3 立ちはだかるドラゴンにグレネード弾をぶちかませ

 船坂の購入したピースメイキングカンパニーのパッケージに描かれていたドラゴンは、飛翔しているヘリコプターと比較すると体長数十メートルにもなる、まさに怪獣だった。


 ドオオオオンン!


「……ぎゃあああ! これもしかしてマジもんじゃねえのかあああ!」


 圧倒的存在のドラゴンを前にして。

 船坂弘太郎二九歳は、小学校一年生以来のジョビジョバをした。

 あれは確か子供会のキャンプにでかけた時だ。

 その時に股間を濡らした感触と、ドラゴンの咆哮を聞いてチビった温もりは同じものだったのだ。


 ようやくこれが夢などではないという事を船坂は理解した。


「くそっ、やべえよどうする。逃げるか?!」


 レミントン狙撃銃の倍率を調整して、今も咆哮をまき散らしながら暴れるそいつを観察してみると……


「な、何だあれは。剣と魔法を持った人間たちが、ドラゴン相手に戦闘をしているぞ……」


 ドラゴンの巨体からすれば豆粒にしか思えない様な小さな人間たちが、槍や剣を持って立ち向かおうとしている姿が飛び込んで来たのである。

 指揮を取っているのは、どうやらドレス姿に鎧を身に纏っている人間らしい。

 剣と盾を持って叱咤をしている姿が映ったが、船坂の様な素人目に見ても明らかに場違いなほど取り乱しているのがわかる。


 そうしているうちに、ドラゴンはけたたましい地鳴りの様な咆哮を再びまき散らし、口からファイアボールを射出して大地の木々をなぎ倒したのである。


「うおっ暗視装置を付けていたら目潰し状態だっ」


 あわててヘルメットのナイトビジョンを跳ね上げてみたが後の祭りだ。

 だがドラゴンの紅蓮攻撃によって大地の木々が焼かれたのか、スコープ越しに観察するぶんには十分だった。


「ヘリを撃墜したのはやっぱりドラゴンだったんだな。クソっあのままじゃ人間が皆殺しだ、何とかできないのかっ」


 そんな事をブツブツいいながら観察を続けていると、剣と盾を持った指揮官らしき人間には長い耳をしているのがわかる。という事は、


「あれがエルフスタンの現地在住の少数民族という事か」


 甲冑の上からでもわかる様な豊かな胸は、明らかにエルフの性別が女性である事を物語っていた。

 ゲーム世界の設定の様に船坂は特殊部隊員の訓練を受けているわけではない。

 銃火器で武装しているからと言って彼ひとり助けに入ったところで、死体がひとつ増える事になるだけだろう。


 それでもスコープの覗き込んでいれば、逃げ惑いこけてしまった子供を抱き起しながら、指揮を取っている女エルフは無謀にも剣を突き出してドラゴンに立ち向かおうとしているのだ。

 彼女の無謀な行動に比べれば、自分の持っている武器の方が遥かに効果があるのだと船坂は自分に言い聞かせた。


「見ちゃいられない。このまま女の人を見殺しになんてできるか!」


 気が付けば流れるような動きでボルトアクションを駆動させ、船坂は弾丸を装填する。

 そのままスコープ越しにドラゴンに移すと、今しも大きな口を開け広げて何かを吐き出そうとしている姿を目撃した。

 このままでは、ふたたびドラゴンの口からファイアボールが吐き出されることは間違いない。


「急げ。距離はどれぐらいだ、だいたい三〇〇ぐらいか……素人の俺にはさっぱりわからん!」


 だが俺の手元には狙撃銃がある。

 船坂はそう自答した。

 レミントンの威力がどれだけドラゴン相手に通じるのか知れたものではないが、いかにも柔らかそうな舌が大きな口を広げて見えている。

 何かの書籍で読んだことがあるが、射程五〇〇メートルに設定しておいた狙撃銃の誤差は前後二〇〇メートル間ならば誤差が無かったはずだ。


「よしいいぞ。俺ならできる、俺ならできる」


 トリガーに指をかけると、M-4カービンとは比べ物にならないほどその引き金は柔らかな感触だった。

 自然と膝撃ちの姿勢を取っていた彼はそのまま、コトリと音を立てる様にトリガーを引くと、七・六二ミリの弾丸を射出する。


「これでも喰らえ!」


 大きなパアンという音が周辺の森林に響いたかと思うと、それは狙った先から幾らかずれて、巨大なドラゴンのアギトを掠める様に命中したのだ。

 否、その弾丸は重厚な鎧の様な鱗によってはじき返されたのだ。


「トカゲ野郎の意識をあの女エルフから引きがさせればそれでいい……」


 だがその一撃で、ドラゴンの注意は船坂の方に向けられたらしい。

 構わず空薬莢を輩出して次の弾丸を装填した彼は、ふたたびスコープ越しにドラゴンの半開きの口を狙い定めてトリガーを引き絞る。

 ふたたび弾丸がパアンと音を立てて飛び出すと、今度は巨大な牙にぶち当ったらしく、ドラゴンは可愛げのまるでない悲鳴をひとつ飛ばして本格的に船坂の隠れている側に接近を開始したのである。


「気付かれたか。急げ次の弾を!」


 ターン、ガシャリ。ターン、ガシャリとボルトアクションと射撃を交互に繰り返したが、その弾丸は口の周辺に飛び込んでもあまり効果があったようには思えない。

 そうしているうちにドラゴンは大きな翼を広げて、けたたましい怒号の響きを辺り一帯にまき散らしたのである。


 グオオオオオン!


 激しいその地鳴りの様な咆哮には、まるで聞く者を恐怖に陥れる魔力でも備わっているのかも知れない。

 少しチビリそうになりながらも狙撃銃の弾を射ちきるまでそれを続ける。

 同時に呆然と立ったまま、何が起きているのか理解しないでじっとしている女エルフの方に向かって、船坂はたまらず叫んだ。


「何してるんだ! そこから逃げろっ。俺が引き付けている間に、子供たちを連れて下がるんだ!」


 狙撃銃からM-4カービンに武器を持ち変えた船坂は、ズンズンと木々をなぎ倒しながら自分の方向に迫るドラゴンめがけて、指切射撃で攻撃した。

 先ほどは勢い余って無駄撃ちをしたが、今度は驚くほど体が頭でイメージした様に動いてくれる。


 距離が数十メートル近くまでやって来たところで、船坂はグレネード弾を一発ぶち放ってやった。


 その距離が適正かどうかはわからないが、戦車の装甲の様な重厚な鎧を傷つけない限りは、致命的なダメージを与える事は出来ないので選択はこれしかない。


 だが命中とともにドラゴンの咆哮にも負けない爆裂音をグレネード弾ががなり立てた時には、流麗な動きで次のグレネード弾をランチャーに装填完了していた。

 もう一発を射撃し、さらにもう一発を射撃。


「死にさらせ、おら!」


 下品な言葉を口にしながら、持っている全てのグレネード弾を打ち尽くしたところで、改めてフルオート射撃で薙ぎ払う様にM-4カービンで射撃する。


 ここまで距離が近ければ、もはや狙いを定める必要が無いほどドラゴンは巨体に感じられた。

 そうして土煙をまき散らしている相手を改めてナイトビジョンで観察してみると、大きな翼をバタつかせてうごめく様に暴れているドラゴンの姿が飛び込んで来たのだ。


「よし、さすがにグレネード弾は効果があったらしい。翼がズタボロじゃねえか!」


 その事を確認する様に言葉にした船坂は、そのままふたたび狙撃銃に持ち替えながら、現地住民のエルフたちと逆の方向に走りだす。

 このままドラゴンの注意を引き付けて、エルフたちが逃げ出す時間稼ぎをするつもりだった。

 

 巨大な翼だけではなく、鎧の表面もいくらかはグレネードランチャーで傷付き、ただれている様だ。

 それならば七・六二ミリ弾がドラゴンの柔らかい肉の部分に突き刺さるかも知れないのだ。


 弾丸を装填しながら走りりつつ途中で立ち止まりスコープの覗き見すると、怒り狂ったドラゴンの巨大な口が飛び込んでくる。

 ちょうどファイアボールを船坂めがけてぶち込もうとしたところだった様だ。


「真正面か、それなら俺でも外し様がない!」


 そうはさせるかとタイミング良く、船坂は立て続けに二発の狙撃を敢行した。

 今度は確実にドラゴンの口内のどこかに命中したらしく、大きく首を振って苦しがっている姿が見えるのだ。

 だが倒れる気配がない。


「くそっ、異世界のドラゴンは化け物かよ?!」


 巨大なゾウやカバを相手でも、ライフルで仕留めるにはかなりコツがいるし何発も弾丸を必要とする事があるらしい。

 そう考えればレミントン狙撃銃から射出される七・六二ミリのライフル弾など、歯茎に爪楊枝が刺さった程度の苦しみだったのかも知れない。


「やべえ、やべえぞ。俺を殺す気だ。マジでキレちまってるよあのトカゲ野郎っ」


 森林の樹木を震撼させる怒号の雄叫びを上げたドラゴンは、そのまま大きく後ろ足で立ち上がる。

 距離にして数十メートルだろうか。

 あわてて船坂は後ずさり、少しでもその場所から離れようと走り出した。

 背後を気にしながら必死で逃げる。

 立ち上がったドラゴンは船坂の場所をしっかりと確認した後に、ファイアボールを確実に命中させるつもりで狙い定めているのだ。


「このままゲームオーバーになっちまう! 童貞のままでさよならは御免だ!」


 持っている狙撃銃を放り出したくなる気持ちを必死で押さえながら、必死で背後を振り返りつつも森林地帯を駆ける。

 途中で足を草のツタに引っかけそうになっても、強引に引きちぎって前進だ。

 心のどこかでもう駄目だと死の覚悟を決めそうになったその時である。


『……ガガッピーガガ、ピー、タクスフォース・ジャンキー、タクスフォース・ジャンキー。こちらエンジェルドラゴン、聞こえるか?』


 片耳に装着していたイアフォンから無線の空音が鳴ったかと思うと、船坂たちのチームを呼び出す言葉が投げかけられたのである。

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