37 決戦の平原へ

 カラカリルに参集したエルフスタン地方領主たちは、城壁の守りを頼みに籠城戦に持ち込む作戦に傾きつつあった。

 けれども、平原における決戦主義を主張したのが、白銀の騎士シルビアとコーソンサー卿であった。

 ハーレム騎兵隊という言葉が示す通り、コーソンサー卿の率いてきた軍勢は美女ばかりで組織された騎兵集団だった。


「どうだ白銀の騎士、わが領の内外であらゆる種族から募った精鋭美少女騎兵、俺の白馬美従は?!」

「フン、相変わらず趣味の悪い事だ。顔でよければ武芸が決まるというものでもなかろう」

「そんな事を言って、本当は俺の白馬美従に誘われなかった事を、嫉妬しているんだろう。はっはっは、チルチルの村が居心地悪いなら、いつでも言ってくれれば誘ってやるぞ」


 触るなこの痴れ者!

 シルビアに並んで配下の説明をしていた美中年が、どうやら彼女の体に触れたらしい。

 コーソンサー卿はこの気さくなノリでセクハラでも働きながら、配下を集めていた様である。


「不愉快だ、失礼するっ」

「まあ待てシルビア。その背中に担いでるおかしなものは何だ?」

「これか、これは女神様の祝福を受けた武器だ」

「女神様に祝福された武器だと? どう見てもおかしな形をした木の杖にしか見えないがな。どうやって使うんだ?」

「敵に使えば、嫌でもそのうちにもわかるだろう。わたしは失礼するからなっ」


 甲冑をきしませながら大股で歩くシルビアは、船坂のところまでやって来るとあからさまに大きなため息をつく。

 事態を見守っていた船坂の方に、美中年コーソンサーが視線を送っているのを感じていると、


「あれが女神様の守護聖人と呼ばれている男か。ふむ、勝ったなっ」


 などとニヤリ顔をしたのが見えて、船坂まで不愉快な気持ちになった。

 何やら部下の美少女騎兵たちを相手に、合戦に出るための準備を指示しているコーソンサー背中を見やりながら、


「わたしはあの男が好かんっ」

「奇遇だな、俺もその意見に同感だ」


 ふたりは顔を見合わせて不平不満を口にした。

 こんなところで意気投合してしまった。

 共闘意識から不思議な笑みが零れて、美中年を振り返りながら言葉を続ける。


「貴様と意見を同じにしても何も嬉しい事は無いが、コーソンサーという男はむかしから見境なく女と見れば声をかけるやつだった」

「……むかしの恋人だったのか?」

「ち、違うに決まっているだろう?!」


 だが貴族軍人として戦場での経験は間違いないのだとか。

 カラカリルやラスパンチョの領主たちとは違い、治安の乱れた周辺領主を救援するため積極的に白馬美従を従えて戦っていたらしい。


「少しの間だが戦場で共闘した事がある。指揮官としての腕前は確かなものだったし、常に陣頭指揮を取る勇ましさと剣技の冴え、弓を取らせても必中の力量だ」

「剣の腕はシルビアとアイツ、どっちが上だ?」

「もちろんわたしだ! と言いたいが、戦場経験が違い過ぎるので、老練な剣技に弄ばれる可能性がある……」


 フンスと鼻息を荒くしながら背負ったモスバーグ散弾銃を降ろす。


「これがあれば話は別だがな」

「ならお前に勝ち目があるって事だ。よかったな」


 馬鹿な雑談をしてひとしきり満足したところで、ふたりはチルチル村の派遣部隊が休憩している部屋にやって来た。

 与えられている部屋は、カラカリル宮殿の中にある元は使用人の居住空間だったと思われる場所だ。

 三段ベッドがところ狭しと並んでいて、いかにも窮屈だった。


「コウタロウさまっ」

「待たせたねユーリャちゃん。いい子にしてたかい?」

「だれにも、いじわる、されませんでした!」


 うんうんよしよし。

 ようじょの頭を撫でながら、武器の手入れをしていたらしい猟師五人に視線を送る。

 するとドラグノフ狙撃銃を磨いていたひとりの女性猟師が立ち上がって、


「戦争に出るんですか?」

「ああ。ここに集まったお貴族さまたちは、籠城戦をする事を考えたようだが、シルビアはここに籠ってもジリ貧になるから平野部で決戦に出た方がいいと主張してな」

「確かにそうだ。ここから城壁に籠って、近づいてくる敵を射ちまくるのは簡単ですが、たぶんそれじゃキリがないですからね」

「どこかで待ち伏せをして、獣の柔らかい腹を攻撃した方がいいと思います」


 猟師たちは平野で戦う事に賛同した様で、旅荷を纏めながら出立しようと準備をはじめた。


「シルビアも戦闘服に着替えるのか?」

「会議に出るのにその格好では、頭がおかしくなったとか戦う気があるのかと突っ込まれるからな。指揮官であるわたしぐらいは、騎士のあるべき正装をしていくべきだったのだ」


 甲冑を脱ぎ散らかしながらシルビアはそう言うと、船坂が手渡した戦闘服と防弾ベストを着込んでいく。

 いつの間にか手放さなくなったモスバーグ散弾銃と、それからM-4カービンを装備して完了だ。


「これからすぐに戦場に向かう。全員、弾倉は持っているな? 一戦するまではここには戻らないんで、そのつもりでいろ」

「へいシルビアさま」

「問題ないですよ。弾はなくなったらコウタロウさまに言えばいいんだろう?」

「そうだ。それに無理に戦う必要はないからな」


 シルビアは全員を見回しながら言葉を続ける。


「もしも敵の接近を許した場合は、ただちに後退して場所を移動する。わたしたちやるのは、あくまでもカラカリルを目指す敵にひと当てする事だ。コーソンサー卿の率いている騎兵隊と連携して、敵の側面を攻撃して混乱させてやる」

「つまり鹿の群れの中に猟犬をけしかけて、それで群れを混乱させる様なものですね?」


 猟師のひとりが質問すると、船坂はわかりやすいななどと思いながら首肯した。


「そんな感じで考えていてくれ。連携についてはコーソンサー卿と話し合ってから決めるが、基本俺たちは機動力が無いから、どこかに引き付けてもらう事にする」

「要は猛獣狩りをする様なやり方だな。ホラアナライオンを狩る時にやる手法だ」


 猟師出身なのでいちいち狩りに例えて返事をしてくれるが、これには船坂もシルビアも理解しやすかったので助かった。


「よし、では日和見を決め込んでいる諸卿軍の目を覚まし、邪教徒どもを女神様の慈悲でもって再教育してやろう!」

「はいっ、シルビアさん! じゃきょうと、やっつけます!」


 シルビアを先頭にいざ出陣だ。

 一番元気よくお返事をしたのはゴブリンのようじょで、みんなその事に笑っていた。

 ドラグノフ狙撃銃は彼女の体格とほとんど変わらない様な大きさだが、それは猟師のひとりが代わりに持ってくれた様だ。


「お、おい。べっぴんさんの騎馬軍団がいるぞ」

「本当だ、全員で四〇人を超えてるぜ。あれがコーソンサーとかいう領主さまの嫁さん軍団か?!」

「うらやましい、を通り越して、毎晩が大変だぜ。俺はコウタロウさまぐらいが丁度いいな、コウタロウさまはアイリーンさま、シルビアさま、レムリル、だろ?」

「俺は誰にも手を出してねぇ!!」


 船坂はズッコケそうになるのを我慢して、青年猟師の言葉に激しく突っ込みを入れてた。

 カラカリル宮殿の中庭に参集した迎撃部隊は、北部の平原に向けて進発する。

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