12 分解すれば増殖再生するチート

「もしも盗賊一味がこのチルチルの村にやってくるのであれば、必ずこの街道を通る必要がある」


 白銀の騎士シルビアは、食卓に広げられた地図を差してそう言った。

 見れば、そこには村の中心地にある里に至るまで伸びた一本の街道が走っている。

 その先にはちょっとした渓谷が存在していて、まるで領内は袋小路だ。


「つまりこの渓谷に監視スポットを作れば、一味が来ても一目瞭然というわけだな?」

「ああそうだ。この村の地形はまさに天然の要害だからな。戦士の数さえそろっていれば負ける事だけはない」


 しかしこの村にいるまともな戦闘要員は、女騎士シルビアと船坂ぐらいのものだ。

 不安そうな顔をしたアイリーンやレムリルも戦う気でいるが、シルビアの様な剣技はとても期待できない。

 だから今回戦うのはシルビアと船坂だ。


「いったん連中の一味が街道を通過するのを確認したら、シルビアは退路を遮断してくれ」

「わかった」

「しばらくやり過ごして、俺は監視スポットからレミントンで狙撃する」

「相手に気付かれる可能性は無いか、場所がバレれば一斉に連中が向かってくる事になるぞ」

「小高い場所に陣取って眼下を見ながら狙撃すれば、何とかなるだろう」


 船坂の装備するレミントンには、オプションで消音器具サプレッサーを装着する事もできる。


「完全に音を消す事は不可能だが、ある程度その音を抑えられればバレるまでに時間がかかるはずだ」

「貴様の女神様の祝福を受けた、れみんとん、という武器は優れモノだな」

「数さえあれば一方的に制圧できるんだがなぁ……」

「それでもわたしは自分の剣が一番信用できる!」


 シルビアはそう言ってドンと爆乳を叩いて激しく揺らした。

 するとアイリーンは船坂に向き直ってこう言う。


「シルビアは頼もしいですね」

「自分の得意な武器があるのはいい事だ。慣れない装備を使うより賢い選択だ」


 後は船坂が敵の数を可能な限り減らしたところで、背後に回り込んだシルビアが捕虜を確保すれば完璧だ。


「それじゃ、バレないように監視スポットを偽装して待機するとしよう」

「偽装するなら、コウタロウさまと同じ様な林の中に入ればわかりにくい服がいりますよねー?」


 思案しながら船坂がフィールドバッグの中を漁っていると、小首をかしげた狐耳少女が質問した。

 ギリースーツを着たり草木を服に巻き付けたりする方法もあるが、


「戦闘服ならこの迷彩でお手軽偽装できるよな。数が無いけど」

「でしたら! 午前中お風呂掃除をしていた時に、脱衣所にコウタロウさまのお召し物が落ちていましたよっ」

「この服と同じものが?」

「はいー、お着替えを忘れていかれたのかと思ったのですが、違いましたか?」


 船坂は着の身着のままの状態でこのゲーム世界に放り出された。

 持っている服は今着ている戦闘服だけのはずで、それ以外の予備は無いはずだが。


「待てよ、戦闘服を斬り裂いて再生できるか実験したはずだ。その時に袖を切り落としたはずだから、そこから分裂再生したのか……」

「すぐにここに持ってきますので、待っていてくださいっ!」


 レムリルは元気にそう返事をすると、作戦会議をしていた食堂を飛び出していく。

 しばらくすると丁寧に畳まれた新品同然の戦闘服を持って帰って来た。


「これがコウタロウさまのお召し物と、こっちが下着ですっ」

「下着まで分裂していたのか!」

「うふふ。よくわかりませんが、よかったですねコウタロウさま」


 ああうん。下着の予備が増えたのだから喜ばしいが、微妙な気分だった。

 しかしこの方法を使えば、戦闘服に限らず色んな装備を増殖する事が可能というわけだ。


「誰かこの戦闘服を着るひとはいるかな? 別に防御力的なご加護はないけど、林や原っぱの中に入り込めば目立ちにくくなる」


 船坂が三人を見回すと、反応は次の通りだ。


「わたしは先祖伝来の由緒正しい甲冑があるので、いらないぞ」

「コウタロウさまさえよろしければ、わたしはぜひお揃いがいいです」

「あー、わたしもわたしもーっ」


 シルビアは元から甲冑を持っているのでいらないらしい。

 アイリーンとレムリルの主従ふたりが欲しがったので、船坂は眼の前で戦闘服をふたつに切り分ける。

 しばらくすると彼の予想通り、食卓の上でそれぞれ別個に再生を始めた。


「すごい! これが女神様の奇跡ですねコウタロウさまっ」

「ほんとだー、さすがコウタロウさまですね!」

「わたしは夢でも見ているのだろうか、服が二着に分裂したぞ」


 彼が時計で時間を観察していると、再生にかかった時間はおおよそ九〇秒ぐらいだ。

 ピースメイキングカンパニーの体験版では、プレイヤーキャラが致命的な攻撃を受けてから回復するまでにかかった時間が、だいたい同じぐらいだろうか。


「それじゃ服の上側だけだけど、ふたりにはこれを渡しておく」

「ありがとうございます。コウタロウさまだと思って大切に着用いたしますね」

「わー。新品みたいに綺麗なのに、ちょっぴりコウタロウさまの匂いが付いていますねー」

「?!」


 あわてて船坂は袖の匂いを嗅いだ。

 自動で服や体の汚れが消えるはずだから、大衆もしていないはず?!


「わ、わたしコウタロウの匂い付きの服などいらないからなっ。みんなとお揃いじゃなくても悔しくなんかないからな!」


 しかしこの理屈が他にも適応されるのならば……

 もしかすると武器なども分解して放置していれば、勝手に増え続けるのかも知れない。


「けどさすがに命を預けるメインの武器で試す気にはならないな。分解して二度と再生できなかったら最悪だし……」


 やるのならば、船坂は構造が比較的簡単なハンドガンで試そうと思った。

 レッグホルスターに手を伸ばしてP220を取り出すと、スライドをずらして拳銃を外してみる。


「いったい何がはじまるんですー?」

「こういう時、確かコウタロウは大惨事がはじまると言っていたな」


 レムリルとシルビアの会話は無視をしておく。

 広げた地図の上にスライドと残りの本体を放置しておくと、みるみる個別に再生がはじまった。

 あっという間に拳銃二挺のできあがりである。


「……すごいです。コウタロウさまの武器がふたつに増えました」

「びっくりですねー?!」


 手に取ると、スライドから分裂再生した拳銃にも弾丸入りのマガジンが装填されていた。


「ここまで来たらまさにチートだな」


 よく見れば、物欲しそうな顔をしたアイリーンが上目遣いで船坂の顔を覗き込んでいる。

 美少女領主というお貴族さまを相手に失礼だが、船坂は密かに「待てを命じられた犬」を連想した。


「ご、護身のためにこの拳銃を渡しておこう。後で射撃練習をして安全装置の使い方を覚えておこうね」

「はいコウタロウさま。手取り足取り、よろしくお願いしますね!」


 目をキラキラさせたアイリーンは、満面の笑みで返事をした。


     ◆


「……コウタロウさま、来ました!」


 そこは村外れにある渓谷の監視スポットだった。

 船坂とアイリーンはふたり並んで林の中に息を潜めている。


「どこだアイリーンさん?」

「あそこが見えますか、谷間のずっと先に一本杉があるのを」

「見えた。人数は七人か、思ったよりも人数が多いな」


 戦闘服のジャケットと、動きやすい様に短めのスカートに着替えたアイリーン。

 彼女は船坂から借りた双眼鏡を覗き込んで、盗賊一味の方角を指さした。

 

 軍隊では狙撃手は常に二人組で行動するらしい。

 ゲームや映画のにわか知識だが、狙撃手スナイパー観測手スポッターの役割を自分と美少女領主で役割分担する事にした。


 そして念のため、村の入口近くにある集落はレムリルが避難勧告を出している。


「よし。そろそろシルビアの出番だな。準備はいいか?」

「もぐもぐ」


 スコープを覗きながら船坂はシルビアに合図を送ったが、肝心の女騎士からは返事がない。


「おい、シルビア……?」

「もぐもぐもぐ」

「……聞こえていますかシルビア?」

「シルビアさんならチョコバー食べてますよー」

「ふもふもゴックン。おい貴様、このハーシーというお菓子は甘くて美味しいな!」


 返事がないと振り返ってみれば、レムリルの指摘通り胡坐をかいた白銀の騎士がハーシーを頬張っている。

 女騎士は甘いものにはめっぽう弱いのだ。

 まるで緊張感が無い長身豊満エルフ娘に、船坂は呆れて叱咤を飛ばした。


「おかわりはもうないのかコウタロウ?」

「さっさと行けよ!」

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