35 無線通信を導入します!

『こんにちはー、こんにちはー。コウタロウさまー聞こえますかぁ?』


 遠く離れた林の向こう側から、ハンドサインのつもりらしいメイド体操をするレムリルの姿が見えた。


「ああ、こちらも問題ない」


 声は舩坂の装備したヘッドセットを通し、乾いた電子音に変換されてクリアに届く。


「レムリルおねえさまが、いました!」

「ああ、あの距離ならユーリャちゃんは狙撃できるかな?」

「いけますっ」


 ようじょと筋肉モリモリの物騒な会話である。

 弾倉の装填されていないドラグノフ狙撃銃を構えたユーリャは元気に断言した。

 反対側に振り返ると、


「アイリーンさんはどうかな?」

『こちらもコウタロウさまの凛々しい声がよく聞こえます! 精霊通信を使わなくても、こんな事ができるなんて……』


 小高い丘の上にある洋館の玄関口で、双眼鏡を使ってこちらを観察するアイリーンの姿があった。


「アイリーンさまは、いま口をおおきくあけて驚きましたっ。手を当てていますぅ」

「距離でだいたい五〇〇ぐらいか。ちょっと厳しいか?」

「いけると、思いますっ」


 ドラグノフ狙撃銃は中射程の狙撃を得意としているが、これも問題を感じないとようじょは返事をする。

 すると吐息混じりのシルビアの声音がヘッドセットに響く。


『ふむ。四六時中耳に付けていないといけないのが厄介だが、便利なものではある様だ。コウタロウここだ、わたしが見えるか?』

「見えてるぜ。今、こっちに向かってバンザイをしただろう?」

『正解だ。しっかり見えている様だな』

「通信のチェックをしているんだから、見える必要はないんだけど」

『それもそうか。まあ気分の問題だからなっ』


 辺り一面の芋畑のあぜ道で、駆ける馬上からバンザイをするシルビアだ。

 大きく両腕を持ち上げたものだから、大きな両胸も天を突き上げる様に持ち上がった。


「移動しているターゲットならどうだ?」

「んーっ。むつかしいけど、シルビアおねえさまは大きいから、ねらえますっ」


 何が大きいんだいなどと舩坂は野暮な事は聞かない。

 モスバーグ散弾銃のスリングが戦闘服の上からでもわかる豊かすぎる胸を強調している。

 パイスラいいね!


 どうやら天才ようじょスナイパーは、移動する目標に対しても自信を覗かせている様だ。


『ちなみにこの通信は、どのぐらいの距離が離れても使えるものなのか?』

「そうだな。だいたいこの里と、隣の集落ぐらいの距離なら通信可能だ。さすがに村の向こう側までは届かない。領境の山があると、電波が遮断されてしまうんじゃないだろうか」


 振り返った舩坂は、このチルチル村を囲むようにそびえ立っている山を見渡した。

 まるで天然の要害の様な地形効果を持っているが、同時に無線によるやり取りをするには不向きなものだ。


『つまり村の外まで見回りの人間を送り出すと、むせんつぅしん、は使えなくなるという事ですね?』

「そういう事ですアイリーンさん。便利な様に見えて現代兵器の限界だなこれは……」

『それでも、精霊通信より遠くまで意志疎通する事ができます。精霊通信はお互いに魔法を使えなければ相互のやり取りはできません』

『アイリーンお嬢さまの言う通り、これを使ってそれぞれの指揮官が連絡を取り合えば、最小限の戦力でも緻密な連携を取る事が可能だぞ、コウタロウ』


 美少女エルフ領主の言葉に、シルビアも軍事専門家として言葉を添えた。


「まあ確かに、有視界の範囲でしか戦えない前時代的な軍隊が相手なら無双できるかも知れない」


 装備一式に付いていた無線セットは、この世界でも問題なく利用することが可能だった。

 舩坂が防弾ベストを分裂増殖させた際に見落としていたこれも、少人数で使用する限りは回線が混線して意志疎通が不可能になる事もない。

 

 ただそこで気になる事があったのは確かだ。

 舩坂がこの世界にもたらした様々なピースメイキングカンパニーの現代兵器は、本物の現代兵器とは明らかに違う点がある。

 それは例えば銃火器ひとつをとってもそうだ。


『コウタロウさま印の武器は、女神様の加護がありますので丈夫ですもんねー』

『けれど、だからと言ってシルビアには女神様の加護を受けた武器を粗雑に扱わない様にしてもらいませんとね』

『シルビアさんは粗忽そこつですからねえ、粗忽』

『にゃ、にゃにをレムリルの癖にっ』

「……ハハハ、頼むぜシルビア」

『わ、わかっているっ』


 何しろ本物の銃の場合は、兵士が暇を見ては分解整備をしなければ、埃や泥が銃口や機関室に入り込むなどして、ジャミングの原因になってしまう。

 けれど舩坂が分裂させたり手に持つことで現代兵器に変異させたAK−47は、どれだけ手荒に扱っても弾詰まりを起こすことすらなかった。


 たまたま、それがこれまで発生しなかった可能性も確かにある。

 だが、女性にしては粗暴なところのあるシルビアが実際にAK−47を泥まみれにして扱っても、弾はしっかりとフルオートで射撃する事ができたのだ。


「よし、無線のチェックは終了です。みんな領主館の前に集まってくれ。これでいつでも前線に出ることはできるな」


 インカムのスイッチに振れながら舩坂がそう言うと、アイリーンのいる洋館の玄関口にみんなが集まった。


     ◆


 カラカリルに進撃路を定めた邪神教団の邪教軍の攻勢を阻むため、周辺領主たちはできうる限りの軍隊を根こそぎ動員したのだ。


「最新の知らせでは、ラスパンチョの領主さまも領軍と避難民を連れてカラカリルに入城したとの事ですお嬢さま」

「わたしたちは里のみんなとカラカリルを目指さないんですかー?」


 食卓に広げられた地図と睨めっこをしながら作戦会議を行う最中、シルビアとレムリルが交互に発言をした。


「レムリル、周辺領主が領民を連れてカラカリルへ入城したのにはわけがあるんです」


 何しろエルフスタン北西部にあるめぼしい拠点は、アブールの街が陥落した今となってはカラカリルしか残されていない。

 しかもカラカリルには他の領地とは違って、民が依るべき城壁に守られた都市だったのだ。


「つまり山に囲まれたチルチルの村は、街の城壁があるのと同じだからそうする必要がないという事ですかー?」

「そうですね。ドラゴンの様な翼を持った巨大なモンスターには城壁も無意味ですが、相手が人間であるならばわざわざカラカリルに避難する必要はありません。でも……」


 レムリルの問いかけに説明するアイリーンは、その途中で言葉を区切って舩坂を見やる。

 当初の予定では自分たちの守りを優先して徴募した軍隊を出さない。周辺領主を見捨てることになるかも知れないが、自分たちが生き残ることを優先する。

 そういう話し合いを舩坂とアイリーン都の間で行ったのだ。


 白銀の騎士シルビアもその事には強く賛成して、渋い顔をしていた美少女エルフ領主を説得したものである。


「いけませんお嬢さま! こで訓練中のチルチル銃士隊を投入すれば、せっかく組織だって動くことができるようになった彼らをすりつぶしてしまうことになりますっ」

「けれど……」

「使い物になる軍隊を用意するには、とにかく時間がかかるものなのです。普段から獲物を追いかけている猟師へ、どらぐのふ、を与えるのとはわけがちがうのです!」

「…………」


 今もカラカリルに軍を送り出して合流すべきだと思っているらしいアイリーンに、シルビアは牽制する様に意見具申する。


「し、しかし領主の体裁というものもあるからなぁ」

「コウタロウ貴様、異国の戦士でありながら軍事の常識に反する事を今更言い出すのか? 貴様だってそれが無駄な被害を出すことぐらいわかっているだろう?!」

「ああそうだな。けど、戦力集中の原則という言葉もある」

「むむっ」


 舩坂は趣味でミリタリー系の書物をかじっただけのにわか知識でそう言った。

 するとどうやら見当はずれではなかったらしく、難しい顔をしてシルビアが腕組みをするではないか。

 腕組みをすると豊かすぎる胸が押し上げられて強調されたが、今はそれどころではない。


「徴募した銃士隊の訓練はこのまま継続するとして、せめて狙撃銃を使う猟師の兵だけでもカラカリルに送り出すのはどうか」

「猟師の狙撃兵をか? それこそ戦力集中の原則にはずれる無駄な事だろう」


 フンと鼻を鳴らして、白銀の騎士は小馬鹿にしたような態度を取った。

 舩坂もこれが玉虫色のどっちつかずな提案なのはわかっている。


「だが戦うためにも相手がどんな連中なのか見ておかないと、今後の作戦を立てられないのも事実だからな」

「それはその通りだ。しかし誰がカラカリルに向かうのだ? 貴様はもちろん行くとして、兵士の訓練を継続するのなら誰かが残らねばならん。お嬢さまを危険な場所に送り出すのは、チルチル領に仕える騎士とし手許可できんぞ」

「じゃあレムリ――」

「わたしを連れて行け! わたしがお嬢さまのアイボールセンサーとなって、事の成り行きをしっかり見定め、今後の作戦を立案する!」


 提案を口に仕掛けた舩坂の言葉を遮って。

 バンと食卓に手を叩きつけたシルビアは、身を乗り出してそんな風に宣言した。


「シルビアは抜け駆けしたいのかも知れませんね。うふふっ」

「きっとコウタロウさまと一緒にいられる時間を作りたくて、わざとあんな事を言ってたんですねー」


 すると食卓の端で美少女主従がそんなヒソヒソ話をしているではないか。聞こえないフリをして舩坂がシルビアを見やると、


「にゃにゃにを言い出すんですかアイリーンお嬢さまっ。べ、別にこんな男と一緒にいても、楽しくも何ともないんだからなっ。本当だぞ!」


 貴様も何とか言えと迫られて、舩坂は曖昧な返事をした。

 激しく詰め寄られると豊かすぎる胸の圧迫が気持ちよかったのだ。

 露骨に嫌そうな顔をしているので、たぶんシルビアの言葉は事実だ。

 そう思うと途端に舩坂は寂しい気持ちになる。

 童貞は傷つきやすいのだ。


 ところが少々うるさかったようだ。


「……ふにゃあ、コウタロウさま、あさですかぁ?」


 おねむの時間で、会議中おやすみタイムをしていたゴブリンのようじょを叩き起こしてしまったのである。


「ごめんごめん、ちょっとうるさかったね。何でもないからユーリャはゆっくり寝ていたらいいからねっ」

「はい、コウタロウさま」


 あわててようじょを寝かしつけ、舩坂は口に人差し指を立てて静かにと合図した。

 

「ひとまず俺とシルビア、それに猟師の狙撃兵を連れてカラカリルに向かうことにします。チルチル銃士隊の訓練は、ふたりにお任せします」

「「はい、コウタロウさまっ」」

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