10 白銀の女騎士シルビア

「お嬢さま、アイリーンお嬢さまっ!」 


 銀髪爆乳のエルフお姉さんは、脱衣所で大音響を張り上げた。

 急いでバスタオルで大事なところを押さえて、船坂に剣を付きつけながら警戒心まる出しだ。

 しかし体の大事な部分が零れ落ちんばかりに豊かなので、完全に隠しきれていない。

 彼女は豊かな胸の先端が陥没していた!


「浴室に男が、筋肉モリモリマッチョマンの変態がいたぞ!」

「どうしましたシルビア、帰還して早々いったい何事ですか」

「驚かさないでくださいよー、殿方の前でそんな大きな声を上げたらはしたないですよ?」


 洋館中に響き渡る悲鳴を上げたものだから、リビングでくつろいでいたらしい領主のアイリーンも使用人レムリルも飛んでくる。

 けれど銀髪爆乳お姉さんの予想に反して、ふたりは落ち着いた態度だった。


「お嬢さまはどうして平然としてられるのだ、浴室に知らない男がいたんだぞ!」

「コウタロウさまがお風呂に入る時間なのですから、コウタロウさまがお風呂にいるのは当然です」

「で、でもでも、この男は嫌らしい目つきで、わわわっわたしの胸をガン見していたんだっ」


 キッパリとアイリーンが返事をしたものだから、銀髪爆乳のお姉さんは反論した。

 すると今度は三人の女性の視点が船坂に向く番である。


「そうなのですか、コウタロウさま?」

「え? いや湯煙でハッキリ見えなかったからノーカンです」


 あわてて船坂は被りを振って否定した。


「コウタロウさまはこの様に仰っていますが?」

「ぐぬぬ、お嬢さまは家臣のわたしとこんな男と、どちらの言葉を信じるのだっ。だいたいこの痴れ者は何者なんだ?!」


 大きくため息を漏らしたアイリーンが、船坂に向き直って口を開いた。


「このお方は、ドラゴンに襲われたわたしたちを窮地からお救いくださった女神様の守護聖人、龍殺しのフナサカ・コウタロウさまです」

「しょんなのは嘘だ! どこからどう見ても筋肉モリモリマッチョマンの変態じゃないかっ」

「そうですよー。シルビアさん、コウタロウさまがちょっとぐらいエッチな視線でおっぱいを見られたぐら、いいいじゃないですか。減るものじゃないし?」

「そうゆう問題じゃないんだろっ。乙女の価値が減るだろ?!」


 刹那の間、その豊か過ぎる胸に釘付けになったのは事実であるが……

 船坂はその事を黙っておく。


「ご紹介が遅れてしまいましたね。コウタロウさま、こちらは当家に仕えている騎士のシルビアです」

「シルビアさんは剣の達人で、五人の悪党をひとりで斬り伏せた事もあるんですよー」


 そうやってふたりが銀髪爆乳お姉さんの紹介をはじめると、得意げに胸を張って船坂を睥睨する。

 もはや隠す事はどうでもよくなったのだろうか、豊か過ぎる爆乳を天に突きあげる様に自己主張するものだから、船坂は目のやり場に困った。

 

「フフン、白銀のシルビアとはこのわたしの事だ。わが剣にかかればドラゴン如きは一刀両断だったのに、くそう残念だ!」


 差し出された右手を握り返すと、グっと握力を込めて女騎士が握り返してきたのだ。

 どうやら船坂は、白銀の騎士シルビアにライバル認定された様だ。


「よ、よろしく……」

「アイリーンお嬢さまに対し不埒な考えをしようものなら、貴様の首と胴体が永遠にお別れする事になるだろう。覚悟しておけっ!」


 びえっくしょんっ!

 シルビアは大きなくしゃみをひとつ飛ばすと、寒そうに湯煙で満たされた浴室へ消えた。


「……あの、コウタロウさま。シルビアのご無礼をお許しください」

「いや構わない。彼女にも騎士としての立場があるだろう。これは不幸な事故だ」

「ありがとうございます、コウタロウさなっ」


 自分のデカすぎる胸は守れず、途中から隠すのをやめてしまったが。

 アイリーンの謝罪に真顔で返事をした船坂は、ムッチリ大きなお尻を追いかけた。


     ◆


 夕食時の事である。


「お嬢さまの命令通り、早馬で隣の街や村々に対してドラゴン出現の警報を触れ回って来た。必要があればただちに援軍を差し向けるとの約束も取り付けてきたが……」


 ナイフとフォークを器用に操りながら、シルビアは船坂に胡乱な眼を向けた。

 どうやら未だに彼の存在をこの女騎士は疑っている様だった。


「けれどもコウタロウさまのおかげで悪いドラゴンは討伐されました。シルビアには無駄足を踏ませてしまいましたね」

「い、いやそれは構わないのだが、ひとつ気になる点がある」

「どういう事ですかシルビア?」


 食卓に並べられたのは豪華な牛肉の蒸し焼きだった。

 いわゆるローストビーフというやつで、手の込んだ料理である事は間違いない。

 船坂はシルビアの言葉の続きに注目し長rも、大きな牛肉の塊を口に運んで幸せを味わった。

 美味い!


「ドラゴン出没の通報を聞いた盗賊どもが、集まってくる可能性があるのだ」


 神妙な顔をした女騎士が、爆乳を抱き寄せる様にしてそう言ったのだ。


「どういう事だシルビア。ドラゴンと盗賊にどういう因果関係がある?」

「わたしを呼び捨てにするな変態! 無駄に筋肉モリモリマッチョマンの癖に……」

「あんただって女の癖に筋肉は相当のもんだろっ?!」


 三白眼を向けられたので、たまらず船坂は反論した。


「わたしのは機能美溢れる筋肉だ。貴様の様に意味も無くとりあえず筋肉増量したマッチョ信仰とは違うのだ!」


 しかし言い争いばかりしていては話の先が進まない。船坂はその言葉をグっと心の中で我慢した。


「ドラゴンに襲われた集落は、避難民となって住んでいる土地を離れるだろう。当然、放逐された家々にある金目の物を狙って、不埒な考えを持った輩が集まってくる事は容易に考えられる」

「コウタロウさまー。普通、ドラゴンを倒すには軍隊を率いて討伐するんですけど、実際はコウタロウさまひとりで倒しちゃいましたから。周辺の盗賊たちはそれを知らないんです」


 シルビアとレムリルのおっぱいコンビが説明してくれると、なるほどと船坂は頷いた。


 ドラゴン討伐が船坂によって成された事を知らない盗賊たちは、シルビアが急報を告げるために街や村々に触れて回った噂を聞きつけ、アイリーンが治める領地へ集まってくる可能性があるという事か。


「邪神教団が活発に布教活動をする様になってから、この王国の治安は著しく悪化しています。盗賊たちが姿を現す可能性は、非常に高いでしょう……」

 

 アイリーンは心苦しそうに身をよじらせて悲しい顔をした。


「非常に高いという事は、ほぼ確実という事か」

「残念ながらそこの変態が言う通りだろう」


 だから変態とか言うなよおっぱい。

 船坂は不満顔をしながらシルビアが続ける言葉に耳を傾けた。


「打ち捨てられた集落に盗賊がやって来た場合、連中の目的は金品や食糧だ。しかし住民たちが集落を捨てていないとわかれば、今度は女子供をさらう可能性がある。連中も生活がかかっている以上、タダで引き返すなどという事は無いだろう」


 何ともドラゴンとは疫病神の様なものである。

 襲われれば住民に多大な被害をもたらすし、討伐されてもその余波で盗賊を呼び集めるのだ。


「盗賊のひとたちは邪神教団と繋がっているとも言いますし、彼らにとって異教徒をどの様に扱おうとも、彼らの教義では許されるのですから」

「恐ろしい事ですね、アイリーンお嬢さまっ」

「さすがにシルビアの剣技をもってしても、ひとりで数十人からの盗賊たちを相手にする事はできません。どうしましょうコウタロウさま……」


 食卓の向かいに座ったアイリーンは、すがる様な視線を船坂に向けた。

 白銀の異名を取るシルビアですらも無言で下を向いているところを見ると、やはり単独でどうこうできる相手ではないと考えているのだろう。

 彼は静かに三人の娘たちを見回して、こう質問する。


「相手の人数はどれぐらいで、いつ頃姿を現しそうなんだ? やり方によっては対抗できるかもしれない」

「おい貴様っ、冗談でその様な事を言っているのではないだろうな?!」

「俺はドラゴンだって倒してしまう男だぜ? アイリーンさんだって見ていたはずだ」

「くっ……」


 逡巡しつつも渋々引き下がったシルビアは説明を再開する。


「恐らく、ドラゴン来襲の噂が駆け巡るのは数日とかからないだろう。今日明日という事は無いが、それ以後ならばいつ姿を現してもおかしくはない」

「人数の方はどうだ?」

「街に立ち寄った際に役場で聞いた話では、サザーンメキという男が二〇〇人の悪党を率いているという話を聞いた。ちなみにその男は邪神教徒だ」


 つまりコウタロウさまの仇敵ですねっ。

 熱い視線を船坂はアイリーンから受けてしまった。

 そんな設定を彼女は思い込んでいる節がある。


「悪党のやり口はだいたい手下の一隊が斥候にやって来て、行けると踏めば全力で荒らしに来るのがパターンだ」


 ではまず敵の斥候を料理してやる必要がある、という事だな。

 船坂はニヤリと口元を歪めながら、フォークを蒸した牛肉の塊に突き刺した。

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