に戻ると、皆んなが声をかけてきた。


「飯野さんのデスク、私の隣ね」


持田さんに言われ、事務所のデスクに腰掛けた。


「どうだった? 出勤初日は」


「疲れました……」


「あはは。 いきなりどんでんたもんねぇ。 そりゃ疲れるよ。 でもね、仕事は山とあるからね? ちゃんと寝なさいよ?」


「そうだよ飯野さん。 身体資本だからね。 しっかり食べて飲まなきゃ」


小宮さんがそう言った。


「飲むのは貴女だけでしょ?」


ドアが開かれ、ドヤドヤと皆んなが入って来た。


小宮さんにそう言ったのは水野さんだ。




「でも飯野さん初日にしてはいい働きぶりだったよね? もしかしてバイトしてた?」


「あ、 えーとファミレスで……」


「いきなりお皿四枚持てるから驚いたよ」


「へー。 それできたんだ。 凄いじゃん」



水野さんと小宮さんに色々褒められて恥ずかしい……。


「そうか、飯野はだから動きが良かったんだな」


社長がデスクに座りながら呟いた。


それにしてもキレイな顔だなぁ。雑誌で見ても素敵だと思っていたし、面接の時もそう思った。


「いえ、私なんかただ足手まといなだけで……」

「謙遜するな。 大したもんだよ。 助かった」


社長の破壊力凄まじい笑顔に思わずドキンとした……。

しかしこれはただの憧れなのだろう。


この時はそう思っていた。

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