25 恐怖の館

「だいたいこんな感じの訓練施設を作ろうと考えているのですが、出来ますかね?」


 恐怖の館の趣旨をカタリーナ婦人に軽く説明してみせた船坂である。

 するとレムリルに持たせていた鞄の様なものから筆記具とボードを取り出して、ご婦人はふんふんと頷きながらメモを熱心に取り始める。


「要はターゲットをこの屋敷の中に設置して、訓練施設の体裁を整えればいいのですのね?」

「まあそんな感じです……」

「ならばすぐにも用意をいたしますわ。おまかせくださって結構ですのよ?」

「よろしくおねがいします」


 船坂が頭を下げると、


「ひと晩くだされば明日にはもう完成ですのよ、おーっほっほっほ!」

「「「ひと晩?!」」」


 大言壮語というわけではないのだろう。

 さも自信ありげに高笑いをしてみせたカタリーナ婦人は、ボードのメモ書きをしまいながらそう宣言してみせたのだ。


 ここは魔法も存在するファンタジー世界である。

 本人の紹介をアイリーンに聞いた時も魔法使いだと言っていたし、船坂は魔法装置の様なものでターゲット版が立脚する装置でも屋敷のあちこちに設置するのだろうかと想像した。

 そのくらいの事であればひと晩のうちに設置する事は可能かもしれない。


「ところでコウタロウさまは女神様の守護聖人とお伺いしましたけれども?」

「はいえっと、それが何か……」


 ふと船坂に流し目を送ってくるカタリーナ婦人である。

 すると船坂の代わりに胡乱な眼をしたアイリーンが返事をしたのだが。


「女神様がいかに慈悲深く、大地の民を愛しておられるかについて。今夜ゆっくりと語り合いたいなと思っておりますの。今晩お暇かしら?」

「コウタロウさまはカタリーナお姉さまと違って暇ではないのです! お姉さまは恐怖の館の事に集中なさってください、どうぞ!」


 叔母の言葉に突如素っ頓狂な声音を上げてアイリーンが返事をした。

 船坂は当然その豹変ぶりに驚いたが、レムリルとシルビアは苦笑いを浮かべたりげんなりした顔ををしている。

 どうやらまたいつもの病気がはじまったとシルビアが呟いた辺り、毎度の事なのかも知れない。


「お姉さまはいつもそうです。コウタロウさまはわたしの大切なお客さまなんですから、おかしな悪い虫がつく様なマネは見過ごせません!」

「わるいむし」

「そうです! お姉さまはすぐに若い男と見れば食指を伸ばして、ディナーにお誘いになられるんですよ」


 年齢不詳の年増美人にディーナーへ誘われる。

 船坂はそんな経験をした事が無い童貞なのでドギマギした。


「そうして朝になると、」

「朝になると、」

「お姉さまはいつも大泣きしてわたしのところにやってくるのです!」


 いったいふたりきりの晩餐会の最中に何が起こったのか……

 美少女エルフに追い返された年増エルフの背中を遠くに見やりながら、船坂は内心に恐怖した。


「カタリーナさまは、この村の口さがない連中は飢えた狼と仇名しているからな」

「お嬢さま育ちの叔母は、我慢と言う言葉を知らないのですコウタロウさま。だからできるだけ近づいてはいけません。近付けば食べられてしまいますよ!」


 そんな事を口々に言うシルビアとアイリーンに、船坂はレムリルに振り返って質問した。


「それは本当の事かね」

「本当の事ですねー。カタリーナさまはチルチルの魔女とも言われています」


 魔女で熟女で植えた狼。

 想像するだけで恐ろしい妄想が脳裏に広がった船坂は、背筋をぞっとさせながら身震いした。

 植えた狼の前に童貞などは純真無垢の羊も同然なのだ。


     ◆


 夜が明けて朝食を済ませ。


 船坂はしばらく新しく手に入った人数分のM-4カービンの弾薬を調達する作業をやっていた。

 オリジナルである自分の装備している防弾ベストからせっせと弾倉を取り出す。

 しばらくすると無限に増え続ける弾倉が復活するので、それをマガジンポーチから引っ張り出す。

 都合、数十回ばかりこれを繰り返すと、大量のマガジンが木箱の中を満たす事になった。


「ふう、こんなもんでいいか」

「あまり大箱の中に詰め込んでしまうと、くぬっ、重たくて運ぶのが大変だなっ」

「だから小さな木箱を用意してもらったんだけどね」


 手押し車に木箱を運んでいるシルビアが、重たそうに悲鳴を上げていた。

 声は悲鳴であるけれど、船坂が見れば意外に平気そうに運んでいる様にも見える。

 女子力アピールをしても、木箱をふたつも同時に運んでいる時点で原点だ。


「ついでにわたしのモスバーグの弾も用意してくれるか」

「散弾銃のショットシェルだな、こっちはひとり用だから数もそれほどいらないだろう」


 腰に手を当ててふうとやっていたシルビアが、武器庫の壁に立てかけてあるモスバーグM500散弾銃に視線を向けてそう言った。

 わたしの、を強調するあたり、すでに自分専用の武器だと思い込んでいるらしい。


 そんな事をしながら午前中を過ごしていたところ、レムリルが洋館の方からやって来るではないか。


「コウタロウさまー。カタリーナさまがお見えになられました、恐怖の館が完成した様ですよー!」

「むっ。カタリーナさまはひと晩で用意すると言っていたが、本当にできたのか?」

「それを見てほしいそうなので、お屋敷の方でカタリーナさまがお待ちなのですよー」


 お互いに顔を見合わせた船坂とシルビアは、作業を一旦中断する事にした。

 厳重に武器庫の魔法ロックをかけた後に、洋館へ向かうと、


「おーっほっほっほ! ご注文通りの恐怖の館が完成いたしましたのよっ。ターゲットの数は全部で四種類、とれたて新鮮のピチピチから、何度でも再生利用できるものまでございますわ」

「……とれたて新鮮ですか?」


 何だか嫌な予感がするフレーズに、アイリーンが眉間にしわを寄せながら呟いた。

 そうして船坂に助けを求める様な視線を向けてくるではないか。


「とにかくまずはご覧になっていただき、問題点があれば改善いたしますのよ。ものは試しと言うではありませんこと?」

「確かにまずは見てみましょう」


 そういうところで四人が恐怖の館に向かう事になった。

 武器を使って実際に訓練施設を試すのであればと、さっそく戦闘服に装備一式を揃えて里の外れを目指したのだが。


「ところでものは試しついでに、コウタロウさまとふたりきりで今晩ご夕食など一緒に……」

「ダメです!」

「どうしてアイリーンさんが拒否なさいますの?! わたくしはコウタロウさまとっ」

「ダメですダメー!」


 そんなやり取りが先を行くふたりのエルフから聞こえてきたが、レムリルもシルビアも知らん顔。

 船坂は聞こえないふりをした。


     ◆


 恐怖の館は、果たして恐怖の館そのものであった。

 骸骨に何かの魔法核か何かを仕込んだターゲットが、古びた屋敷の中をさ迷っている。

 あるいはどこからどう見てもモンスターの絶叫としか思えないものがが、部屋のどこかから聞こえてくるではないか。


「とれたて新鮮……」

「再生利用可能なターゲット……」


 少しだけ玄関口から扉を覗き見したシルビアとレムリルは、すぐにも扉を閉じて見なかったことにした。


「このカターリナが自信を持ってお送りする最高の出来栄えですわ。それでも何が問題があればヒアリングをいたしますのよ。おほほ、おーっほっほ!」


 どこかでカタリーナ婦人と意思疎通に失敗して齟齬が発生したのかも知れない。


「コウタロウさま、これが恐怖の館というものなのでしょうか?」

「ある意味、恐怖の館だね」


 全員が屋敷の入口でM-4カービンに弾薬を装填しながら息を呑んだ。

 とにかくまずは使ってみない事には、カタリーナ婦人に改善要求を出す事ができないのである。


「よし、じゃあ俺の合図で玄関口から突入だ」

「わかりましたっ。全部の部屋にあるターゲットを倒したら完了ですね?」

「施設の踏破が完了したら二階の窓からカタリーナさまに手を振りますねー」

「全員素早くターゲットを発見して射撃、狭い部屋での戦闘なのでお互いに声を掛け合いながらいくぞコウタロウ」

 

 最終確認を行った後に全員が玄関口の扉周辺に集まった。

 そしてカタリーナ婦人がそれを見送る。


「さあみなさん、恐怖の館をさっそく堪能してくださいましな!」


 おーっほっほ、おーっほっほっほ!

 カタリーナ婦人の高笑いが響くその最中、四人は船坂の号令直下突入した。

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