33 チルチル村の銃士隊

 くわすきを持った若い男女が三〇名余り。

 エルフの里の外れにある射撃練習場で四人を前にずらりと整列をしていた。

 中には家から持ち込んで来た鍋を、兜代わりにしているひともいる。


 本来は若い男だけを集める予定をしていたのだが、それでは数が揃わないために農家の跡取りを除いて集めた結果、次男坊・三男坊に次女・三女が集まった次第である。


「貴様たちがここに集められたのは、この王国をわが物にしようと暴れ回っている邪神教団の危機が迫っているからである!」


 いつもの甲冑姿を身に着けた白銀の騎士シルビアが、その銀の髪を靡かせながら演説を振るう。


「すでにアブールの街は邪教徒どもによって占拠され、その軍勢は北を目指して進撃中である。現在は国境線上をひとまず呑み込まんと快進撃を進めているが、やがてその毒牙はお嬢さまの治めておられるわれらがチルチルの村にも向かう事になるだろうっ」

「じゃ、邪神教団おそるべし……」


 誰かがボソリとそう呟いた言葉が、風に乗って風下に立つ船坂のところにも聞こえる。


「そうだ、邪神教団は恐ろしい連中だぞ。何でも穢れなき魂を持った人間をさらって生贄に捧げるのだという。貴様たちの親兄弟が次に生贄となる事もあり得るのだ」

「そんな事はさせちゃならねえ!」

「あたしの弟はまだ成人もしていないんだ、邪神教徒の生贄の儀式の犠牲に何てさせられないわ!」


 鍬や鋤を振り回して興奮する若い男女。

 アイリーンと顔を見合わせたシルビアは、演説の続きを美少女領主に引き取ってもらい一歩下がった。


「みなさんご安心してください、わたしたちには女神様のご加護がございます! 女神様の祝福を受けた聖人コウタロウさまと、そして邪教徒とも戦う事ができる武器があるのです」

「おお、そんな武器があるんですか」

「それはおらたちにも使えるのですか?!」


 みんなにもわかる様に大きく頷いて見せたアイリーンは、そうして言葉を続ける。


「非常に強力な武器で扱いはたいへん難しいですけれども、邪神教団が迫りくる日まではまだ間があります」

「強力な武器?! そいつは頼もしい限りだ」

「あの筋肉モリモリはアイリーンお嬢さまの婚約者なんだってね」

「おお、アイリーンお嬢さまはさすがだぜっ」

「こちらにおられるコウタロウさま、そして弟子であるわたしたちの言う事をよく聞いて、訓練に励んでください!」


 途中で若い男女の農民たちするコソコソ話が聞こえてくる。

 すると途中でみるみるアイリーンの長耳が真っ赤になり、演説終盤の語気が強まった。


「けけけ結婚とか婚約とかそういう事は、邪神教団の猛威が通り過ぎてからなので、気が早いです!」


 呆気にとられた船坂を他所に、レムリルとシルビアはニヤニヤ顔を浮かべていた。


     ◆


 AK-47を使った射撃練習を担当するのは、アイリーンとレムリル、そしてシルビアになった。。

 シルビアは特に騎士として正規の軍事教育を受けている人間なので、こういう場合に兵士を徴募して、どいやって訓練すればいいのかを知っていた。


「よし、まずは構えからしっかりと貴様たちは覚えるんだ」

「そんな事言って、俺も早く隣の漁師たちみたいに弾当ての練習をしたんだけどね!」

「馬鹿者、構え方をしっかりしていなければ、当たる弾も当たらないぞっ」


 自分は射撃が苦手なのを他所に、シルビアは農民の男たちに銃の構え方を指導している。

 後ろにまわってしっかりと肘の位置や姿勢を強制してやるので、必然的にその暴力的な胸が若い男にフィットする。

 男たちは隠し切れない嬉しそうな「おおおっ」と喜びの表情を漏らしていた。


「さすがシルビアです。あそこのチームは彼女に任せておけば安心ですね」

「ですねー。みんなすごくやる気になって練習していますし!」


 たぶんやる気になっているのはパイタッチが原因だろうと、船坂は内心に思った。

 俺も俺も、ご指導してくださいと言っているぐらいだから間違いない確信。


 そしてAK-47を使った歩兵の育成訓練は彼女たちに任せる事にして。

 船坂は船坂で別にやる事があった。


 実は先日、たまたま猟師が使っているという弓を彼が手に取ったところ、ソ連邦が生んだ名狙撃銃であるドラグノフへと変異したのである。


 このドラグノフ狙撃銃は、小規模な部隊に配備される選抜射手のためのセミオート狙撃銃だった。

 船坂が持っているボルトアクション狙撃銃との決定的な違いは、セミオート射撃のために、すぐさま標的に対して連射が可能な事。

 仮に射ち損じが発生してもリカバリーが容易なのだ。


「ええ、猟師のみなさんに配備するのは、このドラグノフ狙撃銃です。だいたい有効射程距離は六〇〇メートルだから……」


 五人の男女が船坂の指さした方向を向いた。

 ここから射撃練習場の向こう側にある丘、一本杉の生えた辺りに注目する。


「だいたいあの杉の木のところまで届きますが、実際に精密な射撃ができるのは丘の手前辺りです。あそこにみなさんからお譲りいただいた鍋やポットなんかが置いてあります。ちょっと射撃してみましょう」


 この五人はチルチルの村で漁師をしている若手のみなさんである。

 さり気なく船坂についてきたようじょも一緒になってフンフンと頷いていた。


「長弓を使っても、あの場所まで届かせるのは無理ですよ」

「いくら女神様の守護聖人だからって、さすがにあの鍋に命中させるのは……」


 ヒソヒソ話をやっている猟師たちを尻目に、船坂は伏せ撃ちの姿勢を取ってスコープを覗き込む。


 倍率四倍のスコープを使えば三〇〇メートル先に鍋がある事はしっかりと確認できた。

 ボトルアクションのレミントン狙撃銃と違って、このドラグノフには連射可能という強みがある。


「よし。まずはあれを……」


 引き金を一回引き絞れば、弾丸が一発射出されるのだ。

 舌なめずりをしながらゆっくりとトリガーを絞る。

 するとタアンと射撃音が響いて、わずかの間をおいて鍋に直撃する弾丸の音がこだました。


「おお、当たったぞ!」

「どういう理屈で飛び出すんだ。あの魔法の道具の中に魔法陣があるのか?」

「カタリーナさまの発明品に違いないわ!!」


 驚いている五人の若い猟師を尻目に、すぐに次のターゲットをロックオンした。

 狙うはその隣に置いてある金属ポットだ。

 ただちにトリガーを絞って射撃、立て続けにスコープをずらし、さらに隣にある鍋や金属の工芸品と打ち抜いたのだ。


 タアン! カアン!

 ダアン! ガシャアン!


「すげえぞ、弓を引き絞る様な動作がいちいち必要ないなんて」

「しかも、全部命中してるんじゃないのか?!」


 さすがにエルフ族の猟師だけはあって、視力は相当に優れているらしい。

 船坂は調子に乗って、岩の上に置かれていた金属ヘルメットに連射で命中させようとした。


 まずはガシャンと側面をかすらせる。

 すぐにもズレを修正する様に反対側の側面を。

 そして最後に立て続けに、ヘルメットの頂点に着いたトサカの装飾品を吹き飛ばす。

 トサカの根本もバアンと打ち抜いて、そのまま岩から勢いでヘルメットを射ち落として見せた。


「コウタロウさま、すごぃです!」


 若いエルフの猟師たちは口をあんぐりと開けて絶句していた。

 けれどもゴブリンようじょのユーリャだけは、手放しにそれをほめたたえてくれた。

 船坂はようじょに褒められて、嬉しい気持ちになった。

 いいね!


「ざっとこんな感じです」

「凄いなコウタロウさまは、さすが女神様の守護聖人だぜ」

「おらたちにも、あれができるだすか?」

「あたしにも、教えておくれよ!!」


 俺も俺もと車座になって船坂を囲んだ猟師たちだ。

 一緒になってユーリャも真剣な顔で話を聞いているではないか。

 かわいいね!


「わかりました、ではさっそくドラグノフ狙撃銃の使い方を改めて説明します」


 弾倉の装填方法や安全装置の説明。

 実際にドラグノフをそれぞれに配って使ってもらいながら、構え方などを全員にやってもらっていたのだが……


「こうして伏せて、脚立を立てて」

「フンフン……」

「伏せると姿勢が安定するので、命中率が飛躍的に上がる」

「コクコク……」

「この引き金は非常に軽くできているので、絞る時は異性に触れる様に、やさしくね」

「?」


 船坂の説明にアハハと笑う猟師の男女たちだ。

 実際に伏せた状態でみんなが試していたところで、突如、銃声が鳴り響いたのだ。


 ダアン! カコンっ。


「「「?!!!」」」


 ユーリャが説明されるままにドラグノフを操作したところ。

 その弾丸は見事三〇〇メートル先に転がっていたお鍋に命中したのである。

 

 ゴブリンの天才ようじょスナイパーが産まれた瞬間であった。

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