38 それはまるでイナゴの大軍の様でした

 見渡す限りの平原が、船坂の視界に映っていた。

 平原の所々には伏兵に使えそうな林が存在している。

 だが、確かにカラカリルに集結した三〇〇〇の兵士を伏せるには、林の面積はいかにも心許ない。


「なるほど、だから周辺領主たちは平野部で決戦をするのに躊躇ためらいがあったんだな」

「だからと言って城に立て籠もっていては、戦う前からジリ貧に陥る事はわかりきっている! 敵の裏をかくためには、軍学にのっとり最適な場所に兵を伏せて、攪乱戦術を行うのが適当だろう」


 船坂と軍馬を並べたシルビアは、平野を見渡しながらそんな言葉を口にした。

 彼女の視界には、どこが伏撃に最適なポイントであるのか見えているのかも知れない。

 そんな風にシルビアの表情を凝視していると、船坂の前でちょこんと鐙に乗っていたようじょが、小首を傾げながら両者の顔を見比べるのだ。


「盗賊ゴッコ、する感じ?」

「まさにそうだ、守護聖人の弟子よ」

「いない風に見せかけて、わぁって驚かす感じ?」

「貴様は筋が良いな。守護聖人の弟子にしては感が冴えている」


 普段はキリっとした表情の白銀の騎士が、口元を綻ばせながらようじょへ向き直る。


「ここはカラカリルの街の北に位置している平原地帯だ。さしずめ敵は街道に沿って、軍勢を南下させてくるだろう。一本道をゆっくりと進むのであれば、敵の思考をトレスするのは難しくない事だ」


 まるで教師が生徒にものを教える様に、指揮棒代わりにハーシーのチョコバーを平原の彼方へ向け、上機嫌でシルビアが続ける。


「エルフスタン王国の北部を占拠した敵の軍勢は、確か万にもののぼる大軍になっているはずだ。アブールで再集結をした段階でさらに増えているだろう。それだけ軍勢が多いという事は、軍勢を食わせるだけの補給物資も大量に必要になる」

「ごはんがないと、戦争できない?」

「そうだぞようじょ。貴様も悪いドラゴンに集落を襲われた時、食べるものに難儀しただろう」

「コウタロウさまに、ハーシー貰ったから、大丈夫です」

「うむ。わたしたちには貴様の師匠が付いているが、敵にはその様な便利な人間がいるわけではない。したがって自前で食料を大量に用意しなければならないのさ」


 当然ハーシーのチョコバーも無いからな。

 そんな言葉を口にしながら、ムシャムシャと白銀の騎士はハーシーを頬張った。

 口の中に棒状のモノを運んで頬張る様は、船坂に何か妙なものを連想させる。

 だが彼の前にはゴブリンのようじょがいるので、妙な妄想をこれ以上続けては不健全だ。


「と、とにかく地図で最適な伏兵場所を探すとするか」

「貴様の持っているマップは、いつも近所の情報が簡単に手に入るので便利だな。どれ、どうなっている?」


 身を乗り出したシルビアと船坂は、ようじょと一緒に地図を見る。

 地図と視界に映る林や地形の位置は間違っていない。ローマ字表記でカラカリルや周辺集落の地名も書かれている。


「白馬美従のみなさんはどうしているんだ?」

「周辺の地形を把握するために、少人数にわかれて斥候に出ているはずだ。このマップの存在を知っていればその必要は無かったが、まあ自分の眼で見て馬の蹄で歩いておく事も必要かもしれん。敵の動きを探るために一部は前線視察にも出ているだろうからな」

「将校斥候というやつだな」

「何だそれは」

「指揮官が自ら前線を見て、作戦立案に役立てるわけだ」


 船坂はむかし書物で呼んだ軍事知識をひけらかして、ほうとシルビアに感心された。


「貴様は見かけによらず、脳みそまで筋肉で占めていたわけじゃないんだな」

「そういうあんたは、栄養を全部おっぱいに取られているんじゃないのか。バイバインめ」

「う、うるしゃい! その方が男は喜ぶと聞いたんだ! 貴様だってそうだろっ?!」

「そうなの、ですか、コウタロウさま?」

「みんな大好きだな俺は……」


 ようじょにそんな質問をされて、船坂は曖昧に返事をしておいた。

 ここでYESと返事をした場合に、後でアイリーンに報告をされると大変な事になる。

 アイリーンは断崖絶壁であるのだから、その事を気にしているのだ。


「コホン。そんなことよりも、布陣についてだ」


 ちなみに猟師出身の狙撃兵のみなさんは、背後で馬を降りて休憩中である。

 どこでも場所を選ばずに休憩できる事が猟師としての大切な能力のひとつであるらしい。

 馬も軍用のものではないから、無理に激しい活動には不向きだ。


「コーソンサー卿は、敵の主力そのものに奇襲をかける考えはないだろう。こちらの数が少ないので、狙うならば後方の部隊だ」

「前衛の強力な布陣ではなくて、補給部隊とかか」

「あるいは本陣そのものを意表をついて、だな。野外にわたしたちが出たのは正解だ、敵の視線がカラカリルへ釘付けになっている事は最大限利用できる。奇襲に夜襲、場所と時間を変えながら何度でも相手が疲弊するまで挑めばいい」


 引き上げて籠城をするのはその後でも十分だからな。

 シルビアはそう言って地図を船坂に返しながら締めくくった。

 遠く、平原の向こう側に双眼鏡を向けると、数騎の白馬美従が馬を駆けさせているのが見えた。

 斥候に出ていた連中が、そろそろ引き上げてくる頃合いなのだろう。


「よし、小休止終わりだ。わたしたちも前方の林に展開して、敵の出方を待つとするぞ!」


 白銀の騎士が号令を飛ばすと、居眠りをしていた狙撃兵たちが飛び起きて馬にまたがる。

 生活道具を括り付けた馬たちは、難儀そうにヒヒンと嘶きを溢しながら走り出した。

 平原の空気が少しずつ変わりはじめる。

 風と共に決戦の気配を運んできたのである。


     ◆


 来たからカラカリルへ続く街道を見渡せる丘。

 その背後に背負う様にして林が広がっているのだった。

 船坂はシルビアと相談して、ひとまずここへチルチル猟兵隊を伏せる事にした。

 狙撃銃によるピンポイント射撃を行う際は、やはり高所より眼下に狙いを定める方が有利なのは間違いない。


「なかなか兵士を伏せるには好都合な場所を見つけてきたな」

「後方には幾つもの林が点在しているので、いざとなれば場所を変えなら再攻撃も可能だ」

「俺たちは丘の陰に白馬美従を伏せておいて、敵がある程度この街道を通過したところで側面を突くというわけだな。相手も素人の集団と思っていいはずだから、それも可能だろう」

「素人なのか?」


 自分たちの馬を林の中に隠したところで、船坂たちは監視所を設置していた。

 その監視所からコーソンサー卿とシルビアが眼下を見下ろしつつ作戦手順を確認しているのだ。

 船坂はそのやり取りを聞きながら、チルチルの狙撃兵たちに偽装の準備を指導していた。


「部下の美人騎兵が見たところによると、アブールやジャジャマバードなど、周辺の街を荒らした主力部隊は、邪神教団の精鋭信徒らしい。これらは各地の領主たちを裏切った歴戦の兵士が中心になっている。だが数はほんの一握りだ」

「数はそれほどでもないというのだな、万を超える大軍ともなれば、全員が精鋭ではないと」


 軍事的によく訓練された兵士は全体の一割いるかいないか。

 残りの邪教徒軍は、あちこちで合流したただの信者が武器を手に手に集まっているだけだろうとの事だった。

 中には女子供まで加わって鍋蓋を盾に農耕具を武器にした様な数だけの軍勢もいる。


「ただ狂信者というのはどこの世界のどこの時代、どの場所でも恐ろしい相手だからな」

「女神様の守護聖人どのが言う通りだ。邪神様は偉大なりと唱える事で、天国へ行く事が出来ると連中は信じている節がある。とは言っても強い相手と戦うよりは、弱い相手と戦うに越したことはないからな」


 船坂がその点を指摘したところ、大いに同意したコーソンサー卿は白い歯を見せて笑った。

 付け焼刃の素人知識だが、船坂も戦争とは敵の弱点をいかに叩くか、なのだというのをモノの本で読んだことがあったからだ。

 その様に感じていたところ、


「勝利しなければ意味がない。勝利条件はすなわち俺が大活躍して、白馬美従のハーレムがますます増える事だ。何れチルチル村のアイリーン卿にも加わってもらう日が来るかもしれない。だからこの様な場所で負ける事は許さないのだ。かっこよく勝つ! それが俺の運命さ」


 何を言っているんだコイツはと船坂が白い眼を向けながら、レミントン狙撃銃の二脚を立てる。

 すると背後で白馬美従のハーレムお姉さんたちが、


「さすがコーソンサー様です」

「コーソンサーさまなら当然ですね」

「すごく、かっこいいです」

「いいと思います!」


 などと賞賛の嵐を送っているではないか。

 ゲンナリした気分になって船坂が干しわらで作ったみのを身に着けたところで、シルビアが激怒した。


「そ、そんな事はアイリーンお嬢さまの騎士であるわたしが許さんぞ。お嬢さまは自由恋愛で結婚する事を所望しているのだ。貴様なぞに渡すぐらいだったら、そこの筋肉モリモリの変態と結婚していただく方がまだマシだ。ハーレム反対!」

「ははは、安心したまえ。その時はシルビアも俺の奥さんさ」

「絶対に嫌だ。コウタロウ貴様も何とか言え!」


 ぷりぷり起こったシルビアは、抗議の言葉をぶつけるたびに大きな胸を激しく揺らした。

 しかし今はそれどころではないのだ。


「……おい、お取込み中のところ申し訳ないが」

「何だ筋肉モリモリ?!」

「来たぞ、土煙が平原の向こう側に見える。ありゃすごい数だ。街道どころか、平地を飲み干す勢いで広がっているんですけど……」


 船坂は双眼鏡の向こう側に広がっている、まるでイナゴの大軍の様な軍勢を見てうめき声を漏らした。

 隣で同じ様にようじょが双眼鏡を覗き込み、とても素直な感想を口にする。


「すごく、いっぱいです!」

「これはあらゆる手段をつかってゲリラ戦で、敵に出血を強いる必要があるな。クレイモア地雷を使う時が来たか……」

 

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