4章 邪神の生贄 編

29 エルフの里の日常です

 ここ数日の船坂は暇を持て余していた。

 何しろ彼はエルフの里で居候をしている身分である。

 銃火器の訓練がある時は三人娘と一緒に恐怖の館へ籠ったり、射撃練習場に向かう。

 しかし彼女たちも領主家の人間なので、いつも訓練ばかりしているわけにはいかないのだ。


「アイリーンさん、ラスパンチョの領主は盗賊の残党が今にも復讐の念に燃えて襲ってくる様なことを言っていましたけど、今のところその気配もありませんね」

「はい。あれからすぐにも村の猟師の方にお願いして、領境辺りの見回りをお願いしたんですけれど、誰かよそのひとが近づいてきた気配はないみたいです」


 その日、船坂はエルフの里にあるささやかな商店街に向かうアイリーンに同行していた。

 彼女は里の中心地にある修道院に立ち寄って、ドラゴンの襲撃を受けた集落の避難民を慰問する予定になっていたのだ。

 戦闘服の装備一式にM-4カービンを背中に背負った彼は、道中そんな会話をアイリーンとした。


「こちらとしては別に攻めてこられない方がいいのだが、警備責任者としては来るのか来ないのか、ハッキリしてもらいたいものだ。ねえ、お嬢さま!」

「うふふ。せっかく恐怖の館で訓練に励んだのだから、シルビアは早く腕試しをしたいのですね?」

「そんな事はありませんお嬢さま! わたしはこれでもレディーですから、シックでお淑やかで控えめを心がけているのです!」


 警護役として付いてきた白銀の騎士シルビアは、美少女エルフの領主が口にした言葉に過剰反応しながら、わたわたとした。

 すると激しく暴力的に爆乳が暴れるのである。まがりなりにもシルビアの胸は控えめとはいいがたい。


 彼女は訓練か戦闘の最中は戦闘服の上衣を身に着けていたが、普段は女騎士の正装である甲冑を装備している。

 ただこれまでと違って、その背中にはM-4カービン銃かお気に入りのモスバーグ散弾銃のどちらかを背負っているだけだ。

 今日のシルビアはどうやらモスバーグの気分だったらしく、銀に輝く甲冑に散弾銃という場違いな組み合わせである。


「しかしサザーンメキの賞金首のおかげで、思いがけず大金を手に入れる事ができました。これから里の大工さんたちに掛け合って、集落の再建を急いでもらおうと思います」

「避難民のひとたちは、とりあえず修道院で生活しているでしたっけ?」

「はい。この村で唯一たくさんのひとを収容できる場所が、教会堂か修道院しかなかったものですから」


 この里で厄介になる様になってしばらく経つが、船坂が改めて里をゆっくりと見て回るのはこれがはじめてだった。


「すいません、わざわざついて来て下さって」

「まあ俺は暇人だから、いくらでも呼ばれればお付き合いしますよ」

「きっと避難されているみなさんも女神様の守護聖人であるコウタロウさまが顔を出してくだされば、元気になると思うのです」

「フン、ドラゴンをどうやって倒したのか知らないが、貴様はこの里の英雄らしいからな。ガキどもに人気があるらしいぞ」


 すると長身爆乳の女騎士が、船坂の肩に腕を回して絡みついてくる。


「ふふふ。シルビアはあんなことを言ってますけれど、本当は人気が奪われて悔しいのですよ」

「しょしょ、しょんな事はありませんアイリーンお嬢さまっ」


 あわててシルビアは船坂の肩から腕を放してジタバタした。

 激しく腕を振り回したぶんだけ爆乳が暴れ回り、船坂は咄嗟に視線を外す。

 ガン見でもしようものなら、シルビアに「筋肉モリモリマッチョマンの変態」とまた言われるし、アイリーンに悲しい視線を向けられる。


 いや時すでに遅しだったらしい。

 アイリーンは自分とシルビアの胸を見比べた後に、自分の胸元をスカスカとやって肩を落とした。

 触らぬ神に祟りなし。

 船坂は見て見ぬふりをして先を急ぐ事にした。


 里の中心地までやって来ると日用雑貨を売る店があり、鍛冶場の様な建物があり。

 いくつかの店舗を通り過ぎたところで、元気のいいおばちゃんの声が店先から飛んでくるではないか。


「あらアイリーンお嬢さま。今日は公務でふもとまで降りて来たのかい?」

「はい。大工の棟梁さんと話し合いをした後に、修道院まで顔を出す予定でいます」

「近頃ドラゴンやら盗賊やらと、この辺り一帯も物騒になって大変だねえ。早く被害を受けた集落のみんなも、家が修復できるといいさね」

「そうですね。レムリルもよく頑張ってくれているので、みなさんの期待に応えないといけません」


 元気のいいおばちゃんの頭には、果たしてけもみみがあった。

 フサフサの尻尾があるところを見ると、レムリルとは同族の人間らしい。


「あれはレムリルの母親でヨボリルというばあさんだ。レムリルは八人兄妹の末の娘で、生活が苦しいから領主館に奉公に出されたというわけさ」

「ほう、だからどこか面影が似ていたのか。耳の付け根辺りがそっくりだ」

「貴様もばあさんには気を付けろ。あのばあさんは大変な世話好きだから、放っておくとすぐに縁談話を持ってくるからな」


 わたしもさんざん、里のヒトやドワーフの職人と結婚しろとヤイヤイ言われている。

 声をすぼめたシルビアは、そんな説明をしながら船坂に身を寄せた。


「ここはエルフの里なのに、狐獣人以外にもドワーフやヒトなんかもいるのか」

「この国の半数はエルフ族の部族が生活をしているが、残りの半分はヒトや獣人やドワーフだ。もっも獣人は所属ごとに人里離れた場所で狩猟採集の生活をしているか、あちこち集落で小作をやっているがな」

「国際色豊かだな」


 商人になる事が多い狐獣人の他に、ヒトやドワーフは職人として雇われて、エルフの里にも少人数ながら生活をしているらしい。

 その他の人種も、さまざまなひとびとがこの里でも生活をしていると知って船坂は驚いた。


「確かに見てみれば、何獣人か一見するとわからないひとが通りを歩いている」

「あれは熊獣人であっちは猫獣人だな。まあ周りの集落に行けば、いるのはエルフとドワーフばかりだ。ヒトの大半は隣の国に住んでいる」


 そんな説明を受けている間に、アイリーンとレムリルの母親は挨拶を済ませたらしい。

 ではいってきますと美少女領主が頭を下げた処で、ヨボリルおばさんは船坂を発見した。


「もしかしてあんたがドラゴン退治をしたという男かい」

「あっ俺?」

「ほかに男がどこにいるのさ。あんただろ? レムリルの言っていた女神様の守護聖人というのは」

「た、確かにアイリーンさんにはそう呼ばれていますが……」


 訳知り顔で近づいてきたヨボリルおばさんは、ニッコリ笑ってバシバシと船坂の背中を叩いた。


「あんたぐらいの活躍した男なら、嫁の貰い手はたくさんいるよ! いつでも世話をしてあげるから結婚したくなったら言っておくれっ」

「そ、それはいけませんヨボリルさんっ。コウタロウさまは女神様の守護聖人なので、つり合いという者がありますから!」


 聞いていたアイリーンがあわててその間に入ったので中断されてしまった。

 放っておけば縁談話が次々に発展していたかもしれない。

 それはそれで女性となかなか縁の無かった船坂にはある意味で有難かったのだが、その可能性は美少女エルフ領主によって事前に潰されてしまったのだ。


「と、とにかく大工の棟梁さんのところへ急ぎましょう。待たせると悪いですのでっ」

「はっはい。ヨボリルさん失礼します……」

「あっはっは、アイリーンお嬢さまもいつでもあたしを頼ってくれていいからね! 待ってるよ!」

「お待ちにならなくて結構ですからっ」


 そういう次第で狐耳おばさんからあわてて逃げ出した一行は、ようやく最初の目的の大工の棟梁宅を訪ねた後、避難民の集まっている修道院へ到着した。

 礼拝所の中に足を踏み入れると、遊びまわってる元気な盛りのチビエルフたちが視線を向けてくる。


「あっ、ご領主さまだー。こんにちはご領主さまーっ」

「あっちにノッポの姉ちゃんがいるぞ。おーいノッポの姉ちゃん盗賊ごっこしようぜ!」

「おい、変な筋肉モリモリマッチョマンがいるぞ。あいつドラゴン倒したマッチョマンだ!!」


 避難所生活でも、子供たちは元気にしているらしい。

 つられて笑顔を浮かべながら互いに顔を見合わせる船坂とアイリーン。


「村の子供たちが笑顔でいられるのも、コウタロウさまのおかげですよ」

「俺のおかげというか、ゲームチートのおかげですね。特に俺は何をする間もなくガンシップが倒してくれましたし」

「それでも、そこにコウタロウさまがいたからこそです。さ、みなさんに改めてコウタロウさまをご紹介しますので、どうぞ中へお入りになってください」


 ステンドグラスから差し込む陽光に照らされて。

 振り返りながら招き入れるアイリーンの笑顔が船坂の瞳に眩しく映った。

 ははは。美少女エルフは大正義だ。

 船坂は確信した。


「おーい、筋肉モリモリ。盗賊ごっこしようぜ~」

「貴様ガキどもに人気だな」

「あんたのせいで、変な仇名が広がってるんだよ?!」

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