32 アブール陥落につき邪神教団対策会議を開きます

  エルフスタン王国北西部最大の都市アブール陥落の知らせは、近隣領主たちを大混乱の渦に呑み込んだ。

 これまでの邪神教団は、主に独立心が旺盛な王国南部の領主と結びついて流行の兆しを見せていたからである。

 

 しかし今回のアブール陥落は隣国との国境にほど近い北西部における交易中継都市だった。

 アブールが陥落したとなれば、王国の経済を支えている鉱物の輸出に大きな問題が発生して、王国の経営そのものに問題を発生しかねないのだ。


「地図をご覧くださいお嬢さま。現在アブールを呑み込んだ邪神教団の戦士どもは、その勢いのままに北に向けて軍勢を推し進めております」


 食堂に周辺地域の大地図を広げたシルビアは、指揮棒の様なものを手に持って美少女エルフ領主にブリーフィングを行っていた。

 アイリーンもレムリルも真剣そのものの表情で、船坂も自分が持っているジッパーロックされた地図とその内容を見比べた。


「主に邪神教団の主力となっている戦士集団はみっつ。第一梯団がそのまま北の国境線までを抑えるべく、騎兵と邪神教徒となった民衆を押し立てて前進中です。さらに第二梯団となる戦士集団が、側面から主力集団を援護する様に共同歩調を取っています」


 アブールの街はすでに邪神教徒の渦に呑み込まれた後であり、ここを拠点にしてひと息に連中は国境線を確保しようと考えているらしい。


「アイリーンお嬢さま、連中の意図は明白です。邪神教団からすれば国境さえ押さえれば、王国の経済活動を遮断する事ができます。そうなれば鉱物資源の輸出をして食料資源を輸入する事に頼っているわれらがエルフスタンは飢餓状態になってしまいます」

「そんな事をみすみす許すわけにはまいりません! わたしたちに何かできる事はないのですか?!」

「できる事、ですか。それほど多くはありません、何故なら……」


 悲壮な決意を浮かべたアイリーンに、シルビアは苦虫をかみつぶした様な顔で言葉を続ける。

 指揮棒の差した場所は、アブールからカラカリルに向かう一本の線だ。


「敵の三つの集団のうち、第三梯団となるべき狂戦士どもがカラカリルを目指しているからです」

「?!」

「はいはーい、シルビアさん。つまりやがてこちらにも攻め寄せてくる事になるんですかー?」

「そういう事になるだろうな。カラカリルから届けられた最新の知らせでは、本来この第三梯団の活動はサザーンメキ盗賊一味が受け入れ支援を行うものだったらしい」


 しかし盗賊サザーンメキの一党は、船坂とアイリーンの奮戦によって挫かれた。


「このおかげで敵の第三梯団の動きは思ったよりも緩やかです」

「ならば次に狙われるだろうカラカリルの街を守るために、わたしたちも援軍に駆けつけましょう!」

「そうですそうでーす! コウタロウさまの怒りの狙撃でギャンと言わせましょう、ギャンと!」


 けれど興奮するアイリーンとレムリルを宥める様に、指揮棒を食卓に置いた白銀の騎士は首を横に振る。

 彼女は、エルフの里における唯一の軍事専門家として、仕える領主さまに適切な助言をしなければならない。


「お嬢さま、カラカリルやラスパンチョの領主たちが付け焼刃で兵士をかき集めたところで、邪神教団の狂戦士たちの前にはあまり意味をなさないでしょう。われわれが少人数で駆け付けたとこしても多勢に無勢です」

「では近隣領主のみなさんを見殺しにしろと仰るのですか? コウタロウさまのお導きで、わたしたち四人でも盗賊一味を壊滅させたじゃないですか?!」


 そこですお嬢さま。

 ズイと身を乗り出したシルビアは、対面でぷりぷりと怒っているアイリーンに向けて言葉を畳みかけた。


「少人数でも奇襲をする事で盗賊を討伐する事ができました。これはコウタロウのもたらした武器のおかげです。この男とも話し合ったのですが、わがチルチル領内で兵士を集めて同じ様に訓練すれば、少なくともわれわれだけで援軍に行くよりも使いどころがあるはずだと、わたしは愚考する次第であります」

「た、確かに。四人であれだけの事ができたのだから、もっとその数が多ければ……」


 シルビアとアイリーンはこの様に激論を交わしていた。


「お嬢さまは領主としてまずもって自領をお守りする義務がございます」

「し、しかし王国の貴族として、王国を守る義務もありますっ」

「それで勝ち目のない戦いに挑んで犬死すれば、王国も自領も守る事ができません! だからこそ、今はまず兵士を集めて使い物にしましょう」


 船坂としてはある程度、元となる武器さえあれば現代兵器の数を揃える事は可能だ。

 訓練を徹底的にする事はこの際難しいが、数十人程度を対象にAK-47の扱い方をレクチャーする事ならば難しくはない。

 実際、アイリーンを相手にやった実績もある。


「武器はどうなのですか。からしにこふ、の数はどれぐらい?」

「武器庫にはAK-47が四〇丁ほど格納されています。弾はコウタロウが無限に増やす事ができるそうなので、補給さえ断ち切れなければいけます」

「それは頼もしいですねー。鹵獲武器があれば、もっと増やせるかもしれません!」


 アイリーンの質問にシルビアやレムリルも乗り気だ。

 そんなやり取りを見ながらずっと黙っていた船坂の足元で、ゴブリンのようじょが右に左にと首をキョロキョロさせて観察していた。


「まだあります。コウタロウによれば、くれいもあ、という凶悪な切り札兵器もあるそうです」

「くれいもあ、ですか?」

「はい。相手を引き付けておいて一網打尽にするための魔法陣の様なものだと説明を受けました。コウタロウ、数もそれそこそこに準備する事ができるのだろう?」

「ああ可能だ。今のところ朝から必死で増殖させたので、たぶん五〇個ぐらいはあるぞ」


 指向性対人地雷クレイモアは、FPSでも定番となっている仕掛け罠である。

 センサー感知で爆発させるかボタンで起動爆破させるか選択できるが、クレイモアの数を揃えれば、相手を罠に誘い込んで戦うならば圧倒的なはずだ。


「チルチル村の入口みたいな渓谷に敵を引き込めば、それこそ罠を張って待ち伏せするのならば狙撃とクレイモアで何とでもできますね。むしろ平原に出て邪神教団の大軍と戦ったら、いくら現代兵器でも物量で押し切られてしまうと思います」


 もしもエンジェルドラゴン、ガンシップの召喚にふたたび成功すれば平原でも大活躍だが、どうやったら救援要請可能なのかもわからない。

 船坂はそう考えながら堅実な作戦を仲間たちに提案した。


「エルフの里にいる猟師のみなさんを集めて、狙撃兵になってもらいましょう。それからAK-47の扱いを覚えてもらえる、村の若い男たち。前回はみなさんがブートキャンプで訓練兵をやってもらいましたが、今度は教官役になってもらいますからね。頼りにしています」

「ああっ、コウタロウさまから頼りにされてます! はいわかりましたお任せ下さいっ」


 妙なところでやる気を出したアイリーンは、船坂に向けて異世界風の敬礼をしてみせるのだった。

 右手を胸に当てて貴人に対する礼節をとるスタイルだ。

 そうすると、ドレスの胸元が抑えられて断崖絶壁がより強調された。ロッククライミングが捗りそうである。

 いいね!


     ◆


「ユーリャちゃんは、ここに詰めたものを外に出して、木箱に収めてくれるかな?」

「はぃコウタロウさま。はーしぃが一杯、ですね!」

「そうだねえ。これはチルギル村の兵隊さんに配る事になる非常食だからね」

「おいしーから、みんな喜ぶと思います」


 ゲストルーム前に並べられた木箱に、戦闘糧食のセットが放り込まれていく。

 同封されている中身の種類にもよるが、避難所の慰問で実際に食べてもらったところ、レーションはそれなりに人気があった。

 まったく使いどころがなかったのは、おそらく粉末ジュースとインスタントコーヒーの粉だろう。


 こちらは船坂が引き取って、自分でコーヒーが懐かしくなった時に呑むことにした。


「コウタロウさまー、AK-47の数を数えたら全部で四六丁ありました! M-4カービン銃は十二丁ですねっ」

「よし、AK-47だけ運び出してください。お願いします!」


 本格的な兵士の徴募と訓練を前に、洋館の人間総出で準備が行われる。

 一緒になって手伝ってくれるようじょに、アイリーンや船坂もついつい微笑を浮かべてしまい、時折側に来た時は頭を撫でてしまった。


「ユーリャちゃんの笑顔を見ていると、頑張らなくっちゃって気分になりますね。うふふっ」

「そうですね。何とか村の領内に敵を侵入させない様に頑張らなければ」

「本当は今すぐにでも救援に駆けつけたいんですけど。シルビアに無駄だと諭されたのがどうも釈然としませんが」

「今は辛抱のしどころですよ。愚痴はいくらでも俺が聞きますから」

「コウタロウさまっ……」


 ちょろちょろと走り回っていたようじょが足を止める。

 そうして船坂とアイリーンの間で、ふたつの顔を見比べるのだった。


「コウタロウさま、アイリーンさまのお耳がまっかっかー、です」

「「?!」」


 言われて船坂が観察をしてみると、美少女エルフ領主の長耳が朱色に染まっていた。

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