36 カラカリル入城
それぞれの軍馬に旅荷と装備品をくくりつけ、背中には狙撃銃を背負った一行が街道を駆け走る。
先頭を行くのは白銀の騎士シルビアで、彼女だけは狙撃銃の代わりにモスバーグ散弾銃を装備していた。
「コウタロウ、貴様は
「いやあ実は馬に乗ったのは小学生の修学旅行以来だな!」
「ほう! 修学旅行というのは、軍事演習のたぐいだな。奨学生のうちに身につけるというのは、正しい判断だろう!」
長い銀髪を後ろで三つ編みにしているシルビアは、風にその穂先をなびかせながら舩坂に質問した。
彼との会話はまるで噛み合っていなかったが、端から見ているとどういうわけか意志疎通が成立しているように見える。
「コウタロウさまっ。おうまさん、はやい、こわいっ!」
「もうすぐの辛抱だからなユーリャちゃん。シルビア、この先カラカリルまではどのくらいだ?!」
「ほんの四半刻だぞユーリャ。貴様もコウタロウの様に守護聖人の弟子であるうちに馬に馴れておくのはよい事だ!」
「はい、こわいっ、はやい!」
ようじょは舩坂の前に座ってきゃっきゃと喜んでいる。
早い怖いと叫んでいるけれど、たぶんそれは絶叫マシンに乗って喜ぶ精神に近いのではないだろうか。そんな事を舩坂は考えた。
ちなみに舩坂本人はジェットコースターなど怖くて乗らないし、超高層ビルの展望台から地上を眺めると半泣きになるレベルの高所恐怖症である。
もしもゲーム設定のタクスフォース・ジャンキーの一員でなければヘリ降下やパラシュート降下などできるはずがないだろう。
「おい、この土地では猟師も馬に乗る事があるのか?」
「大きな獲物の群を探す時は何日も猟師が馬を走らせて、広い範囲を移動するんですよコウタロウさま!」
「騎士さまの様に馬術巧みというわけにゃいきませんですけどね、森や草原を移動するのには便利なんですっ」
背後を振り返って叫ぶように舩坂が質問をぶつけると、口々に若い猟師たちが回答してくれる。
ここエルフスタンでは、農夫や職人でもない限りは普通に移動手段として馬は重宝されている様だ。
「ただし里にいる馬はほとんど軍馬ではないからな! 盗賊が残していったこの子たちでは、戦に投入する事はできないだろうっ」
「そこは仕方がない!」
「騎士たちが、からしにこふ、を乱射しながら
けれど銃火器は繊細な心を持っている馬を驚かせてしまうらしく、特別な訓練を受けた軍馬でなければ、戦場では混乱のもとになるだろうとシルビアが説明してくれた。
まあ騎兵銃で装備した近現代の騎兵運用は、この世界ではまだまだ難しいだろうと舩坂も心の中で同意する。
「狙いが甘くなるので、どのみち馬上から射撃するのは無理だ!」
「ふむむ、今後の課題だな!」
射撃精度の甘いシルビアにとっては墓穴を掘った気分だったらしい。
馬上で渋い顔をして、豊かな胸を激しく暴れさせながら呻き声を漏らしていた。
こうして八名七騎のチルチル村派遣隊は、領境の渓谷を抜け街道を疾駆するとカラカリルの街へと入城したのだ。
すでに街には多数の兵士が方々から参集している事を示す軍旗が、城の物見やぐらにいくつも立てられていた。
「おお、女神様の守護聖人どの! チルチルの村からはあなたが派遣されてきたのですなあ」
カラカリルの街で舩坂たちを出迎えてくれたのは、ラスパンチョ村から入城していた領主の老エルフだった。
どうやら村の農民を集めた、あまり強そうには見えない新兵を一〇〇名余り率いているらしい。
弱い確信。
「あまり人数を派遣する事ができず、すいません。俺とシルビア、それから猟師のみなさんから募った狙撃兵を連れてきました」
「この子は?」
「こんにちはっ。コウタロウさまの弟子、ユーリャですっ」
自分たちの馬を、先に現地入りしていた他領の兵士に託すとさっそく挨拶と報告だ。
するとペコンと頭を下げたゴブリンのようじょに注目が集まる。
「ほほう、未来の聖少女さまという事じゃな。はじめましてユーリャたん。わしはラスパンチョの領主じゃよ」
「いじわるする、邪神のわるいひとを、討伐に、きました!」
「エルフスタン王国の臣民を苦しめる悪逆非道の邪教徒どもは、この子の年頃の被害者を大量に生み出しておるからのう。一刻も早くなんと貸せねばならん」
ようじょによしよしをしながら、ラスパンチョ老領主は舩坂に向き直って、
「諸卿らがカラカリル宮殿に集まっておるので、さっそくお連れしよう」
「こ、こらわたしの事を無視するんじゃない! じいさん、派遣軍の指揮官はあくまでわたしだからなっ。コウタロウはあくまでもチルチルの客将だからなっ」
「シルビアお主いたのか?」
「きいいっ」
◆
もともとカラカリルの街を守備していた兵士の数は三〇〇ほど。
衛兵として街を巡回する治安維持部隊の二〇〇名を加えても、五〇〇の軍事力にしかならない。
「万もの人口を抱える街を守るには、いかにも少ない数ですぞ」
「周辺の集落から臨時に農民兵をかき集めてはおりますが、残念ながら使い物になるかどうかは……」
「訓練が行き届いていないのはわしの村でもかわらないのじゃ」
「だが数だけは諸郷の軍勢が集まった事で、格好だけは付いたな」
近郊領主やその代理人たちが顔をつき合わせて激しい議論が飛び交う。
かと思えば、何だか弱気な発言が飛び出すばかりである。
「大丈夫なのかおい……」
舩坂はカラカリル宮殿の迎賓室でそのやり取りをみていて、おおいに失望した。
エルフスタン王国は鉱物採取と交易によってなりたっている国だ。
交通整理や治安維持を担当する衛兵は数がいるものの、高度に軍事訓練を受けた兵士は数が足りない。
「烏合の衆とはよくいったものだ。どのみち無駄な犠牲を強いられるぐらいなら援軍を出す必要などなかったのだ。だからわたしは言ったじゃないかコウタロウっ」
「ここまで酷いとは思わなかったんだ。シルビア、あんたぐらい軍事教育を受けた連中は、ここにどれぐらいいるんだ?」
「どの領地にもその規模にあわせて騎士を奉職させてるものだが、カラカリルでもせいぜい定員の半数ぐらいしかいないだろう。長らく戦争と無縁だったので、騎士のなり手がまるでおらんのだ」
小声でシルビアと会話をしていると、そんなお国事情を彼女が漏らしてくれた。
腕組みをしながら天井を仰ぎ見て彼女は言葉を続ける。
「むしろそれら優秀な人材が、盗賊どもや邪神教団に加わっているほどだ。どの領地でもごらんの通り騎士が官僚化しているきらいがある!」
フンスと鼻息荒く腕組みを解くと、その瞬間に豊かすぎる胸が荒ぶった。
作戦会議の様子は、そのままカラカリルの市壁に頼って籠城作戦をやろうという流れになりつつあった。
諸卿の軍隊をすべてかき集めれば三〇〇〇名にもなる。
しかし訓練が行き届いていない急募の新兵がほとんどなので、まともな軍事作戦は望めないという判断からだった。
「やむおえませんな、平原に打って出て勝ち目があるわけではない。ここで時間稼ぎをしている間に、どこかの地方の軍隊が邪教徒の軍勢に勝かもしれないし」
まったく消極的な作戦に舩坂が辟易していると、
「そんな他力本願な戦争指導では、勝てるものも勝てない! ここは平原に打って出て戦うぐらいの度胸を持ち合わせた方々はおられにゃいのか?!」
憤慨した白銀の騎士が円卓をババンと叩いて立ち上がった。
まわりの領主や代理人たちもその勢いに呑まれて、一瞬シーンとなる。
ちなみに激高のあまりシルビアはちょっと噛み噛になったので、長耳を赤くしているじゃないか。
「籠城作戦を否定するつもりはないが、ただ引き籠もって戦うのであればジリ貧になりますぞ! 野外に伏兵している部隊と街の籠城部隊が連携して、挟み撃ちにするぐらいの事をやらなければ意味がにゃい!」
また噛んだ。
隣で演説をするシルビアの言葉を聞いていた舩坂は吹き出しそうになった。
「われらチルチル村の軍勢は野外に伏せて敵を威力偵察する覚悟があるぞ。何しろこちらには女神様の守護聖人がいるからな。な? コウタロウ?」
「え、あっはい」
「われらとともに平原でひと当てして、邪教徒の出鼻をくじいてみせる気概のある諸卿はいにゃいか?!」
さらに噛んだ。
顔を真っ赤にしたシルビアは、迎賓室の円卓を見回しつつ。噛んだ事実は無視して偉そうに振る舞おうと努力している。
するとそれに反応したひとりの騎士がいたのだ。
まるでエルフには思えない様な筋骨隆々な武人肌の男。
円卓でもこれまで一言も発しなかったので舩坂は気づきもしなかったが、舩坂といい勝負ができるいい体である。
そしてエルフ騎士の顔は美中年だった。
「面白い。たかが数名の軍勢を派遣したチルチル村には失望して追ったが、その大言壮語に、俺の白馬美従ひとつ乗ってやろうじゃないか!」
「おおっ、コウソンサーどのは話がわかるひとだなっ」
白馬美従って?
そんな風に舩坂が小声でシルビアに質問すると、
「コウソンサー卿が率いる、美女ばかりを集めたコウソンサー卿のハーレム騎兵隊だ」
美中年とハーレム騎兵隊。
童貞の舩坂は、何て羨ましいんだけしからんと密かに嫉妬で歯噛みした。
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