18 サザーンメキはお怒りの様です

 ラスパンチョの村外れにある修道院跡地を目指して、夜間行軍をすること三〇分余り。

 馬に乗って伝令に走った盗賊の姿は確認できなかったが、四人は間違いなく目的の場所に到着する事ができた。

 草原と林がまばらに続く景色の中に、まるで港にある灯台の様に修道院から伸びた鐘塔しょうとうを発見したからだ。


「コウタロウさまー、あれですよ!」


 夜目の利くレムリルを先頭に歩いていたが、林の中からニョッキリと顔を出した鐘塔を指さして彼女が元気に振り返る。


「……あれがラスパンチョの修道院跡地か」

「見えてきましたねコウタロウさま」

「ここからでも鐘つき堂の灯りが良く見えている。カラカリルの街とは違って警備体制はしっかりとしている様だぞ。接近する際は気を付けた方がいい」


 ライルフのスコープを最大倍率にして確認してみると、確かに鐘塔には見張員と思われる人間が二名ほど見えた。

 時折、雑談などをしている様だが基本的には外をしっかりと監視している。

 見張員の武器は背中に背負っている弓の様だ。いや、あれは機械式のクロスボウの類だろうか。


「すでに盗賊の伝令が到着して、警戒レベルを通常より一段上げているのだろうな。コウタロウ見てみろ、あれは反射式の探照灯まで持ち出している」

「何だ、サーチライトみたいなものか?」


 船坂の横からシルビアがレミントンのスコープを覗き込む。

 そのため自然と体が密着して、防弾ベストの上からでもわかる爆乳が船坂を刺激した。

 ついでに甘い吐息が吹きかかって冷静ではいられない。


「コウタロウさま、あれは魔法のランタンと反射鏡を組み合わせて改造したものですね」

「方向と角度を変えて周辺を照らしているのか。あの光を避けて近くまで接近するぞ、見つかったらあべこべに狙撃されかねない」


 林の中を潜る様にして、いったんは修道院跡地全体が見渡せそうな丘に四人は移動した。

 夜明けまでの時間はまだいくらもあるから、ここで焦るのは危険だ。


「敷地の入口に見張りがふたり、それから鐘塔に見張りがふたり。あの木製の物見やぐらみたいなところにも数名立っていますね。後は広場の様な場所で焚き火をしている人間がチラホラ……」

「残りの連中は倉庫みたいな場所か、あの大きな礼拝堂みたいな場所を居住空間にしているのか。それでもあそこに二〇〇人もいるとは考えられないな」

「どこか他の場所にもアジトがあるのかも知れません」


 修道院跡地の全体像は、船坂が見たところ幼稚園の敷地とっいたところだろうか。

 二階建ての大きな礼拝堂を除けば、平屋の倉庫みたいなものがいくつか。

 鐘塔と木組みの監視台は、それぞれが死角をカバーする様に敷地の両側に設置されているのがわかる。


「危険なのはより遠くまで見渡せる鐘つき堂の方だな。反射ランタンさえ使えなければ、奇襲をかけてもどこから攻撃を受けたのかわからないだろう」


 白銀の騎士シルビアは、軍事専門家らしく意見具申をした。

 船坂はその提案を受け入れる事にして、まず鐘塔の見張員をレミントンの狙撃で排除する事にする。


「攻撃をかけてから、できるだけタイムラグを出さずに中に攻撃をかけよう」

「わかりました。観察したところ、わたしたちの村であった出来事は報告を受けている様ですが、まさかこちらから攻撃を仕掛けてくるとは思っていない様ですので」


 AK-47カラシニコフを抱き寄せながら、勇ましくアイリーンも同意した。

 彼女の言う通り、船坂にも風に乗って聞こえてきた、小さな女たちの嬌声の様なものを耳にした。

 盗賊一味の斥候が女子供と船坂だけの少人数にあっけなく撃退されたと聞いて、何を馬鹿な事をと油断しているのかも知れない。

 だったら攻撃するのは今だ。


 すぐにも丘を降りると、草むらや木々の陰に隠れながら前進する。

 船坂はゲーム知識から相互距離を五メートル程度の間隔にあける様に指示しながら、鐘塔と正面ゲートが見える位置まで移動したのだ。


     ◆


「送り出した仲間が全員、皆殺しにされただと?」


 邪神を崇拝する盗賊一味の首魁サザーンメキは、怒り狂った様に酒杯の中身を男に浴びせかけた。

 酒杯の中身は、宗教上の理由で酒の飲めない彼のために、果実の汁水が入っていた。

 頭からびっしょり被せられた。


「チルチル村は警備も手薄で、女子供の騎士が守りを担っているはずではないのか。それがどうしてお前を覗いて皆殺しにされたのだ?!」

「俺たちも油断していたのは事実ですが、敵に強力な魔法使いがいたんでさ」


 礼拝堂で女を侍らせ喜んでいた彼は、自分の座っていた椅子を蹴飛ばし傍らの剣を引き抜くと、詳しく聞かせろと荒い息を整える。


「確かにチルチルの村で警備担当をしていた騎士は女でした。しかし仲間に加わっていたのが筋肉モリモリマッチョマンの変態で、変な棒きれを使って相手を瞬殺するんです」

「変な棒。魔法の杖か何かか……」

「先っちょから魔法ビームを発射するんですよ、距離をとっていてもあっという間で。どこから攻撃されたのかも最初はわかりませんでした」

「自分たちが失敗したのを隠すために、適当な言い訳をしているんじゃないだろうな?」


 とんでもありません!

 平伏した盗賊は、いかに魔法使いの男が筋肉モリモリだったかを証言した。


「どこの世界に筋肉モリモリの魔法使いがいるというのだ。魔法使いと言えば痩せっぽちか太り過ぎの人間と相場が決まっているだろう!」


 彼が指を差した先には、一味に加わっている痩せた男がいた。

 囲っている娼婦の女にナデナデされて悦に入っていたところを、いきなりのご指名で驚いたのだが。


「いいか、夜が明けたらただちに仲間を組織して、そのふざけた筋肉魔法使いをぶちのめしてやる」

「わかりました、直ちに仲間を叩き起こしてきますっ」

「邪神様は生贄をお求めなのだ、この様なところで計画を台無しにされてたまるものか!」


 サザーンメキがそう叫んだ瞬間の事だった。

 何かの魔法が炸裂した様な爆発音と衝撃が、修道院跡地全体に響き渡る。

 天井からもパラパラと土埃や石の破片が降って来るから尋常ではない。


「何事だ?!」

「わかりません、しかし敵襲の様です」

「馬鹿野郎そんな事は誰にだってわかる、どこの領主が攻めてきたのだ?!」


 侍らしていた娼婦たちを押しのけて、彼と幹部格の仲間たちは急いで礼拝堂の外へと飛び出したのである。

 夜明け前にもかかわらず、そこには轟々と燃え上がる監視台。

 振り返れば礼拝堂の上に伸びた鐘塔の崩落した有様。

 阿鼻叫喚の具合で盗賊たちが武器を手に手に、敷地の広場を右往左往していたのである。


「どこから攻撃だ!」

「わからんが魔法使いがいるぞ、飛び道具を集めろ!!」


 どうなっているんだこれは。

 抜き身の剣をぶらりと下げながら、サザーンメキは呆然と内心に呟いた。


「邪神さまは偉大なり! 何としても攻撃した敵領主の軍勢を叩きのめせっ」


     ◆


 まず鐘塔に立つ見張員が互いに反対方向を周辺警戒するタイミングを待つ。

 はじめに狙いにくい奥を攻撃してから、次に手前だ。

 距離にして三〇〇メートル足らずだから、船坂の発射した弾丸は一秒以内に目標へと到着する。

 攻撃タイミングがずれれば鐘を鳴らされて奇襲攻撃は失敗だ。


「コウタロウさま、チャンスですね。攻撃をっ」

「よしっ……」


 アイリーンの合図を受けて消音器具サプレッサーによって発砲音が減退したレミントン狙撃銃は、くぐもった射撃音を鳴らして七・六二ミリ弾を射出した。

 ただちにコッキングをして排莢と装填を手早く済ませる。


「命中! この距離ですごいです、手前の見張員が振り返りましたね」

「任せてくれ……」


 わずかに銃口の角度を修正して手前の敵を攻撃だ。

 奥側の見張員が膝を折って倒れたらしく、その音に驚いた手前の男は好都合な事に背中を見せる。

 トリガーを優しく引くと、それとは対照的な衝撃で弾丸が射出された。

 焦った生き残りの見張員は、あわてて鐘を鳴らそうと手を伸ばすその瞬間に、顔面をザクロにした。

 ヘッドショットである。


「次は監視台ですね。三人です」

「今度はバレずにというのは難しそうだ。手前から確実にいこう」

「わかりました」


 弾丸装填を確認しながら浅くゆっくり息を続け、狙いを手前のもっとも狙いやすい見張員に定めた。

 引き金を絞るとわずかな間をおいて弾丸が胸に吸い込まれる。

 しかし予想していた通りに敵に異変を気付かれた。

 いきなり倒れ込んだひとりに気を取られたのか、その場にいた仲間やゲート正面に立つ他の連中も意識がそこに向けられた。


「よし突入しよう、アイリーンさん合図を」

「わかりました。シルビア、レムリル聞こえますか? 攻撃開始ですっ」

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