28 恐怖の館(完成)
ラスパンチョの村外れにある修道院跡地をアジトにしていた盗賊一味は、頭目サザーンメキが討ち取られてから散り散りになっていた。
本拠のアジトの他には方々の村やカラカリルの街にある繁華街でヒッソリと隠れていた残党も、各地の領主たちが取締りを実施したとかで、居場所を失われたのだ。
「サザーンメキの親爺だけじゃねぇ。ガルシアの兄貴やボンゴレビンゴの兄貴も捕まるか殺されるかした。もう俺たちはおしまいだ!」
当局の取り締まりから辛くも逃走した残党たちは、復讐の念に燃えていた。
「どうするんでさ、イヌマの兄貴?!」
「このままタダじゃおかねえ、親爺や兄貴たちの仇は必ずとらせてもらうぜ!」
「兄貴、どこまでもついていきますぜ!」
「おう!!!」
残党たちは躍起になって頭目を打ち取った仇を探しはじめる。
だがその情報は直ぐにも手に入った。
街の噂では賞金首の受け取り人は、チルチル村の領主だという。
チルチルの村はつい先日、ドラゴンの襲撃を受けた情報を聞いてサザーンメキ一味が悪党働きを計画していた場所だ。
「以前、カラカリルで兄貴に聞いた話だと、チルチルの斥候に向かったチームが全滅したというぞ」
「どういう事ですかイヌマの兄貴、まさか村を襲ったドラゴンに返り討ちにされたとか」
「わからんが、やったのはチルチルむらの領主だという話だ」
チルチルの村を治めているのは、確か数年前に代替わりしたばかりの若いエルフ娘だったはずだ。
エルフスタンに数多くいるエルフの中でもとりたてて大きな部族というわけでもない。
それなのに仲間がアッサリと撃退されたり討伐されたのは原因不明だ。
「別の噂では連中の中に筋肉ダルマの化け物がいたとの事ですぜ、きっとこいつが要注意人物だ」
「面白え、もしも捕まえる事ができたら斬り刻んで邪神様の生贄にしてくれるぞ」
「「「邪神様は偉大なり! 邪神様は偉大なり!」
彼らは血気盛んに邪神への誓いを立ててチルチルの村を目指した。
残党どもの総数は全部で十数人といったところだ。
かつては二〇〇人をも抱える大盗賊団だった事を考えれば、今は見る影もないほど目減りしている。
あれだけ悪党働きをしても見て見ぬふりをしていた領主たちが、今は勢いを盛り返した。
ここで盗賊団は不滅だと示さない限りは、彼らも盗賊としての立場が無いのだ。
「親爺の仇をとって、何れイヌマ盗賊団を組織して邪神様のありがたい教えを布教させてやる」
イヌマという男は思考する。
親爺や兄貴たちは恐らく相手は若いエルフ娘の領主と侮って返り討ちにあった。
ならばこちらも最大限の準備を怠らなければいいのだ。
チルチルの村へ差しかかる前にイヌマという男は仲間を集めた。
「どうするんですか兄貴」
「チルチル村の地図を持ってこい」
「へい」
「村に向かおうとすれば、切り立った山の間に走っている街道を通るしかねえ。斥候に出たガルビンの兄貴は、たぶんこの谷間で待ち伏せをくらったはずだ」
地図を見ていればわかる事もある。
馬鹿正直に街道沿いに村に向かえば、敵に発見される可能性がある。
しかし尾根を抜けて領内に入ったのであれば、村の人間に発見される可能性は低下する。
「ここで馬を捨てて山に入るぞ」
「馬を捨てるんですか?!」
「まさか連中も山を越えて領内に入って来るとは思わねえだろう」
「さすが兄貴です! それは俺も考えないぜ」
軽装の盗賊集団にとって山野を走破するのはいつもの事だ。
相手が思いもよらない場所から奇襲をかけて来れば、対処に手間取る。
そこをついて悪党働きをすればいい。
「村外れにはだいたい猟師や木こりの山小屋などもあるだろう。そこを拠点にして集落を荒らしまわってやる。馬鹿みたいに山の中に討伐隊が出て来れば、こちらの思うつぼだ」
どこの村にも警備を担当する騎士のひとりやふたりは仕えているだろう。
だが馬に乗った騎士も林の中では恐れる事はない。
ヒイヒイ言いながら尾根を越えつつ、イヌマは勝利する未来を予感した。
「兄貴、もうすぐチルチルの領境を超えますぜ」
「ちっぽけなこうして村を見下ろせば、ちっぽけな村だな。ドラゴンに襲われたというが、きっと被害がたいした事が無かったので兄貴たちは待ち伏せを喰らったに違いない」
山の傾斜は分水嶺を超えてしまうと、その反対側は一気に緩やかになった。
そのまま林の中をモンスターの存在に警戒しながら下っていくと、林の切れ目から屋敷の様なものが見える。
「ひと気も無い場所に、おあつらえむきの放逐された屋敷がありますぜ」
「周りも木々に囲まれているので、近くの集落から視界も遮断されているか。よし、あそこをねぐらにして村の様子を探るぞ!」
「へい兄貴、お前たちもう少しの辛抱だ!」
昼間のうちによそ者がウロついていれば問題だ。
太陽が陰ってから里の方や集落の様子を探るのがいい。
エルフスタンでは王国の少数派にあたる蛮族エルフや獣人が犯罪者に身を落とす。
必然的に、暗がりの中で活動するのはそんな盗賊たちにとっても手慣れたものである。
「煮炊きをする煙も煙突からは出ていませんぜ、やはり人間が住んでいる気配はありやせん」
「よし、念のために裏口から入るか。お前たちは周辺警戒を、残りは俺についてこい」
「「「へい兄貴!」」」
近づいてみれば、屋敷は十数人がしばらくねぐらにするのに十分な広さがあった。
そろそろ陽が陰る頃合いだったので、村の中に侵入するタイミングもちょうどよかったのである。
裏口に近づいたイヌマたちは、そこから扉を開いて中を覗き込んだ。
内部は埃っぽく薄暗い印象だったが、そんな事も気にせずゾロゾロと中へ入る。
見張りを残して全員が中に入ったところで事件は起きた。
「暗くて何も見えないじゃないか」
「おい、だれか発光魔法を使え」
「気を付けろよ。どうやらネズミの類が屋敷に住み着いているらしい。奥の方でゴソゴソと音が聞こえるぞ」
そんなやり取りをしたところで、盗賊のひとりが発光魔法を使った。
すると裏口から炊事場、その先を抜けた食堂辺りの場所に、フラフラと揺れている人影の様なものが見えたのだ。
「あ、兄貴、その先に何かいやすぜ?!」
「馬鹿野郎、どうせネズミかタヌキの中までも住み着いているんだ。行って追い払ってこ……」
騒がしい手下をなだめる様に発光魔法を声のした方に向けるイヌマだ。
するとそこに存在したのは、この世のものとも思えないフレッシュミート・デス・ヒューマノイドだった。
「ありゃなんだ?!」
「ゾンビだ、ゾンビがいやがった。神様っ」
「ぎゃあああああ、こっちは骸骨がいやしたぜ?!」
でたああああああ!!!
男たちは大混乱になりながら発狂した。
その泣き叫ぶ声をきっかけにして、屋敷中から双頭狼やスライム、ゾンビや骸骨戦士たちが集まってくる。
「何が起きたんだ、おい中の様子を」
「化け物だ、化け物がこの屋敷に住み着いているぞ。助けてくれ?!」
「どうなってんだほぎゃああああああ!!!」
こうして恐怖の館に足を踏み入れた男たちと、外で待機した仲間たちを取り込んで。
ゾンビや骸骨に襲われた盗賊たちは大混乱に陥る。
そしてしまいには同士討ちまではじめて、最後は全滅した。
恐怖の館は新しい新鮮なターゲットを大量に補充したのである。
◆
翌日の事である。
「か、カタリーナさん。何か昨日よりターゲットの数が増えてませんかね?」
「おかしいですわね。ゾンビの補充は入れた覚えがありませんのに」
「何か血色もいいし、今にも行き返りそうなのが何体かいるんですけど……」
首をかしげるアイリーンの叔母と、訓練のために集まって来た四人は顔を見合わせて不思議がった。
「気のせいですわよきっと。今は春だから気候がいいので、保存状態がよろしいのでしょう。おーっほっほっほ!」
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