39 突撃、白馬美従!
邪教徒の大集団は、街道をはみ出して平原を覆いつくさんばかりの勢いで南下しつつあった。
先頭集団は、邪神教団の精鋭部隊で間違いない。
深緑のマントを靡かせた重武装の兵士たちは、各地方から集まった元領軍に所属した連中だろう。
数にすればたいした事は無い。
せいぜい一〇〇〇余りが、統一された武装の集団である。
「あの精鋭部隊が戦闘の切り口を作って、後続が傷口を広げる戦法を取ってるんだな」
双眼鏡でつぶさにその有様を観察しながら、船坂はそう判断した。
続いてその直後を進む兵士たちは、各地で接収したと思われる武装を身に纏った装備もまちまちな集団だった。
装備も一応は揃っている。
傭兵や元兵士なども加わっているのだろうが、熟練度の意味では先頭集団よりは一段落ちると見ていいだろう。
ただし数が厄介だ。これが二〇〇〇は存在している様子がうかがえる。
カラカリルに立て籠もる諸卿の軍勢とは、敵の先頭集団と併せれば互角という事になる。
「連携はあまり取れていない様だな。隊列の足並みがバラバラだ」
「ただし戦い馴れはしているという点で厄介だぞ。こちらの領主たちは、新兵同然の農民軍隊だ」
「とは言っても、騎兵突撃には耐えられないだろう。切り崩せばコーソンサーさんなら何とかやってくれるんじゃないか?」
「フン。ヤツがあまり活躍するのは好ましくはないが、そうも言っていられないからな」
船坂の隣で、甲冑の上からでもわかる大きな胸を地面に押さえつけながらシルビアが嘆息した。
その後方には数ばかりが大量の農民集団がゾロゾロと従っている。
クワやスキなど農耕具を装備し、あるいは切れ味の悪そうな槍や剣を身に着けている。
棒切れの先に深緑の布を括り付けているのは、おそらく邪神教団の旗印のつもりなのだろう。
これまでの倍以上の農民兵たちではあるが、装備は劣悪。
信仰心によって士気はいかにも高そうに見える。
だがその信仰心を打ち砕く、コーソンサー卿の白馬美従がこれより行われるのだ。
「総員抜剣! 存在するはずもない天国を信望する愚かな邪教徒どもに、真の天国は俺のハーレムに加わる事だと教えてやれ!」
「「「イエス・マイ・ダーリン!!!!」」」
背後で大喝をしたのはコーソンサー卿である。
彼の言っている事は明らかに邪神教団とたいして違いないおかしなものだが、船坂はそれを無視した。
シルビアも振り返ってモスバーグ散弾銃を抱きしめながら、次々に騎乗していく美少女騎兵たちを見上げる。
「コーソンサーさまのために!」
「ええ、わたしは頑張りますよっ」
「すごく、がんばります」
「いいと思います!」
美少女たちは次々と一気呵成に隊列を整えると、丘陵の陰から敵である邪神教団の軍勢にとって柔らかな下腹部、農民兵たちの中央集団に向かって牙突撃を敢行した。
「俺に続け、突撃! 突撃 突撃!」
「「「おおおおおおっ」」」
黄色い雄叫びという不思議な情景の中で、丘の窪地から飛び出した数十騎の高速集団である。
そのままコーソンサー卿の馬を先頭にしながら鏃の様な雁行体制を形成していく。
すぐにも船坂やシルビア、ゴブリンのようじょたちも手に持った双眼鏡や銃眼を覗き込んで、戦闘の趨勢を見極めようとした。
「白馬美従は訓練が行き届いているな!」
「見てわかるのか?」
「ああ。隊列が等間隔に揃えられて、あの密集体型は突貫力が備わっている。それに――」
双眼鏡を通して見える美少女騎兵の集団は、左手に何かの発光する塊を浮かび上がらせていた。
テニスボール程のサイズ、いやそれよりも大きいだろうかと船坂が思案していると、
「魔法攻撃による混乱も期待できるからな。白馬美従の騎兵に加わるためには美貌だけでなく、魔力と剣技も備わっている必要があるという噂だ!」
全員というわけではないのだろう。
それでも、大半の美少女騎兵たちが距離にして数十メートル先まで敵に接近するまでに、その球状の発光体を出現させ終えていて衝突の直前にそれを射ち放ったのだ。
威力にすればどれぐらいなのだろう。
けれど突如として丘陵の陰から飛び出した騎兵集団に、農民兵を中心とした邪教徒軍は大混乱になった。
双眼鏡にはそのあわてふためく様がありありと見えており、そこに魔法攻撃と騎馬突撃が敢行されたのである。
「すごい、です!」
「ああ、見事な騎馬突撃だ。隊列が一瞬にして乱れて、邪神教団のクレイジーどもが逃げ出しているッ」
「コーソンサー卿は確かに貴族軍人として立派な指揮官らしいな……」
大混乱に陥った邪教徒軍の中央集団は、騎兵部隊の切り込みで一目散に逃げだした。
そこを見逃さない様に突破後に折り返した白馬美従は、再整列を整えるが早いかふたたび混乱する敵集団へと突撃を敢行する。
面白い様にイナゴの集団はボロボロに陣形を崩しながら、魔法攻撃と突撃によって死傷者を量産している様だった。
騎馬突撃の恐ろしさは、実際に体験してみないとわからない。
ただ馬を走っている姿を見ただけであれば、バイクが路上を走っているのと変わらないだろう。
けれど、これが数十頭横一列になって、あるいは雁行陣形になって自分に突っ込んでくる事を想像すれば、並の人間ではパニックになるのも当然だ。
「まずいぞ、先頭集団の精鋭部隊が引き返してくる!」
「ああ、見えているぞ。どうやらコーソンサー卿も引き際と判断したらしいな。そろそろわたしたちの出番というわけだッ」
「いつでも、いけます!」
周辺警戒をしていた船坂は、いち早く南下中の邪神教徒たちの先頭集団の動きを察知した。
一部騎兵を伴っているその精鋭部隊は、後続で起きた敵襲撃に気づいたのだ。
すぐにも折り返した彼らは、白馬美従のもとに向かって選抜部隊を組織して反撃に動き出す。
いい動きだが、それをそれを阻止するのが船坂たちチルチル村の狙撃兵チーム、猟兵隊だ。
「白馬美従が撤退行動に移ったぞ!」
「よし、うまくこちらの射線を確保してくれるな。距離が三〇〇程度になったら狙撃を開始――」
船坂が振り返って、体を地形に偽装するためのギリースーツ代わりに蓑を纏った猟師たちに指示を飛ばそうとしたところ、それよりも早くにドラグノフ狙撃銃を構えたようじょが反応する。
「いけます! やりまう!」
「お、おう。慎重に狙ってくれっ」
蓑を着込んで伏せた状態のユーリャは、ドラグノフのトリガーに指をかけながらゆっくり息を吐きつつそれを絞る。
タアンと軽快な音が馬蹄の響きの中にまじった。
船坂もその隣でレミントン狙撃銃のスコープを覗き込み、攻撃態勢に入る。
敵は数百からの武装集団でとって返したので、実際のところは細かい狙いを付けなくてもどこかに当たりそうなものだ。
「お、俺たちもようじょやコウタロウさまに負けちゃいられねぇ」
「あたいだって猟師の端くれだ。弓はこれでも得意だったんだからね!」
猟師たちも次々に攻撃に加わって、追撃に出る邪教徒騎兵の数名を狙撃するのだ。
ようじょが狙ったものだろう、最初の攻撃でどうっと馬から落馬する深緑マントを船坂は目撃しつつ、やや甘くなりがちな攻撃で狙い射った。
「何てヤツラだ。撃たれても、撃たれても向かってきやがる?!」
「射ち続けろ、距離はまだある数を減らすんだッ」
数度の狙撃によって数を減らした邪神教徒の軍勢であるけれど、そこは信仰心のたまもの。
なかなか勢いを減じる事はできず、それでも倒れた味方を飲み込む様にして後続の歩兵集団が迫りくる。
シルビアは叱咤激励しながら攻撃続行を命じ、自らもM-4カービンに手をかけながら攻撃態勢をとろうとした。
しかし、すぐにも船坂は全体の趨勢を見比べて、シルビアに撤退合図を送った。
「いったん下がるぞ」
「何故だ?! もっと引き付ければ命中できるぞッ」
「あの数を相手にここで固まっていたら、ひと固まりも無いぞ。見ろ、全軍がこちらに戦力を差し向けようとしている」
「ぐぬぬ、悔しいけれど筋肉モリモリのいう通りだ……」
名残惜しそうに一瞬だけ表情を歪めたシルビアである。
しかし移動開始と見ればすぐにもようじょを抱き上げて、林の中に交代開始をする。
船坂は片膝立ちをしながら数射ほど敵に浴びせ射ちをした後に、引き上げてくる白馬美従の姿を確認した。
コーソンサー卿に率いられた美少女騎士たちは、大きく味方を減じる事なく小高い丘を駆けあがってくるのだ。
「コウタロウどの、予定通り敵を引き付けたぞ!」
「援護する、そのまま下がってくれ」
「林の中に突入すればいいのだな? 後方まで一気に下がるッ」
「それでいい、うちの猟兵たちが先回りしているはずだ。罠も設置してある!」
「あの魔法の箱だな?!」
撤退する美少女たちを先に行かせながら馬首を返していた色男コーソンサーは、船坂の指示を聞いて大きく頷いた。
邪神教団の軍勢はすでに大きな混乱からは回復したらしい。
農民兵たちも隊列をふたたび組み直しながら、その一部は船坂の陣取っている丘陵に向けて行軍してくる姿すら見えた。
邪神様は偉大なり! 邪神様はいつも見ておいでだ!
そんな号令によって魔法にかかった様に士気を取り戻した連中は、精鋭教団兵たちとともに丘を駆け上がり林へ押し寄せたのだ。
そこには、船坂の指示で複数設置されていた対人クレイモアが随所に存在していた。
林の中に隠れた猟師の狙撃兵がパアンパアンと攻撃する方向に、邪教徒たちは引き寄せられていき……
「コウタロウさま、こっちに来ます!」
「よしみんな伏せろ。地雷を起動させるぞ、爆発後は敵の動きに注意してくれっ」
邪教徒たちは「邪神様は偉大なり!」と唱えながら、視界の悪い林の中をものともせずに踏み込んでくる。
指向性のこの対人地雷は、扇状に鉄の破片をまき散らす強力な殺傷兵器だ。
危険区域は一〇〇メートル圏内であり、必殺の威力を持つのは十数メートルだろう。
ある程度、先頭集団をやり過ごして十分に引き付けておきながら、船坂はクレイモア対人地雷のスイッチを立て続けに三回押した。
カチカチカチっ。
複数配置されたそれのスイッチを船坂が起動させるタイミングで、シルビアも両手に握ってそれを押し込む。
するとどうだろう。
陽の陰る林の中が一瞬にして紅蓮と爆音に包まれて、押し迫っていた邪教徒たちを殺戮の渦に呑み込んでしまった。
ズバアアンという空気を切り裂く大音響に、エルフ族である敵味方は揃って耳をやられたに違いない。
「何事だ?! 敵の魔法攻撃か?!」
「まてあわてるな、俺たちには邪神様が付いているぞ!!」
「腕が、腕がああああっ」
船坂はギンギンする片耳を抑えながら体を起こすと、手早く武器をレミントンからM-4カービンに持ち替えながらダットサイトを覗き込んだ。
邪神教団は混乱しながらも黒煙が収まると右往左往している姿が見えた。
「シルビア無事か?!」
「何だ耳がやられた、聞こえない!」
「無事のようだな耳以外は、攻撃するぞ今を逃すな!」
がなり立てる様に船坂は叫び、シルビアや他の仲間たちの肩を叩いて回る。
ようじょには見せられない地獄絵図だと思った船坂だが、その隣でユーリャはシルビアにしがみつきながらも眼を反らしていなかった。
「攻撃、する?」
「よ、よし残敵掃討だ。敵は混乱しているぞ!」
むしろようじょに促される様にしてシルビアが号令を飛ばす。
そしていったんは林の奥まで下がっていた白馬美従の部隊が再整列を済ませて、美少女の津波となって混乱する残敵に突撃をかけるではないか。
「噂に聞こえし女神様の奇跡をもたらす男! コウタロウどのに後れを取るな、ハーレム騎兵の猛き有様を見せつけろ!」
「「「イエス・マイ・ダーリン!!!」
地鳴りの様な馬蹄が林の中を駆け巡って、美少女の津波は被害から立ち直っていない邪神教徒に襲い掛かる。
すり抜ける味方の美少女騎兵を送り出しつつも、カービン銃をフルートに切り替えた船坂は、指切で見つけた敵を次々と射殺したのだった。
邪教徒と船坂たちの最初の邂逅は、こうして船坂たちの大勝利によって幕を落とした。
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