22 エッチなのはいけないと思います!
洋館の食卓に流れる微妙な雰囲気に、誰もが無言で黙々と食事をする。
焼きたての丸パンを切り分けるレムリルは、ぎこちなく微笑を浮かべていた。
アイリーンは「ありがとう」と返事をするものの、どこかよそよそしい。
呆れた顔の士シルビアは、隣に座った船坂に小声でこう言った。
「アイリーンお嬢さまをこれほどまでに、不機嫌にさせるとはな」
「わかっている、俺が全面的に悪かった」
「悪いと思っているのなら、今すぐどうにかしろ。美味しいはずの朝食がとても不味い」
本当にすまん。
小さく謝罪の言葉を口にしながら、船坂は向かいでパンを野菜スープに浸している美少女エルフ領主を見やる。
するとこちらに気付いたのか一瞬だけ視線が交差した後、顔を直ちに赤らめて視線を外されてしまう。
嫌われたなこりゃ……
「レムリルとは本当に何もなかったのだろうな?」
「なかったに決まってるだろう。ちゃんとその事は俺も言ったし、レムリルからも説明があったんだよ」
「だがわたしが起きてきてからずっとこの調子だぞっ」
そうなのである。
一度は謝罪を受け入れて「本当に何もなかったのですね」と疑いの目を向けつつもアイリーンは納得した。
しかしギクシャクした空気はそのままである。
何事も間違いは無く、意図せずともレムリルと夜を共にした事がそもそも許せなかったのだろう。
そんな風に考えるといたたまれなくなって、逃げる様にパンを急いで食べる。
当然そんな事をするものだから船坂は喉にパンを詰まらせて、あわててお茶を流し込む羽目になった。
「だ、大丈夫ですかーコウタロウさまっ」
「うっゴホゴホ、大丈夫だ。ちょっと焦っただけだから問題ないよ」
「よかったです、あまり急いで食べるとお食事が美味しくなくなりますからね?」
「そうだね。ありがとう」
レムリルに気遣われて船坂は苦笑を浮かべた。
すると彼の視界の端に、こちらを凝視しているアイリーンの姿があった。
ふいと顔を向けるとまた視線を外す。
これは本格的に不味い事になったのではないだろうか。
(誤解は確かに解けたはずだが、嫌われてしまってはこの屋敷を追い出される事になるかも知れない……)
いよいよ現実味を帯びてきたその未来に船坂が恐怖をしていると。
アイリーンは両手を合わせて女神様への感謝の言葉を口にした後に、
「ごちそうさまでした!」
ティーカップを少し強めにテーブルへ置くと「ごめんあそばせ」などとよそよそしい言葉を残して食堂を退出していったのだ。
「わたしの料理がおいしくなかったんですかねぇ、おかしいなあ。萌え萌えキュン♪ やったのに……」
「たぶん違うと思うぞレムリル。まあしばらくアイリーンお嬢さまはそっとしておく事だ」
「お嬢さまはいつも食べ残しをされないひとなのに」
見ればパンやスープが少し残されている。
そうして白銀の騎士シルビアから鋭い視線が船坂に向けられた。
アゴをしゃくってみせ、お前が行ってどうにかしろと指示をしてくる。
船坂もごちそうさまを済ませた後、あわててアイリーンの後を追いかけた。
実は船坂は童貞であるだけでなく、恋愛下手である。
恋愛経験は確かにあったが、それは片思いの恋愛をして告白をてお断りされるまでがデフォルトだった。
よって女性の扱いが非常に下手なのである。
食堂を飛び出すと、船坂はアイリーンの姿を探した。
この洋館でお世話になる様になってまだ日はそれほど経っていない。
だが彼女の寝室がどこで、彼女がよく利用している部屋がどこにあるのかは理解している。
たぶん朝のこの時間ならば領主用の執務室に向かっているだろう。
船坂はそうアタリをつけて追いかけた。
案の定、執務室の前までやって来ると、ゴトゴトと室内から何かの作業をしている音が聞こえた。
「よかった、いたみたいだな……」
船坂は大きく深呼吸をした。
童貞だろうが恋愛経験が不足気味だろうが、女性の扱いが悪かろうが関係ない。
よくよく考えてみれば、船坂はまだ謝罪の言葉を口にしていなかったのだ。
レムリルとの事は誤解で、何もなかった。
エッチな事など何もありませんでした! とだけ繰り返したに過ぎない。
「不快な気持ちにさせた事を謝らないといけないな。まずはそれからだよな」
などと考えて深呼吸した息をゆっくり吐き出す。
少し落ち着いた気分になったところで、コンコンと執務室の扉をノックした。
「どなだですか」
「俺です、アイリーンさん。コウタロウだ」
「…………」
船坂の言葉に美少女領主は返事をしない。
けれどもここで止まっていては話が進まないので、思い切って畳みかける。
「少し話があるんだけど、入ってもいいかな?」
「……どうぞ」
返事があるのを聞き届けてから、船坂はドアノブを回した。
よかったちゃんと話を聞いてくれそうで。
内心に胸をなでおろしながら彼が部屋の中に入ると……
「え、ごめんなさい。許してください。それだけは勘弁してください!?」
美少女エルフ領主が、執務机に置かれていたP220拳銃を手に取り、今まさに弾倉を装填しようとしている姿が目に映ったのである。
船坂が教えた通り右手の指はトリガーガードに添える様に伸ばしている。
ガチャ、ジャッコン!
弾倉をハメ込むと、ブローバックした状態のスライドがあるべき位置に戻る。
左手が安全装置に触れた様な気がした。
アイリーンは45口径の拳銃弾で何を狙うというのだろうか。
「え、いや違いますコウタロウさま!」
「うお、銃口を向けられた?!」
船坂の装備一式やAK-47などはゲストルームで一時保管していた。
しかしP220拳銃はそれぞれが護身用という事で預けている。
「ごごごめんなさい向けてないです誤解です!」
「……誤解、俺、撃ち殺されるんじゃないの?!」
「そんな事はしません! これはその、気分転換に射撃練習に行こうと思っていたんですっ」
「射撃、練習……」
そうです射撃練習です!
何度もそう繰り返したアイリーンは、急いで拳銃を執務机に置くと船坂に駆け寄った。
「コウタロウさまとレムリルとの間に何もなかったのは、ちゃんと理解しているんです」
「う、うん。何もなかったよ」
「けど朝までお布団の中で一緒だったのは事実です」
「それはそうだ、ごめん不用意だった」
「それがとっても羨ましくてっ」
「……?」
長耳を真っ赤にしてそっぽを向いた美少女エルフは、それでも言葉を探しながら続ける。
「レムリルはとてもいい子です。頼りない領主のわたしをよく補佐してくれて、女神様の守護聖人であるコウタロウさまが信頼なさっているのもわかりますっ」
「えっと、うん?」
「ですからコウタロウさまのお手伝いを命じられて、昨夜も働いていたのですね」
「そ、そうだね。あれ?」
おかしな方向性に話が行くので船坂は困惑した。
頬まで朱色に染めて思い詰めた表情の美少女エルフ領主が、ひしりと船坂の筋肉胸板にしがみついた。
「わたしだってもっとコウタロウさまのお役に立てるようになりたいって思いました」
「きみは十分に領主として頑張ってるし、サザーンメキ討伐の時は俺の事をよく助けてくれたじゃないか」
「でもコウタロウさまはレムリルを昨夜選ばれました。わたしではなく!」
これだけ聞くとものすごく卑猥な選択をした様に聞こえる。
だがリスト作りを仮にも領主さまに手伝わせるという選択を船坂が思いつかなかっただけだ。
「だからせめて武器の練習をしてって、そんな風に考えていたんですっ!」
「そっか、そうだったのか」
「はい……」
シュンとしたアイリーンは俯いた。
次からはこの娘に何かお手伝いがある時はお願いしようと船坂は心に誓った。
女性の嫉妬とは複雑なものなのである。
けれど、じゃあどうして朝食の時に視線を合わせなかったかと言うと。
「……そのう、エッチな想像をしてエッチな気分になりかけていたからですっ」
「そうだったんだ、よかった……」
「よくないですよ! 今のは聴かなかったことにしてください、恥ずかしかったんですうぅぅ」
ぽこぽこと駄々っ子の様にアイリーンが筋肉胸板を叩くと、船坂は苦笑してしまった。
眼の前に華奢なアイリーンの肩があった。
自然とその肩に船坂の手が伸びたところ、感極まった様に涙を潤ませた彼女の瞳が飛び込んでくる。
え、これどういうシチュエーションなの?
などと童貞がドキドキしていると、
「こら、押すなレムリル!」
「あーっ扉が開いちゃいますやばいですよシルビアさん?!」
ギイイ、どてん!
半開きになった執務室の扉に張り付いて、聞き耳を立てていたらしい狐耳メイドと白銀の騎士。
ふたりが揃って部屋の中に転げ込んでくるではないか。
「な、何をしているのですかあなたたちは! せっかくコウタロウさまと、いいところだったのにっ」
「すいませんお嬢さまっ。わたしたちお邪魔虫でしたねーっ」
「エッチなのはいけない事だと思うぞコウタロウ! まずは手を繋いでからだろう?!」
そのドキドキの続きはバっと船坂の胸元からアイリーンが飛び離れて中断されてしまった。
彼は童貞なので、このままいけば爆発していたかもしれない。
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