2 フルバーストで双頭の狼たちをなぎ倒せ


 船坂が意識を取り戻すと、まず最初に感じたのは鈍重な痛みだった。

 体中が悲鳴を上げていて生きている事が不思議なほどである。


「っくそ。俺の夢はどうなっちまったんだいったい?!」


 けれどぼんやりとした視界は徐々に鮮明になっていって、暗がりの森の中でどこか一部だけ轟々と燃えている箇所があるのを発見した。

 これは体験版でキャンペーンモードをプレイした時には無かったシナリオの展開だ。


「こ、これは……体験版のため、製品版とは一部内容が異なる場合がございます! というやつか」


 胴体には弾帯付きの防弾ベストを装着、太ももにはレッグホルスターの膨らみがあった。

 そればかりか水筒やフィールドバッグもベルトに装着されていて、それらは重量感を持って船坂の体にズッシリと固定されているではないか。

 この辺りはゲームではなく、夢ならではのリアリズムだ。


「武装はちゃんとM-4カービン銃持ってるな。よし、弾丸装填ッ」


 気が付けば先ほどまで鈍重な痛みを訴えてい体が、徐々に自由を取り戻しつつある。

 FPSでは死ななければ自動で体力が回復する様になっていたりするが、さすがゲーム設定をそのまま夢が引き継いでいるわけだ。

 夢ならチートも完備されているというわけですね!

 だとすれば、


「さすがはご都合主義の夢だぜ!」


 そんな言葉を口にしながら、船坂はM-4カービン銃を構えて周囲を警戒した。


 体験版のシナリオとは違う分岐になってしまったが、ゲーム内には様々な凶悪モンスターがいつ襲ってくるとも知れない。

 あるいはヘリに向かって魔法攻撃を仕掛けてきた敵が存在しているのは間違いないのだ。


「敵が現れる前に試射しておくか」


 カービン銃のボディにある安全装置を確認して、射撃モードを単射に設定した。

 そのまま森の暗がりの中に銃口を向けてからトリガーを絞ると……


「?!」


 ズガンと腕に衝撃が走って、銃口から五・五六ミリライフル弾が飛び出すとバレルが跳ね上がった。

 あまりに衝撃が凄いいのでついつテンションが上がる船坂だ。


「この臨場感ぱねぇ。何かモンスターとか飛び出してこねえかな……」


 ミリオタの作法として、すぐにトリガーから指を外しておく。

 そして、視界の端で轟々と燃え盛っているのは、ゲームプレイヤーを先ほどまで運んでいたはずのCH-47ヘリコプターだろう。

 船坂は何か目ぼしい武器が手に入らないかと思って、燃え盛るヘリの残骸に近づいたのだが……


「うおお、めっちゃ燃えとる。オイルが燃える様な臭いまで夢では再現しなくていいです。くっせぇ、誰かいますかー?」


 墜落現場までやってくると、操縦席付近にあり得ない角度で体を捻じ曲げているパイロットの姿が飛び込んで来た。

 ひとりはフロントガラスに頭を突っ込んで、もうひとりは壊れた超合金の人形みたいになっている。


「これは酷い。でもこれはゲーム、ゲームだから……」


 ヘリコプターそのものも墜落の衝撃で胴体が中折れの様になっていた。

 あわてて後方に回り込んでカーゴスペースの中を覗き込むと、貨物室内部は乗り込んでいたタクスフォース・ジャンキーの仲間と機上員が弾けるポップコーンみたいに散乱していた。


「おい、誰か生きているか! 生きていたら返事をしろ!」


 返事はない。遺体を確認してみると人数も足りない。

 船坂は同僚の遺品の中から狙撃銃を拾い上げた。


「レミントンか。これがあると遠距離射程で一方的にスナイプできる。仲間の形見だと思って頂いておきます……」


 狙撃銃を背中に担ぐと貨物室の外に出た。

 もしもこれがFPSによくあるパターンならば、墜落現場にモンスターや敵勢力が集まってくる事になる。

 いつまでもゲーム開始地点に残っていると、自分が包囲されてしまう事になりかねない。


 船坂はわずかに逡巡したが、意を決してこの場を離れる事にした。

 周辺の森林地帯を見渡しながら、ザクリザクリと茂みを分け入って歩みを進めていると。


「グルルっ」

「?!」


 暗闇の中で唸る様な響きが複数、船坂の耳に届いた。

 体験版の内容を改めて脳裏で反芻する。

 出現するモンスターは何だったか。周辺で一番やっかりなのは森林地帯に生息しているドラゴンだが、その他にも雑魚っぽいヤツもいたはずである。


 船坂はカービン銃を構えた。

 唸りの聞こえる方向はほんの数メートル程度の距離じゃないだろうか。

 その方向をじっくりと観察しながら、ヘルメットに装着していた暗視装置の事を思い出した。


「そ、そうだ赤外線ビジョンで確認。特殊部隊員でよかった……」


 暗視装置の視界を通してみると、周囲の色は緑の濃淡が広がる。

 わずかな可視光線を集めて画像化してくれるそのビジョンによれば、木々の狭間にはモンスターの存在を教えてくれた。


「ひいふうみいよ……全部で六匹! しかも首がふたつもある狼だ。雑魚ですね」


 雑魚と言ったのが気に食わなかったわけでは荷だろうが、船坂がそう口にしたところで双頭の狼たちが果敢に飛びかかってくる。

 あわてずライフルの安全装置を連射モードに切り替えながら、脇を締める様にして船坂はトリガーを引き絞った。


 タタタタンと軽快な連続射撃が響いて、銃口が跳ね上がりながらも辺り一帯を制圧射撃した。

 襲いかかってきた双頭の狼たちは何匹かなぎ倒されたらしく、キャインと悲鳴めいたものを飛ばしながら残った連中が後退したのがわかった。


「くそゲームより命中率が悪いな! 死ね、殺してやるっ」


 照準器で狙いを定めなかったのが悪いのか、命中率はイマイチだ。

 しかし、気が付けばマガジンに収められた三〇発すべての五・五六ミリ弾を打ち切ってしまったらしい。

 あわてて船坂はレッグホルスターから拳銃を引き抜いて、バスンバスンと残りの双頭狼を掃討した。


 最後に残った一匹はあわてて森林の奥の方に逃げていく。


「させるかよ……」


 ちょっと慣れない手つきでマガジンポーチを探りながら、予備のものと交換した。

 再装填を済ませると、何とか意識を集中させながら今度こそ光学式照準器ダットサイトを覗き込み、単射モードでズガンと五・五六ミリ弾を打ち放つ。

 見事に双頭狼は地面に倒れて、モンスターどもの掃除は完了した。


「しっかりダットサイトで狙いを付けたら命中率が上がるのか。さすがご都合主義の夢だな。リアルだとこんなに上手くいくはずがない。イージーモード様々だぜ」


 ゲーム内では確か弾数制限が設定されていた。

 通常、ノーマルモードやハードモードではより手持ちの弾丸数が減らされているのだ。

 しかし体験版はノーマルモードしか無かったので、イージーモードの場合がどの程度の制限があるのか船坂にはわからない。


「弾数に限りがある場合はさっきみたいなもったいない打ち方は出来ない。しっかりとダットサイトで狙いを付けながら一匹ずつ倒さないとな……」


 妙なところでリアル感がある夢なので、船坂は自戒しておこうと決めた。

 そうして周囲を改めて暗視装置で見回そうとしたところ。


 ドオオオオオン!


 今度はチンケな双頭狼どころではない、すさまじい地鳴りの様な方向が森林地帯を震わせたのである。

 明らかに圧倒的上位のモンスターが発する咆哮にチビリそうになるが、その直後にそれとは別の爆発音の様なものが複数、森の向こう側で聞こえたのを船坂は確認した。


「あれ、絶対にブリーフィングで説明にあったドラゴンだよな……」


 だとすれば、森林地帯の中で誰かがドラゴンを相手に戦闘をしているという事になる。

 船坂は生唾を飲み込みながら、自分の持っている武器は他に何があるかを確認しておく事にした。


「M-4カービンに装着しているグレネードランチャー。火力で対抗するならこれぐらいしかないか。弾数は四発、こっちもリアルに少ないな……」


 後は同僚の遺品であるレミントンの狙撃銃だけだ。

 七・六二ミリの弾丸口径は、メインウェポンとしていま両手に構えているM-4カービンよりは貫通力に勝るはずだと、少しかじった程度の知恵で考える。


「とにかく、戦闘の基本はまず偵察だ」


 誰かに聞かせるわけでも無いが、黙っているとドラゴンの咆哮があまりにもリアルなのでチビリそうになるのだ。

 船坂はブツブツと小声を発しながら動き出した。

 そろそろこれが、ただの夢じゃないと薄々ながら気が付きつつ。

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