4 ガンシップをつかえばドラゴンと言えどミンチです

『……こちらエンジェルドラゴン。タクスフォース・ジャンキー、聞こえたら返事をしてくれ』


 エンジェルドラゴンのコールサインを名乗る無線の相手の言葉を聞いて、船坂弘太郎は狂喜乱舞したい気持ちに駆られた。

 ゲーム内でそのコールサインが与えられているのは、戦術輸送機C-130を改造して大砲や機関砲を装備した強力なガンシップと呼ばれる火力支援機だった。


「ハアハア、ジャンキー04だ。聞こえているぞ?!」


 長時間を滞空しながらその強力な砲力で、地上の敵戦力を制圧するための攻撃機である。

 少数で隠密作戦をする事が多い特殊部隊の隊員たちを、空から援護射撃するまさにエンジェルの様にありがたいドラゴンの様な火力を持った味方なのだ!


『よかった。きみの姿は上空からよく見えている、地上にいるまがい物のドラゴンを背にして逃げているのがそうだな? 他の仲間はどうした』

「ヘリは墜落して搭乗員は全員死んだ! 他の連中はひとりヘリから放り出されて行方不明、俺はこの通り絶体絶命だ。何でもいいから助けてくれ?!」


 全速力で走りながらマイクに向かって叫びを上げる船坂は、まるで自分がアクション映画の登場人物になった気分だ。

 もちろんこのままガンシップの攻撃で助かればハッピーエンド、哀れに死んでしまうのであれば序盤で退場するその他大勢のひとりだろう。


『了解、ジャンキー04はそのまま右方向に離脱してくれ。その先に大きな岩があるから隠れるんだ』

「わかった見えたぞ! さっさとトカゲ野郎を料理してくれっ」

『ターゲットをロックした、五秒後に発射する』


 イヤフォンの向こう側から落ち着いたエンジェルドラゴンの声が聞こえた。

 荒い息をしながら岩の背後に滑り込むと、船坂はそれにしがみついてレミントン狙撃銃を抱きしめる。

 その次の瞬間には大気を斬り裂くような音が天上から響いて、地上にガンシップから放たれた特大の砲弾がぶち込まれた。


 ズドオオオオオオンっ!

 ただの一撃だったがそれだけでドラゴンを巻き込みながら周辺の木々が吹き飛ばされたのが分かった。

 岩陰から顔を出してみれば、特大の砲弾に続いて機関砲による間の空いた三連射が放たれた様だ。


「いいぞもっとやれ! そのままトカゲ野郎をミンチにするんだっ」

『ジャンキー04、頭を下げていろ。お望み通りおかわりをぶち込んでやる』


 淡々としたエンジェルの言葉の後。

 ザシュザシュザシュという三〇ミリ機関砲の連撃がドラゴンに突き刺さった。

 その直後、怒りの咆哮とは別種の響きをドラゴンの口から聞く事ができたのだ。

 ドオロロロンとその巨躯からは想像できない情けないものだった。


『ジャンキー04、反復攻撃の必要性があるか確認してくれ』

「大丈夫だエンジェルドラゴン、トカゲ野郎はミンチになって跡形もない!」

『了解、そろそろ燃料が尽きるぞ。タイムオーバーでまもなく基地へ戻るが他にご用命は?』

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 船坂は重ねて感謝の言葉を無線に向かって口にする。

 その時になって、船坂はふとある事に気が付いたのだ。


「あれ、確かさっき使い切ったと思っていたグレネード弾が復活してないか? ひいふうみ、三発ともあるじゃないか」


 どうやら時間経過とともに消耗品の類は復活するらしい。

 やはりゲームの世界の延長線上だからそうなったのか。

 ふと木々の狭間から空を見上げたところ。

 暗がりの向こう側、山々の遥か先が赤紫に彩られているのが見えた。


 時刻は午前五時頃に差し掛かっていた。

 そして山の先から顔を出しつつあった太陽に照らされた銀翼のガンシップが、きらきらと反射光で浮かび上がっている姿が見えたのだが……


「どういう事だいったい。空の中に突然ガンシップが消えただと?!」


 忽然と空間の狭間にAC-130が姿を消して、船坂はてきめんに驚いた。


「エンジェルドラゴン聞こえるか、こちらジャンキー04。聞こえたら応答してくれ!」


 無線からはザアという空音だけがむなしく響き渡る。

 ゲーム世界と地続きの中に船坂が飛ばされてしまったのであれば、この特殊部隊が所属していた軍隊が彼を回収しに来るのか。

 であれば自分は今回、任務失敗と判断されて戦闘レスキューチームの乗り込んだヘリに回収されるはずだ。


「だがもしも、そうでないならば……」


 俺はいったいどうなってしまうんだと、上空を見上げたまま船坂はつぶやいた。

 ガンシップの存在は何かの条件が揃うと姿を現して、消耗品と同じルールか何かで一定時間が経過すると消滅するという事か。

 という事はガンシップは一時的に利用できるオプションの扱いという事になる。


 静けさを取り戻した森林に改めて視線を戻すと、船坂は歩き出した。

 とにかく、孤立無援になってこの世界に取り残されてしまったのならば、生きた人間と合流して何とかサバイバルをしないといけない事になる。


 気が付けばジョビジョバしたはずの股間は乾いていた。

 臭いも気にならないのは、いったいどういう事だろうかと船坂は首をかしげる。


 詳しい事情は後にして、今はエルフ族のみんなが逃げ惑っていた方に向かって歩きながら、被害者がいないのか確認しようと船坂は思った。

 木々の狭間から見え隠れしているのは、先ほど剣と盾で果敢にドラゴンへ挑もうとしていた女エルフであるらしい。


 彼は現地住民と少しでもフレンドリーに接することを心がけながら、右手を持ち上げて挨拶をするのだった。


「こんにちは、ハロー。俺の言葉がわかるかな?」


     ◆


「異国の戦士さま。この度は大変危ないところわたしどもをお救いくださり、本当にありがとうございましたっ」


 朝陽に照らされる森林の中で、アッシュグレーの長髪をした美少女が深々と頭を下げた。

 彼女は剣を盾を持っているから、きっと暗闇の中で同族の仲間たちを助けるために陣頭指揮を取っていた人物だろう。


「俺はたしいた事は何もしていないけどな。あのトカゲ野郎を倒したのは、半分以上エンジェルドラゴンのお陰だし」

「?」

「いや、何でもない。とにかくきみたちが無事だったのなら、命を張った甲斐があったよ」


 まるで貴族のお姫さまの様な外見にドレスの上から甲冑姿をしているので、残念ながら戦場経験が豊富な女騎士には見えなかった。

 恐らく普段はこんな格好をしていないのだろう、今はボロボロだがまるで戦闘に不向きな甲冑の装飾をしている辺りも、船坂の推察を肯定する材料だ。


「おかげさまで避難した村の者たちの多くは命を救われました。犠牲になった者たちも、残った家族がこうして無事だったことを魂の旅立った先でも喜んでいるはずです」

「そうか、やっぱり犠牲ゼロとはいかなかったんだな……」


 当たり前の話だが、船坂は引きつった笑いを浮かべながらそう返事をした。

 森林地帯のあちこちが、ドラゴンとの戦いで焼け野原になっていたりしている。

 上半身を粉砕されて死に絶えたトカゲ野郎自身がその死体を焼け野原に晒している有様だ。


「いったいどうしてドラゴンときみたちは戦っていたんだろう」

「昨日、この近くへ若いドラゴンが姿を目撃したと報告がありました。村人たちを危険に晒さない様にいくつかの集落を放棄して、わたしの屋敷がある集落まで逃げる様に避難をしていたのですが……」


 船坂に説明をしていたエルフの若い少女は、途中で背後の焼け野原を振り返った。

 老若男女のエルフたちが家財道具や荷袋を手にして、幽鬼の様に歩いている姿があった。


「避難勧告を出して逃げ延びる前に、ドラゴンに追いつかれてしまったという事か」

「はい。まさか夜中のうちに襲われる事になるとは思わなかったのですが、タイミングの悪いことに屋敷に仕えているただひとりの騎士を、街へ援軍要請を出すために送り出していまして……」

「そりゃ災難だった」

「ですが、わたしには領主としての責任があります」


 いやきみは無謀すぎる状態で、十分に責任を果たそうとしているように見えたがね。

 ナイトビジョンで確認した限り、船坂にはそう思えた。

 きっと騎士が留守中はせめて自分が領民の盾になろうとでも思ったのだろう。


「ああ、きみはその若さで領主だったのか?!」


 言葉を反芻していて船坂は驚いた。

 領主と言えば市長か知事か、とにかくお貴族様であるから船坂のフレンドリーすぎる態度はとがめられてしまうかもしれない。


「申し遅れました。わたしはこの領地を治めているアイリーンと申します。異国の戦士さま、どうか以後お見知りおきを!」

「はは、よろしくお願いします」

「ところで戦士さまのお名前もよろしければお聞きしても?」

「船坂です。ネイビーシールズのチーム2所属、タクスフォース・ジャンキー04の船坂弘太郎です」


 スラスラと現実の自分とゲームの設定を組み合わせて彼が自己紹介をしたところ。

 アイリーンと名乗った美しい長耳の美少女は、右胸に手を付いて会釈をしたのである。


「よろしくお願いしますフナサカ・コウタロウさま」

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