20 戦いの後のご褒美は

 しばらくするとラスパンチョの村から領主の男がやって来た。

 エルフスタンはエルフの国なので、男も当然長耳の爺さんである。

 彼は現代兵器と迷彩服で武装した四人を見て胡乱な視線を向けながらも、盗賊団が壊滅したと改めてアイリーンに聞いて謝罪の言葉を口にする。


「この何年もの間、サザーンメキの一味にはわしらも悩まされ続けておりました。村の娘はさらわれる、食料は不当に要求される。兵士の数が足りないばかりに従うしか方法がなかったのじゃ」

「それも今日までの事ですね。すべては女神様のお導きによってなされた事ですよ」

「ありがたい事ですじゃ。しかし、そちらの戦士さまはいったい……?」


 ラスパンチョの領主が気にしているのは船坂の存在だ。

 チルチル村の領主アイリーンをはじめ、シルビアやレムリルとは以前からの顔見知りではあった。

 聞けば彼女の母親の葬式で、顔を合わせた事もあるのだという。

 しかし筋肉モリモリマッチョマンの異世界人に見覚えは無い。


「そうか! もしかするとアイリーン卿の婿殿ですかな?」

「ち、違います。この方は女神様の守護聖人コウタロウさまです。わたしの領内を襲ったドラゴンを討伐して下さった英雄なのですよ」

「何と、噂に聞いたドラゴンの襲撃を?! なるほど龍殺しの英雄であれば、盗賊サザーンメキなどものの数ではないというわけか……」


 振り返ったラスパンチョ領主は、並べられた盗賊の亡骸と整列した捕虜たちを見て、さもありなんと大きく頷くのである。

 会話の途中ではあるが「女神様の守護聖人」という誤解を解くよりも早く、領主たちの会話は続けられる。


「しかしたった四人で一味を倒してしまうとは。女神様の守護聖人どのが味方にいれば百人力ですなぁ」


 何故か白銀の騎士シルビアは、無言で自分が一番手柄だとさも言わんばかりに胸を張っていた。

 当然その爆乳を迫り出せば、みんなの注目が集まる。

 ラスパンチョ領主は目のやり場に困りながら、あわてて続きを喋り出すのである。


「……ゴホン、カラカリルの街では懸賞金のかけられた指名手配犯もいるはずじゃ。わしに引き渡さずにそちらに連れて行けば、いくらでも金になったじゃろう」

「サザーンメキのアジトはラスパンチョ領内にありましたから、まずご領主さまに通報するのが筋かと思いました」

「なるほど若いのに感心じゃわい。盗賊どもの捕虜の取り扱いについては、領内で犯罪奴隷としてこき使う事にして、懸賞金のかけられた連中はわしが責任をもって精算いたそう。しかる後にアイリーン卿の村へ取り分を差し出すという事でよろしいか」

「大変ありがたいです! ドラゴンの襲撃で、一部の集落に被害が出ていますので」


 領主としてみなさんにお見舞金を出す事ができますっ。

 アイリーンはその様に言って、ラスパンチョ領主に感謝を並べてかえって恐縮させていた。


 さて船坂たちは当座の戦利品として、盗賊たちが飼っていた馬を手に入れる事になった。

 乗馬用の馬が全部で四頭ほど馬小屋に繋がれていたので、これに乗ってチルチルの村に帰還する事になる。


「実は俺、馬なんて乗れないんだけど。どうすんだよ言い出すチャンスが無かった……」


 どこにでもいる会社員だった船坂が、馬など乗れるはずもない。

 馬と言えば公営ギャンブルでお世話になった程度か、後はゲームの中で育てたぐらいである。

 しかしファンタジー世界の人間は誰でも当たり前に馬に乗れるのだろうか。

 領主のアイリーンや女騎士シルビアはともかくとして、レムリルまで平気で跨っているではないか。


「どうしましたーコウタロウさま、もしかしてこのお馬さんがお気に召しませんでした?」

「そ、そんな事はない。立派な馬だと見とれていたところだ」

「そうですか? 痩せっぽちであんまり可愛がられていない感じの馬ですけど……」


 船坂は言い訳をならべたところで、引くに引けなくなって必死で飛び乗る。

 すると意外にもすんなりと馬に跨る事ができた。

 ついでに何となく馬術の事が理解できるから不思議なものだ。


(もしかするとネイビーシールズでは、乗馬の練習も訓練項目に入っているのか?!)


 理由は謎である。

 しかし「せいや!」とばかり馬に鞭を入れたアイリーンに続いて、考えるまでも無く自然と彼も一緒にその後を追いかけられる。


「何をしているコウタロウ、もたもたしていると置いていくぞっ」

「すまない今行く!」


 モスバーグ散弾銃を振って呼びかけるシルビアに、あわてて船坂は返事した。

 今は難しい事を考える余裕はない。むしろ考えても理由などわかりはしないので「ゲームチートで可能なんだろう」ぐらいでいいのかも知れなかった。

 その様に考えて船坂たちは、無事にチルチルの村にあるエルフの里へ帰還する事ができたのである。


     ◆


「今回の盗賊討伐は大成功に終わりました。コウタロウさま、本当にありがとうございました!」


 夕餉時にみんなで食卓を囲みながら、ぶどう酒の瓶を持ったアイリーンが微笑を浮かべて感謝する。


「いや、俺ひとりでは無理だったからな。みんながよく協力したから盗賊を討伐できたんだし」

「そんな事はありません。ドラゴン討伐に引き続き、わたしやチルチルの村にコウタロウさまがもたらした功績は偉大なものばかりですよ。きっと何れ国王陛下より感状と褒賞が届けられるものと思われます」


 みなさんもそう思うわよね?

 ひときわ船坂の功績を強調した彼女は、酒瓶を傾けてぶどう酒を注ぎながらふたりの配下に同意を求めた。


「そうですねー、コウタロウさまは龍殺しの英雄ですから、騎士叙勲ぐらいあっても当然ですよねー」

「もちろんわたしも大活躍したが、わたしの次にコウタロウが活躍したのは事実だろう。いつもわたしの胸ばかり凝視している事はいただけないが、今回は特別だぞ。ん?」


 どうやら船坂がいつもシルビアのそびえ立つ連峰を凝視していたのはモロバレだった様である。

 いたたまれなくなった彼は、あわてて酒杯を持ち上げると乾杯の音頭に逃げた。


「と、とりあえず乾杯っ。みんなおつかれさま!」

「「「かんぱーい!!!」」」


 こうして勝利の美酒とともにみんなの口に運ばれるのが、レムリルが丹精込めて用意した食材だ。


「おおっ……」


 船坂は絶句した。

 肉汁が焦げる何とも言えない匂い。フォークを入れると簡単に割けるが、それと同時に溢れんばかりの肉汁が飛び出すのである。


「ハンバーグじゃないか! ハンバーグはわたしの大好物だ!」

「落ち着いて食べなさいシルビア。コウタロウさま、いかがですかレムリルのハンバーグは?」


 口に含むとじゅわりと舌の上で肉の風味が広がった。

 きっと丁寧にミンチを捏ね上げたのだろう。柔らかな歯ごたえはもう一口を早く口へ運べと脳に刺激を与える。


「いやこれは美味い。かなりのボリュームに感じるけど、あっという間にペロリと食べられそうだぞ」

「……ありがとうございます、わたしも頑張っちゃった甲斐がありましたー」


 すると嬉しそうにしたレムリルが船坂に身を寄せて、こう囁く。


「ちゃんとやったんですよ。美味しくなあれ、萌え萌えキュン♪」

「うっ、マジか」

「はい。だからきっと美味しくなったんですねーコウタロウさま。うふっ」


 くすぐったくなる様なそんな言葉を耳にして、美味しくなって当然だと船坂は確信した。

 美味いっ!

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