31 大人気! ハーシーのチョコバー

「コウタロウさま。はーしぃ、とても美味しいですっ」


 集落再建のすり合わせが終わったので、領主による慰問の時間となる。

 戦闘糧食セットコンバトレーションの中に入っているチョコレートバーを差し出してみたところ、ゴブリンようじょのユーリャは美味しそうにそれを頬張った。


「避難所の生活ではよほどひもじい思いをしたのかも知れませんね……」

「いや、そういうわけではないと思いますよ、アイリーンさん。この子の年頃は育ちだ仮だから」

「そうでしょうか」

「あっちも似た様な感じですからね……?」


 アイリーンは自分の領地経営の不味さを恥じ入っていたけれど、実際はそうではない。

 それが証拠にと船坂が指さした向こう側では、シルビアがコンバットレーションを避難民のチビエルフたちに配って、大盛況の様である。


「うめえ、うめえ」

「これは貴重な女神様の施しであるから、大事に良く味わって食べるんだぞ! わたしも我慢しているんだからっ」

「おいノッポの姉ちゃん。もっと、はーしぃ、はないのか?」

「ないっ!」


 チョコレートバーは大人気だった様だが、その他の食品はイマイチの様だ。

 ただし、レトルトパウチされたパスタの封を切って、プラスチック製のスープンを入れてモグモグやっている人物には好評だった。

 どうやら余りモノを白銀の騎士がもったいないからと食べているらしい。


「何だ貴様たち、こっちもなかなか美味しいではないか。どうして食べないんだ。ん?」

「ノッポの姉ちゃん、それどう見たって食い物に似た何かの物体であって、食い物じゃねえじゃん?!」


 ビスケットやクラッカーは直ぐに食べられるものだが、粉末ジュースやインスタントコーヒーは、異世界人には馴染みが無さ過ぎる。

 ようじょもシルビアにバッファローチキンという謎肉を勧められて食べていたが、こちらも美味しそうにしていた。


「コウタロウさま。ばっふぁろちきん、とても美味しいですっ」

「そうかよかったね」


 船坂も試しに食べてみたが、確かにこれはそこそこ美味しかった。

 バッファローと言うが、揚げた手羽先チキンの甘辛煮みたいな感じだろうか。バッファローとは何だったのか。

 そこで意を決して彼は、ようじょに口を開いた。


「ユーリャちゃんは、」

「はぃ?」

「修道院で暮らすのは大変かな? もしもユーリャちゃんさえよければなんだけれど、おじさんと一緒にこれから暮らしていく気はないかな?」


 これではまるで変態ロリコンの発言である。


「お、おかしな意味は無いからね?!」

「はぃ!」


 両親が亡くなって保護者がいなくなったようじょは、このまま先の未来は決して明るくない。

 しかもゴブリンは小作農をしているのか、それ以外は山野で蛮族のような暮らしをしているものだとエルフたちに教わった。

 偽善である事もわかった上で、それでも何かできる事は無いかと船坂は考えた。


「それはユーリャが、コウタロウさまの畑を耕せばいいということですか」

「いや、おじさんは畑は持っていないから、普通におじさんの家に来て一緒に生活をしようって事だよ」

「こ、コウタロウさまの、およめさん……」


 何かの誤解を生んでしまったのか、そんな言葉がようじょの口から零れ落ちて。

 アイリーンとシルビアが厳しい表情で船坂を睨みつけた。


「おじさんちの子になるって意味だよ!」

「……あの、いいんですか?」

「ユーリャちゃんが大人になるまで、うちにいてくれればいいからね」

「はい。ユーリャ、コウタロウさまのお役に立てるように、がんばります!」


 修道院での慰問を終えて、一行は洋館へと戻ってくる。

 今までは掘っ立て小屋の様な家でつつましい生活を送っていたようじょである。

 だから大きな石造りの洋館を見上げて、とても驚いていた。


「すごく、おおきいです!」

「ここが今日からユーリャちゃんの家になる場所だからね」

「すごく、りっぱです!」

「うふふ。遠慮せずにさあ中に入ってくださいね」


 玄関口にやってくると、お留守番をしていた狐耳メイドが出迎えてくれる。


「お帰りなさいませー、アイリーンお嬢さま。おや、こちらのかわいいレディは、どなたですか?」

「コウタロウさまがお引き取りになる事になった、ユーリャちゃんですよ」


 あらそうなんですか? なんてレムリルが少し驚いて見せる。

 するとシルビアが悪相を浮かべて「コウタロウは変態ロリコンなのだ」などと意味不明な事を言った。

 しかも船坂が否定する前に、レムリルが自己紹介をはじめてしまったではないか。


「ユーリャちゃん、はじめましてー。わたしはレムリル、このお屋敷で使用人をしているから、困ったことがあったら何でも言ってねっ?」

「はぃ、レムリルおねえちゃん」

「さあさあ、ユーリャちゃんもみなさんもお屋敷に入ってくださいね」


 こうして身寄りの無かったゴブリンのようじょは、コウタロウが引き取る事になった。


 夕飯を一緒の食べて「おいしいです!」をようじょが連発したり、大きな洋館の浴室に驚いて「おおきいです!」とようじょが興奮したり。

 着替えの服が用意できずに小柄なレムリルの寝間着を借りたが、それでも裾を引きずるほど長かった。


 夜中になってゲストルームにユーリャを迎え入れると。

 大きなダブルベッドがひとつあるだけなので、必然的にようじょと船坂は一緒に寝る事になる。


「おやすみなさぃコウタロウさま」

「ゆっくり休むんだよユーリャちゃん」

「はぃ!」


 毛布をかけてやって自らも布団に潜り込んだ船坂は、しばらくすやすやと寝息を立てているようじょを眺めてから自らも就寝した。

 しばらくして。

 どれほどの時間がたったのか、不意に彼が目を覚ますとようじょが寝ながらも涙を流していた。


「やっぱりお父さんとお母さんと離れてしまったのは寂しいよな……」


 この世界ではドラゴンの出没は、いわば台風に襲われる様なものなのかも知れない。

 それでも簡単に割り切れるものではないのは確かだ。

 優しく背中を撫でてあげながら「ひっく、ひっく」と泣いているようじょをあやす。


 やがてふたたび深い眠りについたのだろうか。

 船坂もまた意識を手放して、次に眼が覚めた時には翌朝を迎えていた。


     ◆


「コウタロウ。邪神教団がアブールという街を陥落させたという情報が、今しがた届けられた。アブールはカラカリルの街の向こう側にある領地だ」


 ようじょとふたり、洗面所で歯磨きをしていたところ。

 普段は寝起きの悪い白銀の騎士が銀髪を靡かせながらゲストルームへとやって来た。

 彼女が知らせてくれた内容に、しばし船坂は黙り込んだのだが……


「邪神教団が攻勢に?」

「ああ、周辺の領主たちは急いで農民たちから兵士を徴募する動きがある様だ。お嬢さまにもこのチルチルの村で戦士として戦える人間を集めてもらわなければならない。奴らは邪神を復活させるための生贄を手に入れたらしいぞ。それでついに動き出したと見える」

「生贄……」


 その言葉を船坂は反芻しながら、厳しい表情をしたネグリジェ姿のシルビアを見返した。

 よく見るとネグリジェはしっとり汗をかいていて、胸元がほんのり透けて見えた。


「き、貴様どこを見ているんだ?! これは真面目な話だぞ!!」


 真面目な話、陥没乳首は朝勃ちしていた。

 女性も生理現象があるのだろうか、それともこの急報に興奮を覚えたからだろうか。

 エルフの生態について、船坂は理解をひとつ深めた。

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