2章 盗賊サザーンメキ 編

13 チルチル村のスナイパー


 七人の盗賊たちは、馬に乗って現れた。

 チルチルの村へと続く街道をゆっくりと進みながら、いつでも得物を見つければ襲いかかれる様に油断はしていない。

 それぞれが剣や弓矢で武装していて、見るからに怪しい風体の男たちだった。

 暖かな春の日和にも関わらず、誰もがボロボロの外套を見に纏っているあたりが盗賊らしい。


「兄貴、この谷間を抜ければ間もなくチルチルの領内に入りますぜ」


 先頭を進むひとりが馬首を返して叫ぶ。

 彼らの前にはチルチルへと続く街道を挟む様にして広がる低い山々が広がっていた。

 この場所から村の様子を観察する事はできないが、


「逆を言えば、俺たちが村の中で何をしても外からはわかりゃしないというわけだ。クックック……」

「袋小路の地形はやりたい放題ですぜ兄貴」

「よしお前たち、村に入る時は農民どもに怪しまれない様にお上品に振舞うんだぞ! それからどの集落がドラゴンの被害にあったのか、情報収集にあたれ」


 兄貴と呼ばれた男は、一味全員が見える様にグルリと首を回してそう叫んだ。

 すると仲間たちは野太い声で「へい兄貴」と叫び返して、ふたたび街道を進み始める。


 地形が袋小路になっているという事は、盗賊一味が領内でどうなっても外からは見えない。

 それに気が付かない連中は、下卑た笑みを浮かべながら渓谷の入口へと差しかかる。


「それにしても兄貴!」

「何だっ」

「こんな場所でドラゴンに襲われたら、村中の集落が滅茶苦茶になってるんじゃないですかね?」

「当然だ。女子供がみんなドラゴンに喰われて楽しみが減ったのは残念だが、そのぶん連中の残った財産は俺たちが有効活用してやろうじゃないか」

「これも邪神様への信仰心のたまものだぜ。邪神様は偉大なり!」


 邪神様は偉大なり! 邪神様は偉大なり!

 口々にそんな言葉を発する盗賊たちだった。

 一見すると信仰心など欠片も感じられない見た目だが、悪党働きをして金儲けができるので感謝の気持ちだけは本物だ。


 ぐしゃり!

 谷間の中腹までさしかかったところで、兄貴と呼ばれた男は目撃した。

 邪神様は偉大なりと繰り返していた先頭の男が、突如として馬上から崩れ落ちたのだ。


「ガルシア!」


 眼の前で顔面をザクロの様に潰して倒れたのだ。

 残った六人の盗賊たちは大混乱になった。


「今のは何だ。いきなりガルシアの顔が潰れたぞ!」

「みんな馬を降りろ、何者かに攻撃されている」

「魔法か、魔法攻撃なのか、姿勢を低くして周りを警戒しろ!」


 だが無駄な事だった。

 丘の上にある監視スポットから狙撃を敢行している船坂とアイリーンのペアは、すぐにも次のターゲットに狙いを定めたからだ。


 べしゃり!

 馬の陰に隠れる様にして敵を探し求めていたひとりが、胴体から鮮血をまき散らしながら倒れた。

 やはり何の攻撃を受けているか、盗賊一味にはわからなかった。


「……ごうふっ」

「え、エトランザ……どうした腹から血を流しているぞ?!」


 大混乱になった一味は、こうしてはいられないと逃走しはじめる。


「やべえ逃げろ、逃げるぞ!」

「あ、こら待て逃げてはならんぞ。サザーンメキさまの命令を守れ」

「命あっての物種だぜ兄貴」


 兄貴は叱咤を飛ばしたが後の祭りだ。

 逃げ足の早いひとりが急ぎ馬にまたがって、鞭を入れた。

 しかし馬が走り出したところで、すぐ射撃されて下馬するハメになるのだ。


「どうなっちまったんだいったい」

「邪神様お助け下さい、邪神様は偉大なり!」

「あそこだ。あそこが一瞬だけキラリと光ったぞ! あそこに何かがあるっ」

「俺に弓を貸せ!」


     ◆


「お見事です! さすがコウタロウさまっ」


 丘の上にある監視スポットから、船坂は狙撃を敢行した。

 初撃は見事にヘッドショットで馬上の敵を倒し、次は伏せている男の肺を打ち抜いた。

 そのままアイリーンの指示に従って、逃げ出す敵も下馬させたのだが、


「……コウタロウさま! 盗賊がこちらを発見しましたね」

「ちっ、気付かれるのが思ったよりも早かった」

「弓を構えています。あれを攻撃できますでしょうか」


 ボルトアクションを操作して次弾装填を済ませる。

 スコープごしに狙いをつけると、ヒゲ面の偉そうな顔をした男が船坂の方に弓を番えるのが見えた。

 何かは偉大だとか叫んでいる様だが、はっきりは聞こえない。


 ズバン!

 と振動したところで七・六二ミリ弾が銃口から飛び出して、男は死んだ。


「やりました!」


 アイリーンは美少女エルフだが、領主という立場だ。

 難民を襲ったドラゴンを前にしても立ちはだかって抵抗する度胸がある。

 盗賊が撃ち殺されても毅然としている。エルフ貴族は伊達じゃない。

 悪党に慈悲はないのだ。


「あ、コウタロウさま。他の盗賊たちが逃げはじめました。馬に乗っているひとを優先してください」

「逃がすかよ。待ってろよ……」


 銃口を盗賊に向けると、立て続けに弾丸を発射する。

 まるで本物の狙撃手の様に手慣れた動きでボルトアクションを操作だ。

 ふたりの男は背中を狙撃され、最後のひとりだけが谷間の入口に向けて逃げ出した。


「ギリギリ狙えないな。後はシルビアに任せるしかないか……」

「はい。シルビアならば安心して任せる事ができます。彼女は本当に強いですから」


 美少女エルフの領主から全幅の信頼を置かれる白銀の騎士シルビアだ。

 船坂はちょっぴり悔しい気持ちになった。自分も全幅の信頼を置かれたいと思った。


 恐らくその期待に応えるべく、彼女は谷間の入口から躍り出るのを待ち構えているだろう。 

 ふたりが監視スポットから入口付近に視線を向けたところ。

 そこに長剣を引き抜いて仁王立ちになったシルビアが、通せん坊をしているのが見えた。


「すごい、馬が驚いて棹立さおだちになりました!」

「やるなシルビア」

「そのままシルビアが馬に飛びかかります。ああ、盗賊が引きずり倒されました!」

「さすが俺のライバルだぜ」


 盗賊たちが一掃され、最後のひとりがシルビアに取っ捕まった。

 岩陰からひょこりと出てきたレムリルが、大きく手を振ってこっちに合図を送って来るのが見えた。


「コウタロウさまー、アイリーンお嬢さまー。おわりましたー!」


 ふたりは立ち上がると街道のあるふもとまで降りていく。


「それにしてもコウタロウさま、盗賊一味を一掃するなら、ぐれねぇど・らんちゃあ、をお使いにならなかったのですか?」


 確かにアイリーンの疑問通りだ。

 グレネード弾を使えば一撃で一味の大半を倒す事ができたかも知れない。

 しかし船坂は、あえてレミントン狙撃銃を使って盗賊だけを狙った。


「ああそれはな。あいつらに襲われた慰謝料代わりに、馬を売り飛ばしてやろうかと考えたんだ。別に村で必要ならそのまま使ってもいいしな」

「なるほど、その様な深謀遠慮があったのですね。コウタロウさまはさすがですっ」


 美少女エルフに羨望の眼差しを向けられて、船坂はニヘラ顔をした。

 ひとまず悪の企みは阻止されたのである。

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