30 ゴブリンのようじょが現れた! 「いじわるしない…?」
厳かな雰囲気に支配された修道院の礼拝所には、多くの避難民たちが仮の生活を送っていた。
「おおお、あなた様がドラゴンを討伐してくださったのですか」
「ありがたや、ありがたや」
「わしらもこうして、命を長らえる事ができました。みんな感謝しております」
「ハハハ、どうも……」
この世界ではメジャーな女神様信仰を行っている独身の修道僧男女たちが共同生活をしている場所だけに、スペース的には十分に余裕があるらしい。
けれど避難生活も長く続けば、ドラゴン被害を受けた集落の領民たちにも疲労が溜まるのだ。
集落の長老たちに感謝されながら、船坂は愛想笑いを返すしかない。
「わたしはこれから長老たちと集落の再建について協議してきますね。コウタロウさまはその間、どうぞご自由に過ごしてくださいませ」
「俺の事は気にしないで、じっくり話し合ってきてください」
「はい。子供たちに大人気の様でよかったです。うふふ」
一礼したアイリーンは、ニッコリ笑顔を絶やさないまま長老エルフたちのところへと向かった。
確かに船坂は子供たちに大人気である。
今こそ美少女エルフ領主であるアイリーンと話をしていたので子供たちも遠慮していたが、彼女が離れたとたんにチビエルフたちが再び集まってくる。
ちなみに同じく子供に大人気の長身爆乳のシルビアは、すでにチビエルフたちに囲まれて手や足を引っ張られている有様だ。
「こ、こら。しょんなところを引っ張るんじゃない!」
「いいじゃんケチくせーなノッポ、減るもんじゃあるまいし!」
「いかんそれは武器だから、子供がさわってはいかん!」
「何だよこれ、筋肉モリモリが持ってるのと同じ武器なのかおいノッポ?」
盗賊ごっこというこの土地ではありふれた遊びに付き合わされる事になった船坂とシルビアだ。
遊んでみると船坂の知っている鬼ごっことだいたい似た様な遊びであるらしい。
盗賊に指名された子供が、他の参加している子供たちを追いかけて、人さらいにあう。
さらわれた子供は悪堕ちして、新たな盗賊となり他の子どもを追いかける。
子供がさらわれたリ、悪堕ちしたりするあたりがリアルな世相を表している。
領主や長老たちの協議が続いている間中、子供たちの相手をしていたのだが……
「どうしたコウタロウ」
「ん? あそこにいる子は、盗賊ごっこに参加していないんだな」
「ふむう、本当だな」
ふと修道院の広い礼拝所の端にちょこんとお人形を握りしめてぽつねんとしている女の子の姿があった。
ようじょである。年齢はどれぐらいだろうか、七歳か八歳か、もしかするとそれよりも年上か年下かも知れない。
だが、子供についてあまり詳しくない船坂にその判断は出来なかった。
「こら子供たち、どうしてあの子を仲間にいれてやらないのだ。みんなで盗賊ごっこをしようではないか」
見かねたシルビアがチビエルフたちにそう切り出すのだが。
「あいつかー、あいつはゴブリンだからなあ」
「ゴブリンは人間とモンスターのハーフアンドハーフだから、仲間外れなんだぜ!」
「あいつ大人しいから盗賊ごっこやってもすぐ捕まるしなー」
何とそのようじょはゴブリンの子供だったらしい。
見た目は他の人間、例えばエルフやドワーフ族と大きな違いを感じる事は無い。
エルフは特徴的な長耳を有しているが、ドワーフの大工棟梁や職人たちを見たら小柄で肉付きが良く筋肉質な雰囲気がある程度の差異だった。
船坂が近づいてみると、ゴブリンのようじょは木彫りの人形を抱きしめながら一歩後退した。
そうして怯えた顔つきで、眼を潤ませながら船坂を見上げる。
「い、いじわるしないで……」
か細い消え入りそうな声でそんな訴えを上げるようじょ。
「意地悪はしないよ」
「ほんとうに? いじわるしない……?」
「本当だよ、きみのお名前は何というのかな?」
膝を折ってしゃがみ込んだ船坂は、ちょっとだけ警戒心を解いたようじょの頭をよしよしと撫でた。
例え童貞の船坂であっても、年の離れた小さな女の子なら素直な気持ちで優しく接しられるのだ。
これが年頃の女性だとどこかに身構える部分があるが。
だが決してロリコンというわけではない。決して。
「ユーリャ……」
「お父さんとお母さんは?」
「おとうさんと、おかあさんは、いないよ」
船坂を見上げるようじょは、ふるふると顔を横に振った。
どういやら不味い事を聞いてしまったらしい。
あわてふためいて近くにいたシルビアに助けを求めたところ、
「この子の両親はドラゴン襲撃の被害にあって亡くなったそうだ」
「そ、そうか。ドラゴンの襲撃で……。ユーリャちゃん、大変だったね」
「ううん。でも、でも筋肉モリモリさまが守ってくださったから、ユーリャは助かったんだょ」
ありがとーございます、筋肉モリモリさま。
ペコリと頭を下げたようじょがあまりにも健気なものだから、たまらず筋肉モリモリマッチョマンはユーリャを抱きしめてしまった。
「筋肉モリモリさま?」
「貴様、ロリコンだったのか……?!」
「違うぞ決してそうではない。庇護欲を掻き立てられただけだ!」
「ち、近づくな。この筋肉モリモリマッチョマンの変態ロリコンめっ!」
あらぬ誤解の眼を向けられた船坂は、あわててそれを否定した。
しかし手遅れだったかもしれない、周りに集まっているチビエルフたちにまで変態、変態とはやしたてられる!
「あんたのせいで、チビたちが変態と言いはじめたじゃないか」
「事実だからな。おっとこれ以上近づくなよロリコン」
「だから違うって!」
子供は単純、いや純粋な生き物だ。
どうにか船坂が介入した事で、ゴブリンのようじょを交えてみんなで遊びはじめる。
遊んでみるとすぐにも打ち解けて、アイリーンを待つ間の時間はあっという間に過ぎたのである。
「おい、筋肉モリモリー」
「そのはーしぃのちょこばー、もっとくれよ!」
「こら、みんなで分け合って食べなさいっ」
◆
「そうだったのですか。この子のご両親はお亡くなりに」
遊び疲れたようじょは船坂の腕の中で寝入っていた。
それを見やったアイリーンは悲しい顔を浮かべながら船坂に話しかけうr。
「シルビアの話ではそういう事らしいですね。ゴブリンだからって、他の子どもたちからも仲間外れにされていたみたいです。何とか今は仲直りができて、一緒に遊んでたんですけどねえ」
「この村でもゴブリン族はあまり数が多くないですし、他の種族と違ってコミュニティーを作っていないので、立場が弱いのかも知れません」
聞けば他の種族はだいたい村のどこかに集まって共同体を作っているものらしい。
例えばレムリルの様な狐獣人たちはこの村の商いを担っているのだとか。
ドワーフならば職人集団として鍛冶場や大工などを営んでいる。
「ゴブリンはその点、小作としてあちこちの農家で働いているので四散しているのです」
「じゃあこの子の親戚とか、身寄りもここにはいないというわけか」
「はい。いたとしても、小作農は生活が苦しいので、新しく家族を迎え入れるのは厳しいかも知れません……」
孤児になってしまい行き場の無くなったユーリャ。
このまま引き取り手がなければ、しばらくは修道院で預かる事になるだろうがその先はわからない。
「女神様の信徒として修道女になるのか、あるいは労働力として街に売られていくのか。いずれにしてもこの子はまだ幼すぎるので、自分で決める事はできませんが」
「労働力として……」
「せめて成人するまでは修道院で預かってもらえるように、わたしが手配しようと思います」
悲しい表情ながらも領主としてできる事をと、アイリーンが決意の籠った口調で言った。
それまでに何かの才能をこの子が開花させれば、身売りする必要性はなくなる。それならば、
「アイリーンさん」
「はい?」
「例えば俺がこの子を引き取って、養うというのは駄目だろうか?」
「え、コウタロウさまがこの子を育てるのですか……?」
偽善なのかも知れないし、独善なのかも知れない。
しかし見てしまった以上は何かの手を差しのべるべきではないかと、船坂は思ってしまったのだ。
「まあうん育てるというか。俺も居候の身分だからあまり偉そうな事は言えないんですけどね」
「いえ、さすがコウタロウさまです! 素晴らしいお考えだと思いますっ」
「え、いいんですか?」
予想外にもアイリーンは賛成してくれる。
どうやら彼女も何とかしてやりたいという気持ちは一緒だった様だ。
身寄りのなくなったユーリャの資金的援助までは考えたが、引き取るというところまで考えは及ばなかったらしい。
「つまり女神様の守護聖人の弟子として、ユーリャちゃんをお迎えになるという事ですね?!」
弟子?!
船坂は困惑した。
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