3章 恐怖の館 編

21 目が覚めるとそこには…

 目覚まし時計で叩き起こされ、あわてて朝食をとって満員電車で出勤する。

 そんな生活から解放された船坂は、洋館の離れにあるゲストルームで怠惰な朝を迎えた。


「今日もよく寝たな。何時だ」


 近頃寝付きがいいから、寝起きもいい。

 彼は大きく伸びをして毛布をめくりあげると、もそもそ起き上がろうとする。

 だが妙な感触が腹の辺りにあってギョっとした。


「?!」

「ふわわわ。コウタロウさまー、おはようございますぅ」

「れ、レムリルっ」

「はい、レムリルですよー」


 どうしてきみが、こんなところにいるんだ?!

 柔らかな胸を船坂の体に押し付ける様に、むしろ積極的に抱き着いた姿勢で寝ている狐娘メイドだ。

 何が起きているのか一瞬わからずに、彼は口をパクパクさせた。


「いつの間にか寝てしまったんですねー。あらやだ、お外がもうこんなに明るいです」


 あっけらかんとした口調でピョコリと大きなツインベッドから飛び出した彼女だ。

 居住まいを正しながら改めて船坂に向かっておじぎをしてみせた。


「おはようございます、コウタロウさまー。ちゃんと寝落ちしてしまう前に武器の帳簿は完成したみたいでよかったです!」

「そうだった。ふたりで遅くまで武器のリストを付けていたんだったな……」


 すっかり寝ぼけて忘れていた事だが、ベッドの傍らにある丸テーブルには、羊皮紙の巻物が羽根ペンとともに転がっていた。

 その他に、いつでも襲撃に対処できる様にP220拳銃が置かれている。

 これは船坂が過去に見た特殊部隊モノ映画やゲームムービーで、登場人物たちがそうしていたのを見習ったからである。

 憧れて格好いいから真似をしたと言ってもいい。


「わたしは急いで朝食の支度をしなくちゃいけませんから、これで失礼しますねー」

「そ、そうだな。わかった。後は、武器が増えたから、保管しておく場所も後で案内してくれ」

「わかりました。では後程、ご飯の支度ができたらお声かけしますね!」


 天真爛漫は笑顔を振りまきながら、レムリルはおじぎをしてゲストルームを飛び出していった。

 しかし、狐耳メイドの柔らかな胸は彼を朝から幸せにした。

 それが証拠に船坂の息子は、元気いっぱいに自己主張をして止まないのだ。

 おはよう! おはよう!


「クッソ、こんなところをレムリルに気づかれなくてよかったぜ。鎮まれ俺の分身」


 前かがみに起き上がると、急いで戦闘服の上衣を手に取って着込む。

 ボタンを締めておけば股間の辺りを誤魔化せるのではないかと、まったく無意味な抵抗をしながら顔を洗いに水瓶の場所まで移動する。

 おっとその前にレッグホルスターに拳銃を仕舞っておこう。

 船坂は冷静さを装いながら、いそいそとホルスターを装着して拳銃を収めた。


「レムリルが俺の部屋から朝帰りされたのを誰かに見られたら、絶対に誤解されるんじゃないか……」


 ゲストルームの入口側にある水場でバシャバシャと顔を洗う。

 その後に異世界ハブラシで歯を磨きながら、そんな事を不安に思った。


 昨夜はサザーンメキ討伐作戦でみんな疲れていた。

 夕飯のハンバーグを美味しく食べた後は、それぞれの部屋で早くに寝たはずだ。

 しかし増えた武器の管理をするためにリストを作成しようと思った船坂は、寝る前にレムリルを呼び止めた。


 彼の装備一式だけでなく、AK-47や拳銃にモスバーグ散弾銃。

 武器だけでなく弾薬の保管についても今後は考えないといけないのだ。

 ひとまずリスト化して、今の内から保有している武器一切を把握しておこうと考えたわけである。


「ただ筆記用具を貸してくれとお願いしただけだったが、レムリルはいい子だから手伝うと言ってくれたんだよな。おかげでさっさと終わらせたみたいで、その後は爆睡してしまったが」


 ガラガラペッ。

 口をゆすいだ後に丁寧に手拭いで口元を拭いていると。


 洋館の一階にある窓辺から、こちらを見ている美少女の姿があった。

 まるで信じられないモノを見た様に、石みたいに固まって口をぽかんと開けているではないか。


「あ、アイリーンさん?!」


 ずっと船坂を観察していたらしく、向こうも船坂が気付いたのがわかったのだろう。

 シャアっとあわてて窓のカーテンを閉めて、姿を隠してしまった。


(見られてたよ完全に。いやどこから見られていたんだ?!)


 まだ若干元気印の息子の事はともかくとして。

 問題はアイリーンに、ゲストルームからいそいそと朝帰りするレムリルを目撃されたかどうかだ。

 急いで誤解されていないか本館の方へ船坂は駆け出す。


「どうすんだよこれ。アイリーンさんにメイドに手を付けたと誤解されたら、俺この屋敷追い出されるんじゃないのか?!」


 船坂はこのエルフの里でご厄介になっている異邦人である。

 ここを追い出されれば、住む場所もあるわけがないので路頭に迷う事になる。

 せめてこの場は何としても誤解を解いておかなければ、許されるならばこのエルフの里でしばらくはご厄介になろうと思っていただけに、船坂はピンチだ。


「レムリル! これはいったいどういう事ですか、あなたコウタロウさまのお部屋で朝までご一緒だったでしょう?! なななな、何をふたりでやっていたのか説明してくださいっ。エッチな事はいけないと思います!!」


 やはりアイリーンは完全に誤解している様だ。

 洋館の広間に美少女エルフ領主の悲鳴がよく響き渡った。

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