17 カラカリルの情報収集

 城壁の隙間から街に侵入したレムリルを支援すべく、残った三人は配置場所を探した。

 カラカリルの繁華街は、さすがに夜中であっても煌々と建物の灯が窓の外へあふれ出ている。


「高い位置に移動して、レムリルの行動を見守ろう」

「わかりましたコウタロウさま。あちらから城壁に登る事ができるはずです」

「しかし不用心だな、まるで物見やぐらに警備の人間が配置されていないじゃないか……」


 擦れる様な小さな声で三人が口々に喋りながら、静かに城壁へと登る事ができる階段を移動した。

 その間も白銀の騎士シルビアが振り返って、レムリルの動きを気にしてくれている。


 警備が手薄なのは、兵士の数が足りていないのか警備責任者が怠惰なのか。

 恐らくそのどちらもなのだろう。王国全体の治安が悪化しているために、仕事ばかりが増えて番兵や衛兵たちも疲弊しているのかも知れない。


「ここならレムリルの動きが丸見えだ。配置につくからシルビアは周辺警戒、アイリーンは双眼鏡でレムリルの周辺を見張ってくれ」

「了解です」

「任せてくれっ」


 さっそく背中からレミントン狙撃銃を下した船坂は、二脚バイポットを展開してスコープのキャップを外す。

 小走りに移動する狐娘メイドを追いかけると、ここからでも建物の壁伝いに静かに移動している彼女の姿が見えた。

 ここからならば、例え彼女が盗賊一味と不意の戦闘になったとしても支援射撃ができる。と思ったのだが、


「……しまったな」

「どうされました?」

「無線が使えるかどうか確認しておけば、彼女と直接連絡する事ができたのに」


 味方同士で連携を取るための無線装置一式は、防弾ベストの側面部分に装着されている本体とインカムで構成されていた。

 彼は片耳に装着したヘッドセットをコツコツと叩きながら呟く。

 すると不思議そうに一瞬だけ彼の表情を観察していたアイリーンが言葉受け取るのだ。


「それがあると、離れていても直接通信する事ができるのですか? 精霊通信の様なものでしょうか」

「精霊通信というのは無線みたいな事ができるのか」

「はい。相手も精霊を感じる事ができなければ返信は無理ですが、レムリルでもこちらの言葉を伝えるだけなら可能ですよ」


 そんな便利なものがあるのかこの異世界は。

 ちょっと驚きながらも船坂はスコープを覗き続ける。

 レムリルはそのまま、いそいそと街中を移動し続けている盗賊と一定の距離感覚で移動していた。


 つかず離れず。

 けれども城壁の隙間から場所が離れるにしたがって、ちょっとずつ建物の陰に隠れる事が増えはじめた。

 しかしふたたび船坂の口から言葉が漏れる。


「くそっ。このままだと見失った。援護できなくなってしまうぞ」


 レムリルは時折出くわす酔客を避けながら目標を追跡しているが、城壁の隙間付近から離れれば離れるほど見失いがちになるのは当然だ。

 ご都合主義にできているゲームのプレイ動画を見ているのとはわけがちがった。


「コウタロウ移動しよう。そこの物見やぐらに上がれば、視界が多少開けるんじゃないか」

「そうだな、警備が手薄で助かった……」

「たぶん盗賊は、繁華街の裏路地にある悪所と呼ばれる様な場所に向かっている。物見やぐらからなら視界は確保できるはずだ」


 悪所というのは、街に屯している小悪党や無銭人たちが集まっている様な場所らしい。

 船坂の知っている言葉で置き換えるならスラム街といったところだろうか……


「わかった、先に俺とシルビアで物見の塔に上がる。アイリーンはそのままレムリルの動きを監視して、合図でこちらに合流してくれ」

「了解です」

「付いてこい。余り音を立てるなよ、向こう側の物見やぐらには警備の人間が見えているからな」


 素早く取り決めをすると移動開始。

 確かに物見やぐらに登ってみると先程よりはマシな事がわかった。

 眼下のアイリーンに「お嬢さま」とシルビアが声をかけている間に、スコープでレムリルを探し出す。


「どうですか」

「レムリルが動くのをやめた。逃がした捕虜がどこかの建物の中に入ったらしい」

「いましたね、あそこですか……」


 どうやら狐耳娘は建物の中の様子を恐る恐る伺っているらしい。

 しばらくそのままの姿勢で建物に意識を向けていたが、彼女は俺たちの方向に振り替える。

 見えているのかはわからないが一応、といった感じで手を振ってジェスチャーをはじめた様だ。


 ここに入りましたー。ここですここ!


 不思議な体操の様なレムリルの動きを、船坂はレムリル・サインと命名する事にした。

 そしてしばらく監視を続けていると、レムリルが場所を移動して建物の陰に隠れたのが見える。

 建物からは数名の人間が出てきたのがわかった。


「盗賊の仲間は四人だ。あいつら、どこに移動しようとしているんだ?」

「悪所から離れようとしています。仲間同士で周辺を警戒しながら……向かっているのは馬小屋の様です!」

「馬小屋か。という事はアジトまで馬を使って移動するつもりなのか」

「コウタロウさま、やはりサザーンメキのアジトは街の外にあるのですね」


 アイリーンは少し興奮した様子で船坂にそう告げた。

 果たして馬小屋から引っ張り出されたのは一頭の馬だった。

 夜とは言えさすがに街中で馬を移動させるのは周辺警戒が必要なのか、四人の仲間と思われる連中は通りの先々に散って街の衛兵がいないかを監視している様だ。


「みんな伏せろ、こっちに戻って来たぞ」

「レムリルも距離を置いて戻ってきていますね」

「……馬が一頭という事は、街を出るのはひとりだけになるか」


 スコープ越しに船坂がそう呟くと、彼の隣で姿勢を低くしていたシルビアが問いかける。


「相手は盗賊だ、殺してしまったも構わんのだろ?」

「ああ。だがそんな事をしてカラカリルの領主さまは困らないのか」

「そのまま放置すれば勝手に悪さをするのだからな。死体の処分ぐらいは連中の役割分担だ」

「けど馬に乗ってアジトに向かうヤツは必要だからな。殺すのは最後にしてやる」

「ふん、当然だな……」


 シルビアはもしかすると、盗賊に人権などないと思っているのかも知れない。


 やがて五人の盗賊たちは城壁の隙間に到着する。

 そこから塞がれていた板を手慣れた手つきで剥ぎ取りながら、何とか馬を街の外に引っ張り出す事に成功した様だ。

 レムリルもそれを見届けると、静かに城壁の上まで登って来て船坂のところに合流した。

 暗がりの中でもわかる元気印の表情をしているので、何か掴んで来たのは間違いない。


「お待たせしましたコウタロウさまー。盗賊たちの話を盗み聞きして、アジトがどこにあるのかを聞いてきましたよっ」

「でかした。今連中のうちひとりが馬に乗って街の外に出たところだ」


 城壁の外側に視線を向ければ、カラカリルの街から距離を取るまではゆっくりと移動をしている馬の姿が見えた。

 警備の要員が少ないとは言っても、最低限の隠密行動は心がけているのだろう。


「あのひとたちはラスパンチョという村の近くにある、修道院の跡地に向かっています」

「ラスパンチョ? それがどこにあるのか誰かわかるひとはいないかな」

「その修道院のあった場所は、ここより南に下った丘陵地帯のはずです。戦災で被害にあった後は放置されている宗教施設ですね」


 船坂はたちは移動手段が徒歩だったので、馬を使って伝令に走った盗賊のひとりを追いかけるのは難しい。だが、


「場所がわかっているのなら距離を離されても後で追いかける事はできるか」

「そうですね。街で馬を手配しようと思えば朝までここで待機する事になりますし、距離はそれほど離れていないので、陽が昇るよりも前にはアジトに到着する事ができると思います」


 時刻を確認すると、腕時計は午前零時に差し掛かる頃合いだった。

 陽が暮れて行動を開始してから四時間程度経過しているが、まだまだ朝までは時間の余裕がある。

 ふと振り返ると、アイリーンから双眼鏡を借りて城壁の隙間を監視していたシルビアが船坂に声をかける。


「連中が戸板で出入口を塞ぎ始めたぞ。やるなら今だコウタロウ、どうする?」

「よしやるか……」

「しかしこの、からしにこふ、は音が多すぎる。わたしが行って剣で斬り伏せても、初撃の後は騒がれる事になるし、どうしたものか」

「俺のレミントンは消音器具サプレッサーが装着されているので、あまり大きな音は立てずに攻撃可能だ。タイミングを合わせてやれば、できないか?」

「ふむ、タイミングだな。よしやってみよう」


 こういう時に頼りになる白銀の騎士シルビアだ。

 一度眼の前で白刃を引き抜くと長剣の具合を確かめてから鞘に戻す。

 すぐにもレムリルに「付いてこい」と指示を飛ばしながら、静かに城壁の階段を下りて盗賊の仲間たちに近づいて行った。

 別れ際に、確認だけはしておく。


「攻撃のタイミングで合図を送る」

「精霊通信か?」

「できますか、アイリーンさん」

「お任せ下さい!」


 四人で目配せを終えると、船坂たちも城壁の内側に迫り出した階段のところまで移動する。

 改めて二脚バイポットを立ててレミントン狙撃銃を構えた。


 視界の端にシルビアとレムリルが忍び足で移動するのが見える。

 隣ではアイリーンが双眼鏡を構えながら、盗賊一味の動きを監視していた。

 船坂はふたりが所定の配置につくのを待って、ゆっくりと息を繰り返す。


 映画か書物の中で読んだニワカ知識だが、狙撃のタイミングは息を止めるのではなく、息を吐きだす時にあわせるそうだ。

 トリガーに指を添えながら大きく息を吐きだしていると、隣でアイリーンが報告する。


「ふたりが配置につきました。コウタロウさまは大丈夫ですか?」

「……よし、OKだ。カウントしてくれ、そちらの動きに合わせて射撃する」


 シルビアのゆっくりと樹木の幹に背中を預けながら、長剣を抜き放っている姿が見えた。

 レムリルもレッグホルスターから拳銃を抜いて、もしもの時は即座に援護射撃ができる様に構える。

 ただしレムリルのP220はサプレッサー付きではないので、本当にもしもの為だ。


「では精霊通信を飛ばしますね。シルビア、コウタロウさまから許可が下りました。三、二、一でいきますよ」


 確実に聞こえたのだろう。一瞬だけ視線をこちらの向けたのを暗視装置とスコープ越しに確認した。

 そうしてふたたび大きく息を吸い込むと……


 ……三、……二、……一、……射撃。


 シルビアから一番遠い相手に目標を定めながらトリガーをコトリと引く。

 と同時にぬっと飛び出した白銀の騎士が水平に剣を薙ぐのが見えた。急いでボルトアクションを操作して排莢、装填を手早く済ませる。

 二の太刀で前進しながら別の盗賊を攻撃したシルビアの剣技は見事だった。

 船坂がコッキングをしている間に、どうやら盗賊たちは片付いたらしい。

 ちょっとしたチームプレイが、どことなしか船坂に心地よい満足感を覚えさせた。


「成功ですねコウタロウさま」

「よし、俺たちも移動しようか」


 立ち上がりながらレミントンのバイポットを畳む。

 そうして船坂はアイリーンに手を貸してやりながら移動を開始した。

 死体を引きずって草むらの中に隠してから、城壁の隙間を潜り抜けてカラカリルの街とはおさらばだ。


 すでに馬で移動していた盗賊は姿が見えなくなっている。

 だがレムリルはしっかりとアジトの場所を聞き出していたし、どうやら馬の蹄後を暗がりの中でも発見できる様だ。


「このままアジトに向かえば、ちょうど夜明けの少し前か。間に合って何よりだ」

「そうだなコウタロウ、朝方の奇襲が一番効果的だと騎士見習いの時に習った事があるぞ。まさか貴様はすべてそれを計算して?!」

「さすがコウタロウさまは学がおありなのです」

「すごいですねコウタロウさまー」


 すべては偶然の産物なのだが、船坂はニッコリわらって誤魔化した。


「まあそれほどでもないかな」

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