34 おりこうさんようじょスナイパー!
果たしてゴブリンのようじょには天才スナイパーの素養があった!
まさか船坂が猟師の若者たち五人を相手にレクチャーしている端で、見よう見まねで三〇〇メートル先のターゲットを狙撃してみてるなんて誰が想像しただろうか。
「コウタロウさま、できました!」
すごい確信。
その場にいた船坂も猟師も、みんな唖然となってその様を口をあんぐり傍観した。
しかし冷静になってみればようじょが危険な銃火器を持っている事は、倫理的にどうなのかという事になる。
「ゆ、ユーリャすごいな!」
「えへへ、コウタロウさまありがとうございます」
「けど、射撃が終わったら安全装置をかけておかないといけないよ。おりこうさんようじょスナイパーならできるよね?」
「あっそうでした……できました!」
「それでこそ、おりこうさんようじょスナイパーだ。よしよし」
いそいそと船坂に言われてセレクターレバーを安全状態にするようじょである。
まかり間違えば危険極まりないとはいえ、むやみに叱りつけてドラグノフ狙撃銃をようじょから取り上げるのはいけない。
何となくそう思った船坂は、あわててニコニコ顔を浮かべながら寝そべっていたユーリャの側にしゃがみこんだ。
「これで、コウタロウさまのお役に立てると、思います!」
「あははありがとう。だけどユーリャの出番がくるのは、もっとずっと先かな?」
「ええっ、そうなのですか……」
「おじさんやここにいる猟師のみなさんでダメだった時、その時は頑張ってもらうからね」
ユーリャちゃんは最後の最後の切り札だ。
そんな風に言って、ガッカリしているようじょの気持ちを無駄にしない様に気遣いながら、船坂はドラグノフ狙撃銃をゆっくり取り上げた。
内心では自分の中に大いなる油断があって、未成年ようじょがいる前で銃火器の取り扱いで大失敗した事を猛烈反省した。
しかし眼の前でお子さまに三〇〇メートル先の初狙撃によって、見事に命中されてしまった猟師たちは冷静でいられない。
「おっ俺たちもようじょに負けていられねえぞっ」
「あたしだってやればあのくらい先の得物に命中させるぐらい、わけないんだ」
「ええと、守護聖人さま。ターゲットに当たる様にここから前進してもいいですかね?」
「「それじゃ意味が無いんだよ!!」」
結果論であるけれども。
若い猟師たちが競う様にドラグノフ狙撃銃を構えて射撃訓練に取りかかったのはいいことだった。
ようじょには負けていられない、ようじょにできる事は俺たちにだってできる!
その後、チルチルの村で組織された猟師たちの狙撃兵は、戦場で勇名を馳せる様になったとか……
◆
「ふにゃぁ……コウタロウさまのお胸があったかいですぅ……スヤスヤ」
船坂の引き締まった胸筋に首を預けているのは、射撃訓練でお疲れのユーリャだった。
聞けばこの世界では十歳になれば一人前の大人として成人の扱いを受けるとか。
それをひとつの目安にした場合、船坂が抱きかかえているユーリャは、立派な成人かほとんどそれに近い年齢と言う事になるのだ。
「教会堂で調べさせたのだが、ユーリャの家族は小作農としてよその土地からやって来た流れ者らしいのだ。したがってこの村の教会堂には出生届が出されていないのだ」
「つまりは、この子の年齢が村として正確には把握していないという事か?」
「ぶちまけてしまえば、そういう事になる。本人は九歳だか十歳だかと言っている様だが、それも正確ではない。生年月日を気にするのは貴族ぐらいのものだからな……」
モスバーグ散弾銃を背中に担ぎ直しながら、そんな風に事情を説明してくれたシルビアだ。
訓練の最中に抜け出して、わざわざ教会堂まで馬でひとっ走りして調べてきてくれたのである。
年端も行かない少年少女に軍事教練を施す事は、やはり異世界であっても倫理的に不味いものがあるだろう。
だから射撃訓練をいったん終えて休憩中になると、AK-47の指導をしていたアイリーンやレムリルたちと合流してその事を協議した。
「騎士として訓練を受けるひとは、十歳で成人を迎える前の齢に見習い身分として騎士のところへ奉公に上がります。シルビアがそんな感じで、先代のチルチル村に仕えた騎士に従っておりました」
「その理屈からいうと、確かにユーリャちゃんは見習い身分になる資格があるという事ですねー。どうですかコウタロウさまー?」
いやしかし、ようじょだぞようじょ?
まだ心のどこかで整理のつかない船坂は、自分の倫理観を持ち出して拒絶の表情を浮かべたのだが。
同様に複雑な心境なのが白銀の騎士シルビアだ。
「むむっ、確かに騎士になるのであれば見習い身分は成立するな。しかしこの子はゴブリンの小作農だ。あまりゴブリンで騎士となった前例が、このエルフスタン王国ではないのだが……」
「差別はいけませんよシルビアっ。このチルチル村にあっては、邪神教団の教義にある様な事を許すわけにはいかないのです。コウタロウさま、邪神教団では、エルフ純血主義というのを標榜して、他の種族を虐げる傾向にあるのですっ」
「やっぱり差別はいけませんよねー。わたしみたいな狐獣人でも使用人に雇っていただけるのが、このエルフの里が他と違うところですし!」
銀髪の長い三つ編みをしきりにいじりながら「いやしかし」とか「むむっ」とか反応していたが。
キッパリとした口調でアイリーンが反論をすると、そのまま押し黙ってしまった。
アイリーンとレムリルは、区別なくようじょも兵士の一員として迎え入れる事を考えている様である。
「だってこんなにかわいいじゃありませんか、コウタロウさま」
「確かに可愛いね。けどそれは、アイリーンさんもレムリルもみんなかわいいから……」
「い、今はそんな事を言っている場合じゃありません!」
「それにユーリャちゃんは、コウタロウさまの保護した家族ですよねー」
「ですです。女神様の守護聖人のお弟子さんになられたのですから、これはもう騎士見習いと同格の身分とも考えられます。どうかコウタロウさま、可能な範囲でユーリャちゃんのやりたいように、やらせてあげる事はできないでしょうか……?」
上目遣いにそんな風に懇願されてしまうと、船坂はアイリーンに対して立場が弱かった。
「ユーリャちゃんがコウタロウさまのお役に少しでも立ちたい、お礼をしたいと思っている気持ち、わたしにはわかります。おりこうさんようじょスナイパーの才能があるのなら、ぜひその方向で育ててあげて下さい」
「わ、わかった。俺の眼の届く範囲でという事なら……」
「まあ、よろしいのですか!」
「シィーッ」
結局、船坂が目の届く範囲でしっかりと安全を確保したうえで訓練する。
実戦投入をするかどうかの判断は、どうしても必要に応じて彼の責任において決定を下す。
そんな玉虫色の回答で落ち着く事になった。
「よかったですね、ユーリャちゃん」
「……ふにゃ? ……すぴぃ…………」
寝ぼけて一瞬だけむにゃむにゃしてみせたゴブリンの、おりこうさんようじょスナイパーの頭を撫でて。
アイリーンとレムリルがニコニコとしたのである。
◆
付け焼刃のなんちゃってブートキャンプを実施すること数日。
アブールの街を席巻した邪神教団の軍勢は、そのままの勢いでとうとう隣国との国境線上まで占領下に収めるに至ったのである。
この報を知らせるために危険を冒して前線まで偵察に出たのは、カラカリルの街に所属する兵士たちだった。
彼らはこれまで盗賊サザーンメキをのさばらせたという負い目を感じていたし、これ以上の職務怠慢は自らの破滅を招くと強い危機感も抱いていたのだろう。
少なからず犠牲を出しながらも方々に送り出していたその偵察兵たちが、近隣の領主たちの元へ急報を知らせたのだった。
「邪神教団を率いるフェンリル将軍、教徒軍を南に返す!」
ついにエルフスタン王国の北西部に、何もかもを蹂躙する教徒軍の馬蹄が響く時が来たのだ!
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