40 心の優しい大司教さまと四人の幹部


 モスバーグ散弾銃を構えた白銀の騎士が、容赦なく混乱する敵を近接距離から射撃する。

 さすが騎士というだけはあって、シルビアは敵を引き付ける距離をよく理解しているらしく、射界に複数名がまとめて飛び込んで来たところをズバンと射出だ。

 見事に残敵が巻き込まれて倒れる姿を見て、船坂はたまらず舌を巻いた。


「ここでは圧倒的な勝利をしておかなければならない! われわれが十分に脅威である事を示せば、邪神教団どもは攻城戦だけでなく、平原部の敵に対しても意識を振り分け続ける事になるのだからなっ」


 シルビアはポンプアクションを繰り返しながら効率的な攻撃を繰り返す。

 しかし装弾数すべてを射ちきったところで、すかさず船坂がM-4カービンを構え援護に入った。

 敵を近寄らせまいと、タンタンタンと指切でフルオート射撃をする。

 命中させるよりも、こちらは弾をばら撒いているという攻撃で時間稼ぎだ。


「敵の増援を押し返しきったはずだ。後は撤退を援護しているらしい連中に、手痛い土産を持たせてやればそれでいい!」

「わかった、追撃はほどほどにしておくかっ」


 弾込めを終えたシルビアを見届けて、彼女の意見に大きく頷きながら船坂も弾倉交換だ。

 今度はシルビアが援護の態勢を取って、敵の精鋭部隊に加わっていた騎兵のひとりを狙い撃ちしようとした。けれども、


「くっ、あれでは巻き込んでしまうな」

「待て俺が撃ち殺してやる!」


 槍を振り回しながら、白馬美従を圧倒している邪神教騎兵を見やる。

 船坂は流れるような手つきで武器をM-4カービンからレミントン狙撃銃に持ち替えた。

 こんな事が出来るのはゲームプレイヤーの能力がそのまま彼に引き継がれているからに違いないのだが、それが今はとてもありがたかった。


「敵はかなりの凄腕だぞ、大丈夫かコウタロウ?!」

「あんたよりは射撃の腕前は確かだ」

「言ってろ!」


 自分の能力でなければ自慢する気にはなれないが、それでも誰かが助けられるのなら。

 安全装置を解除しながら暴れる邪神教騎兵に銃口を向けて構える。

 びっちりとヒゲの生えた丸顔のエルフだった。

 エルフでヒゲ面とは珍しいと、一瞬だけ考えた直後に、トリガーを引く。


「おいコウタロウ、敵がこちらに向かって――」


 タアンと弾丸がはじき出されて、暴れる邪神教騎兵の胸元に吸い込まれた。

 ボルトアクションによって急いで排莢をし、新たな弾を送り込む。

 ふたたびトリガーを引いた。


「しぶといな。まだ胸を抑えた状態でこちらに馬を――」


 またタアンと弾が飛び出す音響が林の中を支配した時、軍馬で迫っていた邪神教騎兵は馬上から転げ落ちて地面に叩きつけられた。

 シルビアが咄嗟の判断で飛び出して、暴走しようとしていた馬に飛び乗った。

 そのおかげで船坂は軍馬に跳ね飛ばされずに済んだのだ。


 見回せば大混乱になっていた敵たちも、もはやほとんどが林の中から撤退を開始していた。


「よし、俺たちも今のうちに引き上げよう。チルチル猟兵隊のみなさんは無事かな?」

「引いて戦わせていたのだから当然だ。ようじょの姿も無事な様だな!」


 チラリと猟師の狙撃兵たちの方へ視線を送ると、蓑を纏ったようじょが重たそうにドラグノフ狙撃銃を持ち上げようとしている。

 コーソンサー卿ご自慢の白馬美従も大きく被害はあったわけではないらしく、その後の撤退はつつがなく行う事ができたのだ。


     ◆


 太陽が大きく西に傾く頃合いになって。

 カラカリルの城塞へ押し寄せた邪神教団の軍勢は、陣屋の設営をしながら長期攻略の構えを見せる事にした様だった。


 その邪教徒の軍勢は万にも及ぶ大軍であるから、いざとなれば力攻めでカラカリルに押し寄せる事ができる。

 しかし白馬美従とチルチル猟兵隊の存在によって、今後ゲリラ戦闘に悩まされる可能性が危惧されたのだ。


「大司教さま。まさか北部司教座で最後に残った街で、これほど痛烈な抵抗を受けるとは思いませんでしたな……」


 天幕の中で大きな法衣を着た人間五人、顔を突き合わせていた。

 ひとりは法衣の下に甲冑を着込んだ男で、深緑のマントもボロボロ、歴戦の勇士を思わせる男だった。

 彼が大司教と呼ばれた女性に向けて、すごすごとそんな事を口にすると、


「わらわはその様な報告を聞いてはいなかったぞ。今日中にカラカリルの城壁に取りついて、すぐにでも落城間違いなしという話ではなかったのか?!」


 大司教は女性だった。

 フードを目深にかぶっているので容姿年齢はわからない。

 ただし耳だけはエルフらしく尖っているので、フードの側面を押し上げている。

 凛とした、けれども怒りの籠ったその言葉に四人が震えた。


「も、申し訳ありません大司教さま。われらの信仰心が足りないばかりに、恐怖にうち負けこの様な事になったのでしょう」

「信仰心の問題ではござらん! 敵に摩訶不思議な兵器があったからだと、報告を受けただろうッ。何かしらの仕掛け魔法によって、油断したのは仕方がない事だ」

「まてまて、その情報は以前入っていたのではないか? サザーンメキの率いているちんけな悪党連中が壊滅させられたという」

「そうだ、ここは後方に向かって前進するというのはどうだろうか?!」


 狂った宗教家たちは次々に言い訳を並べたり、あるいは狂った戦士たちは誰かのせいにしたりする。

 けれどそれを聞いていた大司教は激高するのだ。


「ええい、だまりゃれ! わらわが知りたいのは、いつカラカリルが陥落するのかという事だ! 生贄の儀式は早ければ早い方が、生贄も鮮度があってよろしいのだ。せっかく異世界から拉致した生贄も、空気が合わないのか日に日に弱り始めているではないかっ」


 ごもっともでございます。

 大司教に向かって四人の人間は平伏した。


「平原部でわれらに攻撃を仕掛けてきた敵は、せいぜい数百程度の軍勢でしょう。街道に守備隊を巡回させて、斥候部隊を周辺の林に送り出しますので、見つけ次第、狂戦士集団を送り込んで始末すれば問題は無いはず。しばしお時間をください大司教さまっ」

「うむ。わらわは気が短い方ではないので待ってやろう。だが邪神さまはそうではないという事を、心にとどめ置けよ?」

「わ、わかりましたっ」


「邪神さまは偉大なりっ、復唱!」

「「「邪神さまは偉大なり!!!」」」


 天幕の中で、邪神教団の幹部たちの神を称える声が響き渡った。

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