27 復讐に燃える残党の噂

 数日の間、四人は恐怖の館に籠って反復練習を繰り返した。


 最初の内は訓練施設内部の敵を確実に倒す事を目標に、連携を確認しながら行う。

 それからある程度慣れて来はじめると、効率の良い武器の使い方を模索する。

 狭い部屋ではP220拳銃を使い、咄嗟戦闘が予想される場所ではモスバーグ散弾銃を使う。


「今度はレムリルがモスバーグを使ってみてくれ。全員がどのポジションでもこなせる方がいいからな」


 シルビアはモスバーグが船坂から自分に託された武器だと思っている節があった。

 この時も彼がレムリルにそう指示すると、露骨に嫌そうな顔をしてみせるではないか。


「ひとつしかない貴重品だ、大切に扱えよ」

「わかりましたー。これって反動が結構凄いんですよね?」

「そんなものは力でしっかり押さえつければ問題ないッ」


 自慢のモスバーグを侮辱されたと感じたのか、白銀の騎士はぷりぷりと怒り出して狐耳メイドにおかしな説明をする。

 実際にどんな具合なのかを船坂が借りてみると、不思議と彼の体は正しい構え方が出来る。


「ここをこうやって、しかっかり当てる様にやれば、反動は少しでも抑えられるはずだ」

「なるほどですー。ああん、この姿勢を維持するのって大変~」


 しっかり銃床を肩に当てる。

 けれど、当たっているのはそこだけではない。

 レムリルのロリ巨乳が指導する船坂の腕にも軽く触れて、当ててんだよ言わせんなとばかり上目遣いをされると彼の口が歪んだ。

 不快によるのではなく、ラッキースケベを誤魔化すそれだ。


「まじめにやりなさいレムリル」

「はーい、しっかり構えますねー」


 こんな風に全員で散弾銃や拳銃も交えたアタックを何度も繰り返す事で、徐々に効率と制圧にかかる時間が短縮していくのだが、トラブルもあった。


「ひいい、双頭狼が来ました!」

「くそ、何でトイレの中にいたんだ畜生?!」

「あっ痛い」

「このやろ、死ね死ね!!」


 特殊部隊が利用する本来の館がどうなのかはわからないが、普通に考えれば訓練施設のターゲットは襲ってくるものではない。

 しかしここは異世界であり、カタリーナ婦人が用意したターゲットは一部本物のモンスターである。

 当然、新鮮ピチピチなので攻撃してくるわけだから、攻撃されれば怪我をする。


 トイレの中を確認しようとしたアイリーンが、不意をつれて双頭狼に襲われるというアクシデントも発生した事があった。

 急いで援護についていたシルビアが反撃に出たものの、この手のターゲット相手のトラブルは何度かあったのも事実だ。


「カタリーナさま。最初の内は抵抗しないターゲットで練習した方がよりとわたしは思うのだが……」

「まさか白銀の騎士の二つ名を持つシルビアが臆したんですの? この程度の抵抗は、抵抗のうちに入りませんのよ、牙もぬいてある事ですし」

「しかし、アイリーンお嬢さまが怪我をしたのでは本末転倒ではありませんか」

「アイリーンさんは怪我をしても聖なる癒しの魔法で治療できるのですから、この程度の事は気にするだけ無駄ですわよ。おーっほっほっほ!」


 攻撃してくるターゲットについてシルビアは抗議をしたものの、訓練を見守っていたカタリーナはあまり相手にはしなかった。

 実際、船坂もこの点については改善要求を出してはいたが、大きな怪我は確かに起きない様にカタリーナも配慮をしてくれていた。

 その時もアイリーンが怪我をしたのは、双頭狼に噛みつかれた直接の傷より、尻もちをついて逃げるときにできた擦り傷の方が酷かったぐらいである。


「大丈夫ですかアイリーンさん」

「これしきの傷は何の問題もありません。お恥ずかしいところを見せてしまいました」


 そしてさすがはファンタジー、アイリーンが使える聖なる癒しの魔法を使えば、問題なくこの程度の傷は治せてしまうらしい。


「そ、そうか。訓練内容が厳しいと感じたら、みんなも俺に言ってくれ。カタリーナさんに改めて改善要求を出すからな」

「緊張感を持って訓練をした方が効率よく体で学ぶ事ができますので、お気遣い入りません!」

「お嬢さまが問題ないと言っているんだから、大丈夫ですよー。これも盗賊が攻めてきた時のためですからっ」

「ふん。わたしは誇り高き武人だからな。筋肉モリモリマッチョマンの変態にできる事はわたしにだってできる!」


 変態じゃないよ!

 口々にやる気を見せる彼女たちに、船坂も一応は納得して訓練再開だ。

 こうして当初はもっとも全員が苦手としていた対スライムの戦闘も、どうにか短時間のうちに制圧できる手法を身に着ける事ができた。

 ジェル状のヌメヌメしたスライムの対象法は、その内部にあるスライムコアという核を破壊してしまえば沈黙するのだ。

 散弾銃を使ってだいたいの位置に攻撃をすれば、数発で倒せるのである。


「ふう、みんなお疲れさん。今日の練習はこれぐらいにして帰りましょう」


 連日の訓練で近接訓練もようやく三人娘も馴れてきた。

 船坂はたまには早めに切り上げてゆっくりしてもらおうとそう提案したのだが、


「わかりましたー。それじゃあお風呂を沸かさないといけませんね。みんなで入りましょう、みんなで」

「コウタロウは駄目だからな。コウタロウはひとりで入れ」

「のけものにする様な発言は感心できません」

「しかしこの男はけだものですからね。一緒に入るのは言語道断だ! なあ変態?」


 変態じゃねえ!

 船坂は内心で抗議したが、さすがにお風呂をのけものにしないでくださいとは口にしなかった。

 言えばもしかすると一緒にお入りくださいと言い出しかねないのがアイリーンだ。

 たぶんレムリルもあまり気にするタイプではないだろう。


 しかしそれではシルビアに殺されかねないので、心の要求は心の中だけに押しとどめておいた。

 そうしてエルフの里の丘にある洋館に戻って来たところで、村の外から尋ね人がやってきたのである。


     ◆


「先日の約束通り、サザーンメキ討伐の報奨金をカラカリルの街で受け取ってまいりましたぞ。どうぞお納めください」

「まあ、こんなにも!」


 応接室に通されたのはラスパンチョ村の領主だった。

 彼はカラカリルに立ち寄って盗賊討伐の事務的手続きを完了させたのち、護衛の騎士を連れてエルフの里まで訪ねてきたのである。


「金貨は全部で二三枚。ずいぶんと大金がサザーンメキの賞金首にかけられていたんですね」

「相手は二〇〇人からなる盗賊団を率いる稀代の悪党ですからな。宗教上の理由で酒こそ口にはしておりませんでしたが、それ以外の悪事には色々と手を染めておりました」


 モンスターを街や村に引き込んだり、女をさらったり、酒はやらないがご禁制のポーションに手を出したりと、悪事を並べればいくらでもある。

 最終的には盗賊団を軍隊に組織して、どこかの村を襲って占領する計画まで立てていた事が後々になって発覚したそうだ。


「今、カラカリルの村では騎士が率いる衛兵によって繁華裏の一斉取り締まりが行われておりましてな。それに関連して数々の罪状が並べられているところですわい」

「それは恐ろしいですね。このチルチルの村は警備も手薄ですし、一斉に襲われていれば抵抗するのは難しかったかもしれません」


 そんな言葉をアイリーンの隣に座って聞いていた船坂である。

 もしもサザーメキの盗賊一味が、最初から全力でエルフの里へ襲撃を賭けていた場合。

 どうなっていたかを想像すると恐怖そのものだった。


 早期発見が可能だった場合、恐らくは盗賊一味の斥候を排除した時の様に村の入口にある渓谷で待ち構える事になったはずだ。

 しかし里の外れの射撃練習場や恐怖の館で訓練を重ねたとは言え、船坂たちは四人だ。


「こちらも女神様の守護聖人であるコウタロウさま以外は、シルビアしか頼りになる者はおりません」

「そんな事は無いでしょう。アイリーンどのも討伐の際は活躍なさったとか。しかし村の領主同士、これからは連絡を密にしなければならん」

「はい。ごもっともです」


 アイリーンとラスパンチョ領主が支配者同士の会話をしているところに「失礼しますー」とレムリルがお茶を運んできた。

 よく見ればラスパンチョ領主の背後で、お互いに騎士同士でシルビアも情報交換をしているらしい。

 ちょうど拳銃に興味を持ったラスパンチョの騎士に、これこれこういうものだと手に持ってシルビアがP220の説明をしているところだった。


「街で仕入れた情報なのだが、ひとつ不穏な話がありましてな」

「どういったお話でしょうか?」

「サザーンメキ盗賊団の生き残った残党どもが、復讐のためにこの村に襲撃する計画を立てているらしですな」

「ほ、本当ですか?!」


 ラスパンチョ領主の言葉に、たまらず船坂が反応をしてしまった。

 もしかすると盗賊討伐でやり過ぎてしまったために、相当の恨みを買ってしまったのではないか。


「二〇〇人からなる盗賊団も、残った連中は四分の一いかじゃろう。しかし攻撃を受けた場合は無視できない数字だ。それをお伝えしておかねばと思っておりましたんじゃ」


 もう少しやり方があったのかも知れないと彼が苦い顔をしたところで、意外にもアイリーンが真面目な顔で返事をした。


「そういう事態になる事はわたしも覚悟しておりました。でも大丈夫です」

「なんと頼もしい。何か計画でもあるんですかな?」

「そのための訓練を、コウタロウさまにご指導いただいておりました。今ならサザーンメキ一味の討伐の際よりも、手際よく相手を殲滅する事ができると思います!」


 物騒な物言いを口にしながら、ついでにライフルを構える様な仕草でアイリーンが返事をする。


「なるほど訓練をのう」

「はい、この里に向かう途中で渓谷を抜けたところに、お屋敷があったのをお見かけになりませんでしたか」

「まわりに集落の無い場所に、ぽっつり立っていた洋館の事ですかな」

「はいそれです。恐怖の館というのですが、そこで訓練に励んでおりました!」

「……恐怖の館。それはまた恐ろしい響きの建物だ」


 恐怖の館がどういうものなのかについて船坂が説明をしたり、アイリーンがなかなか苦戦している現状を説明したり。

 なかなか現代兵器の説明をするのは難しかったが、シルビアやラスパンチョの騎士なども交えて訓練の模様を語ったり意見交換をしたりしたところで、お帰りの時間になった。


「くれぐれも気を付けて下されてと諭しに来たつもりじゃったが、取り越し苦労だった様ですなあ。いや実に女神様の守護聖人どのは頼もしい」

「はい、これもコウタロウさまのおかげですっ」


 アイリーンが素直にそう返事をするものだから、船坂は所在なげに明後日の方向を向いた。

 あまり聞き耳を立てたりガン見するのはおかしいからだ。

 しかし最後に領主ふたりがやり取りした内容は聞き逃さなかった。


「よい婿殿をお見つけになられましたな、アイリーンどの」

「ま、まだその様な関係には至っていないのですが、何れ必ずっ」

「それは頑張りめされい」

「おほほほっ」


 笑い方など、確かにアイリーンはカタリーナ婦人の姪御である。

 船坂はその時確信した。

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